手ぶらで帰ることを恐れず、違和感に正直に。溝口奈々さん vol.1

「はじめの一歩の踏み出し方。」 溝口奈々さん vol.1

この「外の音、内の香」が、私だけのものではなく、
色々な人があちこちで、 見つけてきたことを持ち寄る「場」になればいいなあと
つくったコンテンツ「ライターズ・マルシェ」。

今回からの担当は、ライターの矢島美穂さんです。
矢島さんご自身の紹介、そして今回の連載をはじめるにあたっては、
こちらをご覧くださいね。

では、いよいよ、はじまりはじまり〜!

 

 

今回から「はじめの一歩の踏み出し方。」というテーマで
連載をお送りしていきます。

このテーマを紐解いていくにあたり、
私が最初にお話を伺いたい!と頭に浮かんだのは、
2020年8月に自らのカフェをオープンさせたばかりの、溝口奈々さんでした。

 


溝口さんがオーナーを務めるカフェ「UP COFFEE」は、
埼玉県・さいたま市に店舗を構えます。
コーヒーを中心としたドリンクに加え、
溝口さんの手で毎朝焼き上げるビーガンスイーツが評判のお店です。

今でこそ道行く人が思わず足を止め、
窓から中を覗き込まずにはいられないおしゃれな佇まいですが・・・
リノベーション前は正直どんよりとした空気を纏ったかなり古びた建物。
最寄駅から徒歩10分という距離にもかかわらず、駐車場もありません。
さらには、「コロナ禍」という要素までプラスされるという事態に。

よりによって今、ここにお店を構えることは、
一般的に考えればかなりリスキーな選択に映りましたが―
UP COFFEEはオープンするや否や、
お客様が途絶えることのない人気店になったのです!
かくいう私も、週に3回ほどのペースで通いつめ、
気付けばすっかり常連客の仲間入りを果たしました。

いつお邪魔しても朗らかで、
時にはカウンターの外へ出てお客さんの隣に腰掛けつつ会話を弾ませて・・・
私たちがイメージする「接客」という枠を軽々と超え、
ファンを増やし続ける溝口さん。

そんな様子を見るにつけ、
「その人柄をじっくり掘り下げてみたい」という思いが強くなり、
今回お時間をいただいた、というわけです。

 


お話を伺ったのは、実は去年のこと。
直前までお店初のクリスマススワッグ作りのワークショップが開催されていました。
近所のお花屋さんを講師に招いたこの日ばかりは、
溝口さんもトレードマークのエプロンを外し、お客さんと共に生徒の一人に。
いつものバリスタ姿からは想像もつかない花柄のロングワンピース姿が新鮮です。
「コーヒー以外のものに没頭する時間も、やっぱり必要ですね!」と
リラックスした満面の笑みで見せてくださったご自身お手製のスワッグは、
素人とは思えないセンス溢れる仕上がり!
飾ってみると…シンプルでモダンな店内にずっと前からあったような佇まいです。

 


そんなワークショップ直後ならではの高揚した空気が、まだまだ漂う店内。
溝口さんの手によるとっておきのハンドドリップコーヒーと
クリスマスシーズンだけのビターなチョコレートマフィンを傍らに、
インタビューはスタートしました。

開始早々、溝口さんはこれまでの日々について
「常に目標を作って歩んできました」と、自信をもってひとこと。
さらに「目標がない私は使い物にならない」とまで言い切ります。

まずは高校時代までさかのぼって、ご自分の人生を辿ってくださいました。

「一年と少し、カナダの高校に留学していました。
通訳とか、英語を使った仕事に就きたいという漠然とした思いがあったので、
それを実現するために“高校では留学する”と中学時代に決めていたんです。
ホームシックや実力不足で泣いてばかりのスタートだったけれど・・・
私が日本とカナダの懸け橋になるんだ!!って思いに満ちていましたね」。

希望に溢れた時代を思い出しながら語ってくださったその表情からは、
嘘のないワクワクと充実感がうかがえました。
ところが、実はこの「一歩」は
必ずしも次の歩みにスムーズにつながるものではなかったのだとか。

「英語という武器を身に着けて帰国したものの・・・
じゃぁ実際にその武器をどう使って何をしていくんだ?って。
具体的な目標が見えなくなって、抜け殻状態になってしまったんですよね。
とりあえず英語を極めようと、大学も英語学科に進みはしましたが―
学生時代はとにかくボヤっとしながら過ごしていた気がします」。

これが、インタビュー冒頭に溝口さんが話していた
「目標がないと使い物にならない私」を実感した
最初の大きな出来事だったよう。
では、このトンネルをどうやって抜けていったのでしょう?

「在学中、英語の他に興味が強くなっていったのが “インテリア”でした。
家具とか、空間づくりを勉強したくなり、
卒業後は就職ではなくイタリアにインテリア留学をしよう、と。
大学3年生の頃メールで自らアポを取って、
母と共に現地校をいくつか見学もさせてもらったんですよ」。

「英語を生かす職業」を探すのかと思いきや・・・華麗なる方向転換!
驚きを隠せない私に対して、
溝口さんは手元のコーヒーカップを見つめながら「でも―」と言葉を続けました。

 


「実際見学した学校はどれも、私が興味があった“空間デザイン”ではなく、
イスやモノを対象にした“インダストリアルデザイン”が主軸で―
“一度日本で考え直すわ”という話をして、留学はやめました」。

―たとえば、意気込んでお買い物に出かけたけれど
めぼしいものがなかなか見つからない時。
手ぶらで帰ってくるのは「なんだかもったいない」という思いに縛られ、
せめて「ベター」なものを戦利品として持ち帰ろうとしてしまう人は
意外と多いのではないでしょうか。

でも溝口さんはというと―
せっかくだからと「英語を生かした就職」や
「一度言い出したイタリア留学」を選択するのでなく、
言わば手ぶらで帰ることを潔く選ぶ。
そんな姿に、溝口さん流「一歩の踏み出し方」の一つのヒントを見た気がします。

―お話に熱中するあまりに手つかずだったコーヒーとマフィンを
ここで初めていただきました。
甘さと苦さが重なり合う味わいは、
まるで溝口さんのこれまでの経験のよう―。

ひと息ついたあと、改めて気になるその後についてのお話を伺いました。

留学を考えていたことで就職活動時期を逸したまま、溝口さんは大学を卒業。
日本でインテリアの勉強を―と、インテリアショップと試用契約する形で
社会人生活をスタートすることとなります。
ところが、「ぜんっぜん面白くなかったの!!!」とバッサリ!!!

インテリアの経験を磨くために家具担当を希望していたにもかかわらず、
実際に配置されたのは雑貨担当だった、というギャップもありましたが、
本質的な理由は実は別のところに。
―それは、「モノと向き合う」ことに面白みを見いだせなかったから。

「売り場づくりや発注、検品という業務に携わる日々を重ねるにつれ、
“裏でモノと向き合うのではなく、もっとお客様とお話したい!“って―
まさに心が叫んでいました。
“インテリア”で留学まで考えていたけれど、
私が本当に好きなのは、実は“空間”じゃなくて“人”なんだって、
そこで気づいたんです」。

時を同じくして、さらに大きな気づきを得ることとなったこんな出来事も・・・。

「お客様のご事情を聞いたうえで不良品の交換対応をしたら、
“簡単に交換したら、お店が成り立たないから”って指導をしてきた社員さんと
ケンカになったことがあったんです。
日頃“カスタマーを第一に”という社訓を掲げているのに、
お客様への想いがまるで否定されたようで・・・。
でもそういった経験を通して、結局お店やその場所の居心地の良さって、
“インテリア”ではなく“人”が作るものなんだな、っていうところに
たどり着くことができました」。

貴重な社会人の第一歩で、いきなり躓いたようにも思える日々。
いわば“失敗”とも思えるような選択を、果たしてどう捉えているのでしょうか?

―そう尋ねてみると、溝口さんはお店の看板犬でもある
フレンチブルドッグの大福くんのお相手をしながら、
穏やかな口調でこんなお話をしてくれました。

 


「やってみて“これが合わない”“これが好き”と気づけたことそのものが、
自分に合わない場所に私を留めず“次のステージへと押しやる”ための経験と捉えています。

時間をそこに費やしてしまった、という事実はあっても、
それをすなわち“ムダ”とは全く思いません」。

インタビューの最中、事あるごとに
「言っていることとやっていることが違うのがとにかくイヤ!」と口にする溝口さん。
だからこそ、「これは違った」という気づきを得ることは
思考と行動を一致させるための軌道修正の大チャンスと言えるのでしょう。

そうした経験を重ねて
ついに「人」への思いにたどり着くことができた溝口さん。
その姿は、「もはや“失敗”というものは存在しない」と
私たちに対して証明してくれているかのようでした。

さて、これをきっかけに、
溝口さんの「カフェと共に歩む人生」が
いよいよ本格的に幕を開けることとなります。
次回、「次の一歩」とあわせて、詳しく伺っていくことにしましょう。


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