知らないことは、聞けばいい。見えたものを、面白がればいい。笛木小春さん vol.1

「はじめの一歩の踏み出し方。」 笛木小春さん vol.1

 

「はじめの一歩の踏み出し方。」というテーマで連載をお送りしています。

この連載で今日からお話を伺っていくお二人目は、笛木小春さん。
埼玉の中央部に位置する小さな町・川島の醤油蔵「笛木醤油」の女将さんです。

 

この「笛木醤油」、なんと創業は江戸時代!
創業以来230年以上の歴史を持つ老舗中の老舗です。

醤油業界ではもはや1%未満ともいわれる「木桶」を使った製法にこだわり、
2年の時を待ちながら発酵・醸成させるといいますから、
効率を重要視する現代においては気の遠くなるような作業です。
四季の移ろいが作り上げる一切ごまかしのない味は
どこに出しても胸を張れる確かなクオリティ。
数々の名高い賞も受賞し
某高級スーパーマーケットにもセレクトされるほどの逸品です。

小春さんの夫・正司さんは、そんな笛木醤油の十二代目当主。
醤油づくりはもちろん、経営を指揮する社長さんであり、
小春さんはその右腕として伝統ある蔵を支えています。

 

さて、実はこの小春さん、私の高校時代の同級生なのです!

当時からチャキチャキでしっかり者、いつでも走り回る小春さん。
そのキャラクターを知る立場からすると、
「老舗醤油蔵の女将さん」という役割を担うことに、
何も心配はありません。

とはいっても、
伝統ある老舗の「跡継ぎの嫁」という立場は、
少なからず窮屈で、大きな覚悟が必要な世界というイメージ。

そこで今回、
どんな気持ちで老舗女将となるまでの歩みを進めてきたのか、
今どんな世界が見えているのか・・・
そんなことを聞いてみたくてインタビューをお願いしました。

今回小春さんのもとに伺ったのは
2021年、季節が冬と春を行ったり来たりする時期。
なんと小春さんのお腹の中には、5人目となる赤ちゃんが!

2か月後には出産を控えたポンポコリンのお腹にも関わらず、
「美穂ちゃん~久しぶり!ちょっと写真撮って待っててね!」
「○○さ~ん!社長に伝言しておいて!」と
常に小走りで動き回り、見ているこちらが思わずヒヤヒヤ…。
「身重」どころか、むしろ周りの誰よりも「身軽」な様子が相変わらずだな…と、
先代の女将さんであったお義母さんと顔を見合わせながら
思わず笑ってしまいました。

 

そんな小春さん、女将さん業にたどり着くまでに、
3つのお仕事を経験したのだとか。

「大学を卒業したときに新卒で入ったのは、鉄道会社でした。
でも、揺るぎない目標があって就職活動をしていたわけではないんです。
・・・あまり深く考えていなかったのが正直なところ。
『はじめの一歩の踏み出し方』を聞きに来てくれてるのに・・・
なんだかゴメンね!」と、明るく笑います。

 

「鉄道会社への入社を決めたのは、ディベロッパーとか、街づくりとか、
そういうのがなんとなく面白そうだなぁ、と思ったから。
そんなわけで、そもそも鉄道自体への興味や知識はゼロ。
にも関わらず、いざ入社して配属されたのは広報部で・・・
“THE 鉄道”な毎日を過ごすことになりました。

“車輛のブレーキや運転機能がこう変わります”とか
“シールド工法とは”とか、そういう情報をまとめて
マスコミや国交省にプレスリリースを出したり、取材対応したり。
駅に置かれる冊子を作ったり、社内報を作成したりするのも仕事の一つ」。

いきなり興味も知識ない鉄道漬けの毎日とは・・・!

仕事とはいえ、興味ゼロの分野にどっぷり浸かるのは、
しんどく感じる人の方が多いはず。
未知の鉄道について、小春さんはどのようにして知り、
興味を持って行ったのでしょう?

「車輛に関することなら、車輛部や開発に携わった会社にお邪魔する。
落雷によって運行がストップしないシステムを入れることになれば、
担当部署に“どう書いたらいいですか?”と専門的な話を聞きに行く。
わからないことは、とにかく詳しい人のところに足を運んで聞いてみるんです。
こう振り返ってみると、
未知のものにぶつかっていくストレスはあまり感じなかったな」。

なんてシンプル!

 

ついつい私たちは、
「バカにされたくない」「私に理解できないに違いない」という
不安やプライドばかりが先に立って、
自分一人で何とかしようとしたり、
時には知ったかぶりをしてしまったりすることもあるのではないでしょうか。

けれど、「そんなことも知らないの!?」と言われたら
「恥ずかしながら、そうなんです!」と素直に言えばいいだけ。

ある本によると、
「自信を身につけるには、やったことがないことをやるしかない」のだそう。
小春さんは「素直に教えを乞う」というシンプルな方法で
この「やったことがないことをやる」という経験をスピーディーに積み上げ
着々と自信をつけていったのでしょう。

そうして誠実に知識の幅を広げていった小春さん。
なんでも、鉄道ダイヤグラムも読めるし、
「このパンタグラフはシングルアームだなぁ・・・」なんてこともわかるのだとか。

その流暢な語り口からは、
必要に迫られて仕方なく知識を吸収した、というような印象は微塵も感じられず・・・
むしろとっても楽しそう!
本当に興味がなかったの?とすら疑いたくなります。

「私ね、面白がり屋なんだと思うんです。
知識を得るほどに『鉄道ってこうなってるんだ~』って新しい世界が見えてきて、
ある部署に行けば『ブレーキ音だけで車輛の種類がわかるよ』という方に出会える。
それまで自分の日常になかったマニアックな話や仕事人のプライドに触れることを
どんどん面白がっていましたね」。

ほほ~!

 

実はこの日、インタビューの前に、
小春さんは醤油づくりの工程が覗ける「金笛しょうゆ楽校」を
30分ほど案内してくれました。

「この桶は50石(こく)で9000L、2mくらいの深さがあってね・・・」
「あの桶とこの桶に仕込まれた醤油は、色も表面の盛り上がり方も違うでしょう?
発酵の過程というのはね・・・」

二人だけの特別な工場見学の間、
私のどんな質問にも淀みなく答えつつ説明をしてくれる小春さんの姿は、
「あれ?この人ここで生まれ育った娘だっけ?」と思わず錯覚するほど。
女将だから当然といえばそれまでですが、
役割意識から上辺をなぞって頭に叩き込んだだけの付け焼刃ではない、
お醤油への細やかな知識、そしてひしひしと伝わってくる情熱や愛情がありました。

そして改めてインタビューの中の「面白がり屋」という言葉を耳にした瞬間、
私の心の中でパズルのピースがパチン!とハマったのです。

何かの「仕事」や「役割」を「責任感に駆られて」やり遂げるのも
もちろん立派な結果の出し方の一つ。

でも、小春さんのように積極的に「面白がる目」を持ってみる。
心をオープンにして向き合ってみる。
するとこれまで自らが決めた型にはまっていた自分が解放され、
「苦手」や「苦労」も手懐けられるようになるのかもしれません。

 

こうして自らの好奇心に上手に火をつけながら
社会人生活のスタートを切った小春さんでしたが、
丸4年で転職する決意を固めたと言います。
何があったのでしょうか?

「一つは、私のような女性総合職がほんの一握りという環境と文化。
場面によっては『女性だから』という理由だけで頼まれたりする仕事もあって
納得できないことも多かったんです。

もう一つは、自分のマインド的な理由。
広報という役割上、会社が大きなニュースなどに直面したときに
“会社を守る”という立場に立つシーンも増えてきました。
そういった場面で心底実感したのが、
『心からの愛社精神がないと難しい仕事』だということ。

もちろん、その愛社精神を磨き培うという選択肢もあったのでしょうが、
私の場合そちらに進むよりもむしろ、
『全然興味のなかった鉄道のこともここまで頑張れたなら、
興味のあることはもっと頑張れるかもしれない』と思い、転職を決意しました。」

こうして、自分の持つエネルギーを、
新たなステージへと注ぐ決意をした小春さん。

続きのお話は、次回伺うこととしましょう。


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