誰もが頑張らなくていい。逃げたっていい。「カリプソ」という音楽が教えてくれました。土師剛さん vol.2

 

「私を見つけてプロジェクト」第2弾で、ギタリストの土師剛さんにお話を伺っています。
vol.1では、学生時代スポーツにアイデンティティを見出していた土師さんが
怪我を機に、練習をサボり、道端の1輪の花を見つけ、
さらに、その先で、楽器屋さん巡りの最中に「ブルース」に出会ったお話を伺いました。

私は、音楽については詳しくないので、
土師さんにお話を伺ったあと、教えていただいたミュージシャンの名前や曲名を検索し、
You-tubeでその音楽を聴きながら、土師さんの足跡を再度たどりました。

「このままスポーツというレールに乗っていくんだろうなと思っていた道が
違っていたことが、だんだんわかってきて、
漠然と虚しくなって、パツンと何かが切れてしまって。
いきなり自分がフリーで、空っぽになった瞬間に出会ったのがブルースでした。

最初は『これ、なんだ?』とわからないまま、ずっと気になって聴いてきたんです。
ブルースっていうのは、アメリカ南部の人たちの黒人霊歌や、農作業の際の叫び声
労働歌などが発展したものと言われています。
ギターを伴奏にした歌が主流。
きつい労働の中でなんとか生きていくために、その気持ちを歌ったものです。
ゴスペルも、同じ黒人の音楽で、同じ境遇の人たちの歌ですが、
そちらは信仰の喜びを歌ったもの。
ブルースは、より悪魔の方に近いというか……。
真面目に働いていたって明日死ぬかもしれない。
だったらサボったり、逃げたりすることだって正義じゃないかって。
そういう憂鬱な気持ちを音に込めているからこそ、そういうサウンドになるんです。
もしかしたら僕はそれに慰められたのかもしれません」

そして、ブルースを聴きながら、少しずつ自分でもその曲を
ギターで弾き始めるようになっていたそう。

中学生の頃から、心の奥底で「ミュージシャンになりたいかも」と思っていたのだとか。
スポーツをやりながらも、音楽でやっていけたら、という思いが少しずつ強くなり、
だんだんそれが決定的になっていきました。

「ブルースって反骨精神の音楽だと思うんです。
僕はずっと真面目にやってきたから、ちょっとしんどかったんですよね。
自分のようなしんどい人たちが、音楽で癒されることがあるってことを実感しました。
黒人の人たちと僕ではレベルが違いますが、
もし、僕がこれから先に音楽をやっていくんだったら、
誰かの癒しになる、そんな音楽をやりたいって思ったんです」。

でも……。
「ただ聞くのではなく、自分がギターで『ブルースをやる』という、確固たる理由が
当時はどうしても見えなくて……。
僕の父親は警察官だったんですが、
『働いてもいないのに、ブルースなんて歌えるのか?』って言ってくるんですよ。
確かに僕は強制労働をさせられていたわけでもない。
ちょっと学校でしんどい思いをしていただけ。
自分は本当にブルースでいいんだろうか?って悶々と考えていました。
どこかフィットしていない、って感じていたんだと思います」。

そんな時に再び出会ったのが、
今、土師さんが主に演奏されている、「カリプソ」という音楽です。
私は土師さんに出会って、初めて「カリプソ」を知りました。

「ブルースはアメリカ南部ですが、もっと南に行くとカリブ海があります。
カリプソは、そのカリブ海で生まれました。
そこでも、厳しい状況は同じで、音楽が救いになっているんですが、
そのスタイルがまったく違うのが面白いんです」

高校卒業後は大学に通い、
ギターを続けながら、曲作りも初めていました。

「ソニー・ロリンズっていうジャズサックス奏者の音楽と出会ったんです。
『セント・トーマス』っていう曲が有名ですけど、
彼がジャズの世界にカリプソを持ち込んだ人ですね。
それを機に自分が曲を作っていく中で、いつしかカリプソのテイストの曲ができました。
そうしたら、『うわあ、めちゃくちゃ楽しい!』って心から思えたんです。
僕は大学時代にインストゥルメンタルをやっていて、
アコースティックギターのインストゥルメンタルで、カリプソをやったら
これが性格にバシ〜ン!とヒットして……。
これを追求したい!って思いました。
そこから今に至るって感じですね」

 

カリプソってどんな音楽なんですか? と聞いてみました。

「すごく軽やかで、聞いている人を笑かすんですよ。
曲の中で奇声をあげたり。僕はそんなことしませんけどね(笑)
もともと大衆歌謡なんです。
政治のことや社会問題をテーマにしても、面白おかしくたとえ話をして、
ゴシップ誌みたいに、めっちゃ笑えるように歌詞を書きます。
いろいろなジャンルがあって、政治のこと、男女の関係、下ネタもあるし、
聴いててとにかく楽しんですよ」

そこが土師さんにフィットしたのかな?

「そうです。
ブルースだったら、愚痴を吐くわけじゃないですか?
でも、僕は愚痴を言うこともあるけれど、それで昇華されることはない。
あんまりシンクロ率が高くなかったんです。
でも、カリプソは、ギターのコードもすごくシンプルで難しくなくて、
リズムもあって踊れそうだし。
ベースには、奴隷制度が終わってからの差別や、黒人の過酷な生活があるけれど、
でも、その発散のスタイルっていうのが、国によって差があるんですよね。
カリプソの本場、トリニダード・トバゴは、インド系の人が約40%、アフリカ系約40%、
インド人も中国人もいるし、そのブレンド具合が、アジア人としては、すごく身近に感じるんです。
生きるために必要だった音楽、精神的になっている音楽っていうのが、
みんなを楽しませて笑かして……。
なんだかこう、そんなにストイックじゃなくて、美しい!っていう感じでもなくて、
もっと身近な感じ……。どこか落語みたいな感じ。
そこがすごくいいなあと思ったんですよね」

そして、こう語ってくれました。

「自分にフィットしたものが見つかった瞬間、めちゃくちゃ力が湧いてきたんです。
悲しい歴史があるけれど、明るくて美しくて、軽やかで。

昔の僕みたいに、誰もが真面目に頑張りすぎなくていい。
みんなに抜きどころってあるし、逃げたっていい。そう思うんです」。

ハンドボールからカリプソまで。
土師さんの長い長い紆余曲折の物語を聞いて、
やっと、この「私を見つけてプロジェクト」で、
土師さんが言いたいことが、少し見えてきた気がしました。

若い頃は、頑張ったら、頑張った分だけ成果が出ると信じています。
でも、そうでないこともある、と知ったとき、
人は、何を道標に歩いていけばいいのか、わからなくなります。

自分の力ではどうしようもない大きな力の前で、
人は、嘆き、打ちひしがれ、涙するけれど、
そこから立ち上がるために歌を歌うことならできる……。
同じように、絶望する人と、一緒に歌い、心を癒すこともできる。

土師さんは、できるだけ明るく、軽ろやかに自分と誰かのためにギターを奏でたいと思った……。
カリプソとの出会いは、
回り道をし、遠回りをし、やっと見つけた、土師さんの「これからの光」だったのだと思います。

そして、誰もが、そんな「光」をきっと見つけることができる……。

土師さんは、ギターを抱えて歩いてきたその姿を
演奏とはまた少し違う形で、自分の言葉で語ることで、
「明日はきっと楽しいんだよ」と伝えてくれようとしている……。
そう感じたのでした。

それこそ土師さんのギタリストとしての在り方であり、
土師さんの音楽そのものなんだなあと思いました。

次回は、そんな土師さんの暮らしと音楽についてご紹介します。

土師さんが出会った、愉快なカリプソの調べ、ぜひ聞いてみてください。

 

土師さんのCDの販売、音楽活動、レッスンなどの情報は、こちらのホームページからどうぞ。
インスタグラムはこちら
You-tubeはこちら

撮影/黒川ひろみ

「私を見つけてプロジェクト」についての詳細は、こちらをご覧ください。

 

 

 


特集・連載一覧へ