目標がないからこその心地よさもある。佐藤久美子さん vol.4

「はじめの一歩の踏み出し方。」 佐藤久美子さん vol.4

 

この連載「はじめの一歩の踏み出し方。」は、
大切な時ほど足踏みしがちな私・矢島美穂が
インタビューを通してあの人の「はじめの一歩」を覗いていこうというもの。
読んでくださる方の、より自分らしい明日や未来を迎えるための
少しの勇気とヒントにつながりますように。

 

 

前回まで、3回にわたってお話を伺ってきたのは、
多くの雑誌での執筆や著名人へのインタビュアーとして活躍中の、
編集者・ライターである佐藤久美子さんです。

新卒で入社した広告制作会社での経験を手に、
十代から描いてきた「ライターになる」という未来像を
いよいよ自分のものとした佐藤さん。

29歳でフリーとなって以来、およそ12年。
「インタビューを通して受け取った熱を読者に伝える」という
自分で定めた目的をしっかりと見つめながら、
大きなチャンスをしなやかに受け入れ確かな足跡を残してきました。

さて、一つの夢を実現した佐藤さんは
どんな「これから」を見ているのでしょう?

 

「10代からまさに『今』のこの状態を目指して生きてきたので、
実は初めて目標がない時間を生きている感じなんです。
もはや『やりきったな』とすら思える。(笑)

もちろん、ライターや編集者として上を目指すなら
まだまだ足りないところは見えています。
そこを埋めるためにたとえば『専門分野を作る』とか、
言葉に関わるという意味で、エッセイや物語に書く範囲を広げる、
という道だってあるかもしれない。

でも、『そういうことじゃないのかも』と感じているのも確かで…
『どこに行くのかな』って思っています」。

穏やかに、にこやかに・・・
「どこに行こうかな」ではなく、「どこに行くのかな」と口にした佐藤さんに、
私は「あれ?」と小さな引っ掛かりを覚えました。
その様子は、「誰かに未来を委ねている」ようにすら見えたからです。

次の目的地が見つかっていないことに焦りはないのでしょうか?

「目標がない今の自分に悩んではいないんです。
次に目指す場所が『天から舞い降りてくるといいな』って・・・
そんな気分かな」と佐藤さんは話します。

いつも明確な目標を掲げて生きる人にとって、
目の前に目標がない状況は戸惑う状況であることが多いはず。
どうして佐藤さんはジタバタしていないのか?
今の心境に、もう少し耳を傾けてみました。

 

「『目標がある』ことって美しいとされがちだけど、
裏を返すと、いつもそこに対して『何かが足りない』ということ。
常にどこか『しんどい』状況なんですよね。

目標があることの素晴らしさも体感したけれど、
目標に消耗させられるしんどさも理解している。
一旦、目標っていう旗を外して、
その心地よさを味わうのもいいんじゃないかな・・・って。」。

さらに佐藤さんは続けます。

「目標がないいま味わえたのは、
『描いた姿に対して何かが足りない』という状況からの解放感。
どこかに向かうのではなく、
今の自分をまるっと認めて
目の前にある仕事や暮らしをそのまま楽しむ。
そんな毎日の中で、前よりご機嫌になっている自分がわかるからこそ、
目標がないからこその心地よさも得難いものだな、って実感したんです。

目標がない状況や、目標を脇に置くことを歓迎していい――。
それは大きな発見でした。

私は、いまより良い世界に行きたいと思うなら
自ら目的地を定め、そこへの新たな一歩を探すため、
動きまわったり、考えたりすることこそが正解、と思っていましたから。

 

目標がない今に、しなやかに身を委ねられる理由を、
佐藤さんはこうも話してくれました。

「私は仕事でもプライベートでも、
計画通りに進むより
流れに乗って自分の想定の枠を超えた方が楽しいと思うタイプ。

鎌倉暮らしだって夫からの提案で
私のシナリオにはなかった。
けれど、ここでの暮らしにたどり着いたからこそ、
触れられた世界や新しい価値観がたくさんあるんです。

例えば、都会に暮らしていた時より、今は自然との距離がグンと近くなりました。
タヌキもリスもヤモリも出るし、クモは握りこぶしサイズなんてことも!
野生を前にすると、格好つけてもいられない。

犬の散歩で毎日海や山に行くなんてことも
私にとって最高のリセット時間になっています。

それから夫婦で営むGOKOTIというお店も夫のアイデアですが、
本業1本でいたころより、
友人関係や視野も広がって、精神的なゆとりも生まれました。
メディアの仕事で取材相手や読者からいただく感想も宝物ですが、
お店に立って目の前でお客さんに喜んでもらえることも格別です。

いま私の目の前に広がるこういった心地よさは
『流れに乗ったからこそ』の結果だから・・・
今は計画を立てることもせず、
ごく自然な状態で、待っていられるのかも」。

 

 

右へ左へ・・・と力任せに舵をきることなく、
じっくり次の一歩を待つ佐藤さん。

その姿を目の当たりにして、
過去も未来も積み重ねた選択も、全てを肯定してくれるのは
「目標をもつこと」でも「叶える」ことでもなく、
「いま心地よく生きている自分」そのものなのだなぁ、と思わされました。

自分で未来を懸命にデザインするのも一つの方法。

でも、いまがむしゃらに考えているあなたは
『目標をもつこと』自体が目的になっていませんか―?

しなやかに立つ佐藤さんから、そんな問いを受け取った気がします。

 

・以上、写真/佐藤さん提供

 

 

さて、これまで16回にわたりお届けしてきた
連載「はじめの一歩の踏み出し方。」ですが、
今回で最終回となります。

 

プロローグにも書いた通り、
この企画は大切な時ほど迷い、歩むことを躊躇いがちな私が
どうにかヒントを受け取りたい、と思い立ち上げたもの。

今回の連載のためにインタビューを始めたのは、
2020年の12月のことでした。

「『書く』ということにもう一歩深く踏み出してみたい」という
ワクワクとした気持ちもありながら、
「私は何を書きたいのか?」
「何から始めたらいいのか?」
「本当にこの道でいいのか?」
目の前にはかなり濃い霧がかかっているような状態だったことも
よく覚えています。

 

なかば私の人生相談のように重ねる質問に対して
インタビューにご協力いただいた4人の方々の口から
それぞれから返される言葉は、
私の心のひだにたびたび引っ掛かり
数えきれない気づきを与えてくれましたが・・・
4人が共通して私に勇気を授けてくれたのは、
「その瞬間の最善の一歩を積み重ねていく」という姿勢。

これはインタビューをするうちに気づいたのですが、
私は心のどこかで、
「何か素敵なことを成し遂げている人は、
ある日を境に人生をガラリと変えられるような
劇的な『一歩の踏み出し方』を知っているのかもしれない」
と思っていたようです。

ところが、そんな必殺技はどうやら存在しないよう。

時には想定外の出来事や思いに沿わない壁にぶつかり、
またある時には「あれれ?こっちじゃなかったぞ」という気づきと共に
その道を軌道修正しながら、
次の一歩を踏み出していく――。

いろんな扉をパタン、パタンと開け閉めしながら、
「その時のベストな扉を探し、進んでみる」姿勢こそが
その向こうにあるさらなる素敵な扉にたどり着くための
唯一の方法なのだと気づかされました。

 

そして最近の私は、といえば・・・
4人の方々に背中を押されるように
「今日はあっちへ行ってきま~す」、
「こっちの扉の中はどうなっているだろう?」と、
「私」と「周りに広がる世界」を行ったり来たりしながら
興味や自分の力を実験する日々。

「失敗」や「未知」への恐れが強かった私はこれまで、
一発で正解のドアノブに手をかけなくては!と思っていましたが・・・
もしもドアの向こうの風景が想像と違ったら、
「失礼しました~!」と引き返して、次の扉をノックしてみたらいいのかも?
むしろまずはその中を覗かないと、何も始まらないのでは?
――いつのまにかそんな風に思えるようになりました。

足取りがふわりと軽くなったことが感じられるようになった今、
私はこの連載を卒業することにします。

ぐんと前に出るだけではない。
一度開いたドアを閉じて引き返すのも、
サイドステップを踏んでみるのも、
たったほんの数ミリの前進でも・・・
どれもちょっといい明日へとつながる「大切な一歩」。

そんな次の一歩を踏み出すヒントを
みなさんに少しでもお届けできていたのだとしたら・・・
こんなにうれしいことはありません。

 

最後に――。
「インタビュー」という行為自体が初めてだった私にとって、
それぞれの方にお話を聞くたびに
「この素晴らしい話を果たしてまとめきることができるか」という
不安に襲われることも少なくなかったのが正直なところです。

その不安を「このお話を届けられる存在である」という
喜びに変えることができたのは、
読者のみなさんという存在があったからこそ。
たくさんの感想も届けていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

この企画にご協力いただいた
溝口さん笛木さん尾上さん佐藤さん
この場を与え見守ってくださった一田さん、
そしてこの連載をお読みくださったみなさん。
7か月間、本当にありがとうございました。

またどこかでお会いできますように。

 

・最後の写真/柴垣麻由子 撮影


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