ギターだけやっていたら、ギターは上手にならない。土師剛さん vol.3

 

「私を見つけてプロジェクト」で、ギタリストの土師剛さんのご紹介をしています。
vol.1では、スポーツに明け暮れていた時代のことを。
vol.2では、スポーツで挫折し、ブルースを経てカリプソに出会うまでのお話を伺いました。

今回は、そんな土師さんの普段の暮らしをちょっと覗かせていただきました。
実は土師さん、ものすごく多彩な方なのです。
絵は上手だし、料理もできるし、おいしいコーヒーを淹れるのも得意。
さらには、ラム酒好きが高じて、「ラムコンシェルジュ」という資格まで持っているそう。

インスタでは、ギターの話の合間に、いつもおいしそうな一皿や、
「花を買いました」という花束や、おいしいスイーツ、そしてお酒の話など
土師さんの豊かな生活の一部を垣間見ることができて、
私はいつも楽しみにしています。

「僕が2015年にデビューしたCDをプロデュースしてくれた打田十紀夫さんっていう
長年にわたりアコースティックギター業界を牽引し続けているギタリストがいます。
僕は打田さんのビデオなどを見てずっと勉強してきました。
そのほかにも、地元の岡山で出会った素敵な人は、みんなエネルギッシュで、
いろんなことにチャレンジして、いろんな世界を見てきているんですよ。
そして、それが自分のキャリアの中で全部統合されて、自分のスタイルになっている……。
大阪にいるギターの師匠が僕に言ってくれたのが、
『何をやってもいいけれど、最後にはギターに落とし込んで』ということでした。
先入観をなくして、興味を広げていったら、いろんなコミュニティーができて、
いろんなものが引っかかる。
そして、アレとコレが全部つながっていく感じがあるんです。
それがすごく楽しくて、
全部ギターに生きるところも楽しい!」

 

土師さん、最近書道を始めたそうです。

書道教室に通って、近所の子供たちと一緒に墨をすり、半紙の上に筆を走らせ、
先生に見てもらい、何枚も書き直して、小一時間練習して帰ってくる……。

「ギターばかり……と、同じことをずっと続けていると、疲れてくるんです。
それで、書道をやってギターに繋げられないかなと考えたんです。
書道の先生とも、このことについて話しをして、すごく盛り上がったんですが、
筆の運びなどは、肩甲骨を使うから、ギターの体の使い方とまったく同じなんですよ」。

ご自身での演奏活動と共に、ギター教室やプライベートでレッスンも手掛ける土師さん。

「僕がギターを教えるとき、『ギターだけをやっていたら、ギターは上手にならないよ』って
よく生徒さんに言うんです」
と教えてくれました。

「えっ? じゃあ、うまくなるためには何をやったらいいの?」と聞いてみると……。

「ギターでギターを上手になろうと思ったら、それこそすごい修行です。
ギターという苦行みたいになるんです。
でも、僕はスポーツもやって、音楽もやって、
他にもいろんなことに手を出してみて、
それが結びついていくということ、混ざってもいいということ、
統合されたものが、オリジナリティになるって知りました。
どこかで得た力の使い方を、こっちに生かすとか……。
そうやっていったら、ギターはすごく上手になります」。

「カリプソ」に出会ってから、カリブ海が原産のラム酒のおいしさに目覚め、
ラムコンシェルジュの資格をとったそうです。
「吉祥寺に、ラム酒の聖地と呼ばれるバーがあるんですよ」
と教えてくれました。

「病気をしたとか、いじめられたとか、みんないろんなことを乗り越えてきていると思うんです。
そんな時に、いろいろ助けてくれるアイテムがあるといいですよね。
ラム酒でもいいし、書道でもいい。
ひとつだけにそれを求めてしまうと、それを突き詰めることだけしかできなくなって、
いつの間にか『やらされている感』が出てきてしまう。
『やらされてる』と感じた瞬間、怪我しますよ。

僕は体が細いから弱いんです。
でも、スポーツはめちゃくちゃできるんですよ(笑)
なのに、気持ちはあるけれど細いからもたない……。
無理して頑張りすぎたら、怪我をしちゃうのがわかっているから、
うまいこと逃げるっていうか……。
逃げるのがうまいんです(笑)
それが、僕が提案し続けたいことなのかもしれません」

そんな話を聞いて、思わず私は土師さんにこう言っていました。

「土師さんのその弱さは、神様からのプレゼントなのでしょうね」って。

「そうですね。
若い時にいっぱい怪我をして、病気をして、
大人になってからもいろんな人に迷惑をかけて、
妻にぎりぎり助けてもらったこともあったし……。健康って大事だなあって思います」。
土師さんに、初めて目の前でギターを弾いてもらったとき、
その音の複雑さに驚きました。
私はギターについては、まったくの素人なので、詳しいことはわからないのですが、
ピアノはちょっとかじっていたので、
メロディと伴奏が二層になって展開されていく調べを聞き分けることはできました。

ピックを使わず、指だけで奏でるのが、ギタリストの中でも珍しい
「フィンガースタイル」と呼ばれる演奏法なのだそうです。

2本しか手がないのに、
左手でコードを押さえながら、右手からメロディが流れたり、伴奏が響いたり……。
まるで、何人かの人で弾いているような、
いくつもの音律が聞こえてきます。

最近ライブでとても嬉しいことがあったそう。

「ある年上の女性が、ライブが終わった後、『ずっと聴いていられますね』と言ってくださって、
それがすごく嬉しかったんです。
ああ、僕がやりたい音楽って、そういう感じなんだよなあって思いました。
ライブで非日常の音楽もいいけれど、生活の中にある感じがいい……。
甘いって言われるかもしれないけれど、
プロとして厳しい世界を勝ち残っていく、というスタンスよりも、
力まず自然体、っていう軽さがいいなって思うんです。
僕は、最初音楽が自分にとって趣味で、それに救われたんですよね。
だから、聞いてくださる人にも、生活の一部として、
気軽に、より身近に、聞いて欲しいなあって思うんです」。

うまくいかないことがあっても、つらくても、悲しくても、何かがちょっと嫌になっても、
ギターを弾けば、心がすっと落ち着いて、
なんだか愉快になっていく。

土師さんが伝えたいのは、みんながそんな「ギター的なもの」を持つことができる、
ということなのかもしれないなあと思いました。

そして、それはひとつに絞らなくてもいい……。
料理をしたり、仕事をしたり、走ったり、歌ったり。
いろんなことをやってみて、「面白いやん!」と思えればそれでいい。

今目の前にあることを、心からワクワク楽しんでいれば、
自然にひとつひとつの点がつながって線となり、
やがて、その「自分だけのひとつ」が、自分を支える力となってくれる……。

土師さんのために作ろうとしたこのページなのに、
すっかり土師さんから、いろんなことを教えてもらっていました。

私のこれからの人生のいろいろな場面で、
土師さんのカリプソの調べが、
「もっと軽やかで、もっと面白がったらいいやん」と、
教えてくれるような気がしています。


ギャラリーやカフェを営んでいる方、土師さんのギターのライブなどを開催したら素敵だなあと
勝手に妄想しています。
いかがでしょうか?

そして、毎日の中に土師さんの優しいギターの調べが流れていたら、いい1日が始まりそうな気がします。

土師さんのCDの販売、音楽活動、レッスンなどの情報は、こちらのホームページからどうぞ。
インスタグラムはこちら
You-tubeはこちら

撮影/黒川ひろみ

「私を見つけてプロジェクト」についての詳細は、こちらをご覧ください。

 


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