絶望を見逃さない。尾上由子さん vol.1

「はじめの一歩の踏み出し方。」 尾上由子さん vol.1

 

この連載「はじめの一歩の踏み出し方。」は、
大切な時ほど迷い足踏みしがちな私・矢島美穂が
インタビューを通してあの人の「はじめの一歩」を覗いていこうというもの。
読んでくださる方の、より自分らしい明日や未来を迎えるための
少しの勇気とヒントにつながりますように。

 

そんな思いを込めたインタビューも、今回から三人目に突入。
今日からお話を聞かせてくださるのは、
クッキー専門店オーナー・尾上由子(おのうえなおこ)さんです。

 

新宿からJR線にのって50分ほどの場所にある、埼玉県「北本駅」。
まっすぐ伸びた駅前通りを数分歩くと、
薄い水色の扉と、日差しがたっぷり差し込む大きなウインドウが印象的な
小さなお店が一軒。
それが「クッキークル」。尾上さんのお店です。

普段、この歩道は地元の人がぽつぽつと行きかう程度なのですが・・・
クルがオープンする午前11時を迎えるころには、
小さな赤ちゃんを胸に抱っこしたママ、
お財布をひとつだけ手にした身軽なかわいらしいおばあちゃま、
そして友達同士で話す女性が、お店の外にズラリ!

まるで仲良しのお友達のおうちに遊びに行く時のように、
リラックスしながらも
小さなワクワクがどこかじんわりにじみ出て隠しきれない―
そんなお客さんたちの姿は、
「クル」のクッキーがみんなの心を丸くすることを象徴しているかのようです。

 

実は、私の実家は北本市の隣町。
いまから5年前半前、間もなく次女を出産・・・というタイミングで
実家に里帰りしていたときの週末のお楽しみが、「クル」でした。

店舗2階のカフェスペース(現在はコロナ禍で休止中)で
つたないおしゃべりを繰り広げる長女とつかの間の非日常を味わい、
帰りには一週間分のクッキーやスコーンをたんまり買い込んで・・・。
その一時間足らずの旅は、必死な心に余白を作ってくれるひと時。

これから子供が二人に増えることに抱いた不安も、
出産直後、夜通しの授乳で眠くてたまらない朝も・・・
子供たちに隠れてこっそりクルのお菓子をつまむたびに、
「よし、もうちょっと頑張るぞ」と思えたものです。

 

日々の暮らしに、ささやかでありながらも確かな幸せを運んでくれる―
そんなクッキーを生み出している尾上さんはどんな方なのか?
この「クル」をどんな風に形にしたのか?
その一歩の積み重ね方を伺いたくて、
「はじめまして」とインタビューをお願いしました。

さて、“お店の経営者”というと、
「猪突猛進」「決めたことをやり抜く」というようなイメージがありますが・・・
実は尾上さん、物事が続かない「ダメダメな子」だったのだとか!

「子供時代は、周りから言われたことになびくし、流される。
おそらくみなさんが抱く“起業家”や“経営者”のイメージとは真逆のタイプです。
いろいろやらせてもらっていた習い事も、すぐにやめてばかりで、
『本当に由子は続かないよね・・・』って親もため息をつくほど。

バイトだって同じです。もう行きたくないから、って、すぐサボる。
『ずっと休んでるけど、どうするの!?』って言われれば
『じゃぁ辞める~』という感じ。
これが自分の子だったら本当にイライラするよな・・・って
今となっては思います」と大きな声で笑います。

 

そんな尾上さんでしたが、
幼いころから夢中になって唯一続けていたことがあったのだそう。
それは、絵を描くことでした。

「子供の時から、暇さえあれば絵を描いていました。
イラストも漫画も油絵も、とにかく大好き!
裏紙があればそこに描き・・・
休み時間になればまた描き・・・
とにかく全部の時間を絵に使いたい!!

だから、大きくなって進学先を考えるときは、
ごくごく自然な流れで美術大学に行こうって。
それ以外は全く考えられないほどに、描くことが大好きでした」。

窓から差し込む朝の光を浴びながら当時を語る尾上さんの言葉は、
何の飾り気もなく、ひたすらにまっすぐ。

まるで小学校の休み時間にお絵描きに熱中する“ナオちゃん”を、
隣の席から私自身が見つめているかのよう―。
無垢な喜びにあふれる当時の姿が、ありありと思い浮かびました。

 

ところが・・・一つの挫折が訪れます。

「美大受験に向けて予備校に通いました。
そこで担当になった先生が、
自身も現役として大活躍中のデザイナーだったのですが、
そのエネルギーが・・・ものすごかった。

私もデザイン系に進むことを考えていたのですが、
様々なセオリーを踏まえつつ
デザインの良し悪しを語る先生の姿を目の当たりにしたときに、
『私はここまでの熱量をもってデザイナーになれないな』と・・・
自分自身に絶望してしまったんです」。

あぁ、なんて自分の気持ちに正直な人だろう、と思いました。

自分がこれまで、持てるすべての時間を注ぐほどに没頭していたものがあったら、
多少の違和感や不安にもあえて気づかないふりをして
「絶対に手放すもんか!」と執着してしまいそう―。

ところが、尾上さんは、そこに正直に反応しました。

技術的に「できるかどうか」以前に、
「ふさわしい熱量」が自分の中にあるかどうか―
心から納得して心血を注ぎ続けるために大切なことは何かを、
尾上さんは感じ取っていたのでしょう。

 

でも、こうして絶望を抱きしめたことが、
ゆくゆく尾上さんの天職に巡り合う新たな一歩につながっていくのです。

一体尾上さんは、どのようにしてお菓子作りに出会うのでしょう?
そのあたりのお話は、また次回。


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