私がひよこやになるまで。—好きなことだけ、それで充分—  最終回  長谷川栞

こんにちは。ライター塾8期生の長谷川 栞です。
前回から、しばらく間が空いてしまいました…。
すっかり寒くなりましたね。
冬は美味しいものがたくさんで、私はスーパーでフルーツをついつい買い過ぎてしまいます…笑
皆さまはいかがお過ごしですか?

さて、春から書き綴ってきたこの連載も、ついに最終回となりました。
前回は、私がひよこやとして独立を決意するまでを書きました。
今回は、独立して8年となるひよこやの現在まで、そしてこれからについて綴ります。
ご興味があればぜひ、読んでいただけたら嬉しいです。

朝晩が涼しくなってきたので…ひよこたちも冬支度を始めています。笑

ーひよこやとしての再スタート!

2016年の春。iichiを退社後、私は正式にひよこやを開業しました。
6畳一間のアパートから、窯が設置できる広さの部屋に引っ越しをして、電気で動くタイプの陶芸窯を購入。
おかげで、わずかな貯金もすっからかんに…笑 人生で一番お金を使ったかもしれません。
それでも、心はワクワク踊っているようでした。
当然、独立したからといって、急に売上が増えるわけはなく…
作品を作って撮影して、iichiの他にminneというハンドメイド作品の
プラットフォームサービスでも販売を始めました。
Instagramの発信も積極的に行います。
作品が売れたら、お礼のお手紙を添えて発送。 ひたすら、この繰り返しです。
ご縁に感謝しながら「ひよこが日々の癒しになれますように…」と願いを込めて丁寧に梱包します。

毎日、好きなものを好きなだけつくることができる。それが、嬉しくて、楽しくて。
私には、もうそれで充分でした。
持てるエネルギーはすべて制作に注ぎ、寝食を忘れて夢中で作っていました。
(筆を持ったまま寝ていたこともあります…笑)

ありがたかったのは、iichiの引き継ぎ業務を業務委託として受けていたことと
ご近所のセレクトショップのオーナーさんや友人から、度々デザインのお仕事を依頼していただいたおかげで
独立直後でも「明日のご飯を食べるお金がない」という状況にならずに済んだことです。

リアルイベントにもたくさん出展しました。東京や横浜、時には少し足を伸ばして埼玉まで。
経費を抑えるため、電車で行って日帰りで帰って来れるイベントを選びます。
無名の作家が、ただ作品を作って待っているだけでは、なかなか売上は伸びません。
たくさんの人が集まるイベントに自ら足を運び、新しいお客様に積極的に出会いに行きます。
イベントには、一般のお客様の他に店舗のオーナーさんやバイヤーさんなども来場されています。
何度かイベントに出展しているうちに「作品をうちで販売しませんか?」とお声をかけていただけるようになり、
少しずつ、お取り扱い店舗さんが増えていきました。

 

iichi時代からお世話になっているアパレルブランド「yohaku」さんの店舗で個展も開催させていただきました。

 

iichiやminneでも、コツコツ続けているうちにリピーターさんを中心にたくさんご注文をいただけるようになり
独立して一年後には ひよこやの収入だけでなんとか、暮らしていけるようになりました。
これは間違いなく、iichi時代に得た知識や経験のおかげだと思います。
例えば、季節感のある作品は1か月ほど前から少しずつ出品すると、お客様の目に触れる機会が増えて購入に繋がりやすくなることや
作品の宣伝だけではなく、普段の暮らしや制作風景、日々の些細な気づきなどをSNSで発信すると
作り手の人となりが伝わり、ブランドそのものを好きになってもらえることなど。

iichi時代に多種多様な仕事を経験させてもらったおかげで、
「作品をつくる」以外のことも自然と「次に何をすればいいか分かる・できる」状態になっていました。
それに気がついた時、改めてiichiに対する感謝の気持ちで胸が熱くなりました。

ひよこはiichiよりもminneとの愛情がよく、たくさんご注文をいただきました。これは、1000回目の注文の時に表示された画面。すごいサプライズでした!

ー変わりゆく暮らしの中で

独立して1年後、私は夫と結婚して愛知県に移住。
その後まもなく長男を出産し、一時的にひよこやの活動をお休みすることにしました。
家族ができたことで、私の暮らしは大きく変化しました。
特に産後は、自分が想像していた何倍も育児が大変で…。
毎日が「上手くできない」連続の子育ては、
それまで「自分が楽しいことだけ」をやって生きてきた私とって、とても辛く感じました。
頑張っているのに、上手に子育てができない。お母さんなのに、赤ちゃんが泣いている理由も分からない…。

毎日「その日を無事に終わらせる」ことで精一杯。
夜泣きによる寝不足から始まって次第に心身の不調が重なり、
気がつくと「赤ちゃんがかわいい!」と思える余裕はなくなっていました。
そんな状況に焦りを感じるけれど、どうしたらいいかも分からない…。
当時は知識がなかったのですが、産後のホルモンバランスの変化に適応できず、
心身ともに疲弊していたのだと思います。

ある日の夜中、ふっと目が覚めました。息子は隣で眠っています。
いつもなら「体力温存のために寝なくちゃ!」という気持ちが働くところなのですが、この日は違いました。

 「つくりたい!」

 自分の心の奥底から、そんな声が聞こえたような気がしました。
「少しだけやってみよう…」と、息子を起こさないようにそ〜っと布団から抜け出して
部屋の片隅に片付けてあった道具を取り出し、小さなテーブルライトの灯りをつけて…
出産後初めて、ひよこに絵付けをしました。

すると…
筆を持って描きはじめた途端、それまでピリピリと緊張していた心がスーッと鎮まっていくを感じたのです。
あの時の不思議な感覚は、なかなか言葉にするのは難しいのですが…
やっぱり私には「つくる」ことが必要だ、という確かな実感がそこにありました。

この日をきっかけに当初1年を予定していた産休を4か月で終え、私はひよこの制作を再開しました。
当然、子育てが最優先なので「息子がまとまって寝てくれる夜中に2時間だけ」と決めて。
短時間ではありましたが、毎日続けていくと得体の知れない体のしんどさも少しずつ軽減していき、
自然と笑って過ごせる時間が増えていきました。
きっと、目まぐるしく変化する暮らしの中に ずっと変わらない「ひよこを作る」という時間ができたことで、
私自身が癒され、前を向く力になってくれたのだと思います。「つくる」ことが、私を救ってくれました。

一昨年には次男が誕生。今年長男は5歳、次男は2歳になりました。
現在の暮らしは朝から晩までドタバタしているし、
いまだに「上手に子育てができる」とはとても言えないのですが…(笑)
子どもたちが保育園に通ってくれている間は、制作に集中できるようにもなりました。
今では、家族と過ごす時間、自分の楽しみに向き合う時間、
そのどちらも私にとってかけがえのないものとなっています。

次男の時は、産休は3か月に。子育て中心の日々でもほんの少し「自分の楽しみ」を作ることで、とても穏やかな産後を過ごせました。

ー活動の場をオンラインストアへ

2020年、私はSTORESというサービスを使って自分で運営するオンラインストアをオープンしました。
オンラインストアでは、実際に作品を手に取っていただくことができないので、
初めて作品を見た人でも焼き物であることが伝わりやすくなるように、屋号を「陶ノ鳥ひよこや」と改めました。

クリスマスやお正月など季節に合わせた企画を定期的に開催しています。

季節に合わせた企画を考えたり、メールマガジンを書いたり。
最近では、オーダーメイドやカスタムメイドという形でご注文を承り、お客様と一緒に作品を作ることにもチャレンジしています。
活動の中心地をプラットフォームサービスからオンラインストアに移行したことで、考えること・できることの幅が広がりました。

10年前、iichiの年賀状合宿に参加した時に学んだ
「ネットのサービスだからこそ、リアルに繋がっている感覚を大事にする」ことを
今、私はオンラインストアを運営する上での軸にしています。

どんなお店だったら、また来たくなるか。
どんなふうに作品が届いたら嬉しいか。
どんなメールマガジンなら、楽しく読んでもらえるか。
オンラインのお店ではありますが、実際にお店がそこにあるようなイメージを持って日々試行錯誤しています。

子育てをしながらなので、独身時代のように全エネルギーをひよこやに投入することはできないし、
たくさん稼いでいるわけでもないけれど…。
独立してから8年間「楽しく、つくる。」を実践し、今日まで続けることができた。
そのことを、私は誇らしく思います。

 

ー上達してしまう寂しさ

自分が楽しんで作ったひよこを届けて、誰かが喜んでくれる。
こんなに幸せなことはないはずなのに…私は次第に、新たな問題に頭を悩ませるようになりました。
それは、長い年月ひよこを作り続けたことで、私が「ひよこ作りのプロ」になってしまったということ。
「それって良いことじゃないの?」と思われた方もいるかもしれません。
そうなんです、一見理想的な状態にも思えるのですが…私にとって、これはちょっと問題でもあるのです。

独立したばかりの頃は、毎日のように新しい作品の試作をしていました。
図鑑を見て「この鳥をひよこにしたら可愛いかも!」と思ったら、
その鳥の画像をネットで検索して、何パターンもスケッチを描きます。

その鳥のどの部分を特徴として描くか
逆にひよこの形に落とし込むために、どこをそぎ落とすか

 ああでもない、こうでもないと試作を繰り返し、やっと「これだ!」と納得できる完成形に辿り着く…
その過程こそが、私がひよこをつくる一番の楽しみでした。

ところが…
今では、鳥の画像を数枚見ただけで(時には、子どもの寝かしつけをしながら)
頭の中で一瞬でデザインスケッチが完成してしまいます。
そして、そのイメージ通りに絵付けをすると…もうほとんど一発でゴールに辿り着いてしまうのです。
「あれ?もうできちゃった…」という、寂しさにも似た感情。
長年ひよこを作り続ける中で、いつの間にか試行錯誤が必要ないほど上達してしまい、
以前のような「作るプロセスを楽しむワクワク感」を感じることが少なくなってきました。

その一方で、ファンの方はいつも新作やオンラインストアの企画を楽しみにしてくださっています。
これは本当にありがたいことです。
一人でも多くの方にひよこを届けるためには、短い時間でたくさんの作品を作れることはとても重要です。
上達してしまう寂しさを感じつつも、
「これは自分の成長でもあるし、お客様にも喜んでもらえる」と、前向きに受け止めて…
3年ほど前から、私はひよこやとは全く別の創作活動を少しずつ始めました。

木彫りの熊風の工作。ひよこと同じ土を使っています。ヘラや指を使って土の塊を熊にしていく過程が難しくて、楽しいです。

iPadを使ってイラストを描いてみたり、自由な発想で工作をしたり。
最近特にハマっているのは「木彫りの熊」や「猫に蛸」など
日本の郷土玩具をモチーフにした小さな置物をつくること。
ひよこと同じ土を使うのですが、型がなく0から手で形を作るのでなかなか思い通りの形にならないし、
時間はかかるし、例え上手くできても同じ形を再現できない…となかなか多難な作業なのですが(笑)
とにかく作っている時間が楽しい!失敗しても、それがまたワクワクする…!
そんな「まっさらの、下手っぴの創作」に積極的に取り組んでいます。これが最高に楽しいのです…!

「世界観」をつくるため、出来上がった作品たちは桐箪笥の上に並べています。この子達が「新しいブランド」の看板作品としてデビューする日も近いかも知れません…!

ー幸せな終わり方

最近の私のひとり脳内会議の議題は、もっぱら【ひよこやの幸せな終わり方】です。
ありがたいことに、今では日本全国、時には海外からもひよこをご注文いただいています。
最近では、お客さまから

「結婚記念日のたびに、ひよこを1匹ずつお迎えすることにしました!」
「鏡ひよこを十二支全部揃えるのが夢です!」

というお声もいただくようになり、ひよこやは もはや私ひとりの創作活動ではなく
ファンの皆さまと一緒に楽しむブランドに成長しつつあると感じています。
だから「私の好奇心が移り変わった」という一方的な理由で終えてしまうことには、違和感を感じます。

できれば作り手である私も、応援してくださるファンの方々も、
みんなが幸せな気持ちになる終わり方をしたい
この話をすると「辞めちゃうのはもったいないよ!
ひよこやも続けながら新しいことをしたら?」と度々言われます。
確かに、それが一番いい方法なのかも知れません。
でも…私の性格を考えるとどちらもバランス良くやるというのは難しくて(笑)
きっと私は自分が楽しいことに力を注ぎたくなってしまうだろうなぁと予想がつきます。

自分に置き換えて考えてみても、例えば「応援していたアーティストが徐々に活動しなくなって、
いつの間にか自然消滅していた…」というのはあまりにも寂しいと思うのです。
そしてひよこやの場合、お客様の手元には ずっとひよこたちが残ります。
例えブランドが終わってしまっても、
その後の暮らしの中でお客様がひよこたちを見たり触れたりする瞬間は、
ささやかでも幸せなものであってほしい…!
だからこそ「幸せな終わりを迎えたい。そして、新しい一歩を踏み出したい。」と思うのです。

「陶ノ鳥ひよこやというブランドを応援して良かった!」と思ってもらえる終わり方とは?
ブランドが終わった後も、お客様がひよこを大事にしたくなるストーリーは?
そして、私自身がどういう最後なら心から納得できるのか。

その答えに辿り着くまでには、きっとただ考えるだけではダメで
私にはこれからまだまだやるべきこと、経験すべきことがあるんだろうと思います。
「楽しく、つくる。」のその先に、歩みを進めてみようと思います。
いつか、その答えをまた書ける日が来るまで…。

【完】

 

長い連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。
思い返せば、一田さんから「ライター塾サロンで書いていた投稿を連載してみませんか?」
とお話をいただいたことが、この連載のはじまりでした。
私はどこにでもいる普通の主婦だし、作家活動をしているといっても有名なわけでもないし…。
こんな私が、この「外の音、内の香」で書いてもいいのだろうか…
読者の方に楽しんでいただけるだろうか…と正直、とても不安でした。

そんな不安と緊張でガチガチになった私の心を解いてくれたのは、一田さんとライター塾サロンの仲間でした。
連載が更新されるたびに、私にたくさんの感想やエールを届けてくれたのです。
仲間達のエールに励まされながら回を重ねていくと、
少しずつ読者の方からもご感想をお寄せいただくようになりました。
さらには、連載をきっかけにひよこやを知ってくださった方が、
オンラインストアでお買い物をしてくださったり、イベントに来てくださったり。
皆さまの温かさのおかげで、最終回までたどり着くことができました。本当に、ありがとうございました。

また、連載の中の「iichi編」を書くにあたり、iichiの社長である飯沼健太郎さんには
原稿の確認や写真のご提供など、お忙しい中多くのご協力を賜りました。この場を借りて、感謝申し上げます。

本編の最後にも書かせていただいた通り、「陶ノ鳥ひよこや」というブランドはまだ旅の途中です。
独立する時に掲げた「楽しく、つくる。」を変わらない軸として持ち続けながら、
新たな道に歩みを進めていきます。
その原動力となるものを、この連載を書くという経験の中で いただいたような気がします。
いつか、それを形にして皆さまにお届けできる日が来るように、これからも制作活動に励みたいと思います。

ありがとうございました。

陶ノ鳥ひよこや
長谷川 栞

 

長谷川栞さんの「陶ノ鳥ひよこや」のHPはこちらです。


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