私がひよこやになるまで。—好きなことだけ、それで充分— vol.7  長谷川栞

皆さま、こんにちは!ライター塾8期生の長谷川 栞です。
お盆休みも終わり、気がつけば8月も後半になりましたね。いかがお過ごしでしょうか?

ひよこやでは毎年8月になると、お正月飾り「鏡ひよこ」の制作に取りかかります。
そんなスケジュールで何年も過ごていると、こんなに暑くても「あぁ〜もう年末が近いなぁ〜」という気分になるから不思議です。笑

毎年、次の干支を描いたデザインで作る「鏡ひよこ」。2024年は、十二支の中で一番の難関「辰年」です。どんなデザインにしようか、まだ悩み中。

 

さて、この連載も終わりが近づいてまいりました。
前回は、会社の「売り上げ達成モード」について行けず、苦悩した日々について書きました。
作家さんと交わした言葉の中から「iichiを辞める」という選択肢に気づいた私。
でも、大好きだった会社を辞めるという決断は、そう簡単にできるものでもなく…。
今回は、私が本当の意味で独立を決意するまでを綴っていきます。
ご興味がありましたら、読んでいただけたら嬉しいです。

ー私が大事にしたいものは何?

「iichiを辞める」という選択肢に気づき、
苦しい日々に光が差したような気持ちになったのも束の間。
すぐに頭の中にもう一人の自分が現れて、こう言います。

「辞めて、その後どうするのよ?」

どんな規模であれ、業界であれ「会社」という組織に属する限り
「売上を上げる」という目標は必ず存在します。
他の会社に転職したところで、
私はきっとすぐにまた同じ悩みを抱えることになるだろう…と思いました。
ここで、再び作家さんの言葉が頭をよぎります。「井上さんは、こっち側の人だと思うよ。」

作家として生きていく。ひよこやとして、独立する。

3年間、iichiのデザイナーとして様々な仕事をしました。
その中でいつも感じていたのは、私はPCのソフトを使ってデザインするよりも、
手で絵を描いたり工作をする方が楽しいし、自分らしいということ。

特にクリエイティブチームの仕事では、
アートワークの素材をクレヨンや絵の具で描いたり、
紙を切ったり貼ったりして作り、
それらをデジタル化してポスターやWEBの特設ページをデザインしていました。
(このやり方も、効率重視のスタッフにはなかなか理解されず
「時間の無駄」と言われてしまいましたが…。)

思い返せば、大学時代から私はずっとそうだったじゃないか!

同級生がデザインソフトを駆使して作品を作るなか、
私は手作業で魚のヘルメットや、
ひよこを3000匹も並べるインスタレーションを作っていた…

私は、この手で作品をつくりたい。
非効率だと言われても、無駄だと笑われても、
たくさんお金を稼げなくても…そんなことはどうでもいい。
私が大事にしたいのは【楽しく、つくる。】こと。それが、私が目指す生き方なんだ!

忙しさのあまり忘れかけていた自分の原点に立ち返り、
気持ちはどんどん独立に傾いていきました。

ー売上2万円で独立?

当時ひよこやの売上は、多い時でも月に2万程度しかありませんでした。
普通、こんな少ない売上で「独立しよう!」なんて思いませんよね…笑
ただ、私にはひとつ希望的観測がありました。

その年の夏、私は初めてひよこやとして販売イベントに出展しました。
半年以上前からコツコツと絵付けをして、当時はまだ自宅に陶芸窯がなかったので
有休をとって帰省して、地元の職人さんの窯をお貸りして作品を作りました。
100匹のひよこを作って、いざイベントへ!

イベントは土日開催。
「2日間で、半分くらい売れたらいいなぁ〜!」なんて思っていたら…
なんと、初日でほぼ完売!2日目に販売する作品がなくなってしまうという
予想外の事態になったのです。

当時はまだSNSをはじめたばかりでフォロワーもいない、
固定のファンの方も数人ほどだったのですが
ありがたいことに、イベントで出会ったたくさんのお客様がひよこを購入してくださいました。

初イベントのブース。今と比べるとまだ作品の種類も少なく、シンプルなデザインの作品が多かったです。

何よりも自信になったのは、リアルなお客様の反応でした。
ひよこを見てくださったお客様が次々と笑顔になり、足を止めてくださる。
そして、「これ何?かわいいね〜!」と声をかけてくださる。
「お手に乗せてみてください!」とお客様の手にそっとひよこを乗せると
「うわぁ〜!」とさらに笑顔になってくださる。

それまでオンラインでひよこを販売していた私にとって、
この温度のある反応はとても新鮮でした。

正直、その時までは「なぜひよこが売れるのか」が
自分でもよく分かっていなかったのですが(笑)
お客様のリアルな反応に触れて
「もしかしたら、ひよこには人を癒すパワーがあるのかもしれない…!」と思ったのです。

今はまだ、食べていけるほどは売れていないけど…
iichiを辞めて、ひよこやに全エネルギーを集中したら、
もしかしたらやっていけるかもしれない。
やってみてダメだったら、フリーランスでデザインの仕事をしてみるという方法もある。
デザインの仕事にこだわらなくても、
好きなお店でアルバイトをするのも楽しそう…!よし、頑張ってみよう!!!

売上も貯金も全然なかったのにも関わらず、
そこの不安はあっさりと捨てて(笑)独立への道を1歩前進したのでした。

おそらく、これは私が「稼ぐ」ことに無頓着だったからこそできた決断だったと思います。
売上を気にする性格だったら、私は怖くて独立を諦めていたかもしれません…。

ー内在的な「つくる理由」

お金のことよりも、私が心配していたことがあります。
それは、ひよこやというブランドを続けるための「内在的なつくる理由」でした。
ひよこやは、iichiの業務のひとつとして活動を始めました。
つまり、外からの動機ではじめたブランドだったのです。

iichiで働く中で、たくさんの作家さんと出会って感じたことは
【生き生きと楽しんでものづくりをする人は、
自分の内側につくる理由がちゃんと在る】ということでした。

売れるから、今流行っているから、家業を継いだから…など
外側の理由だけで続けていけるほど、ものづくりの世界は甘くありません。

売れるから…と作品を作る人は、売上が落ちれば苦しくなります。
流行りだから…という人は、ブームが過ぎ去れば 情熱を失って辞めてしまいます。
家業だから仕方なく…という人は言わずもがな、もうその時点でかなりしんどい。
大事なのは、自分が「作りたい!」と思える動機があること。
それなくしては、私が目指す「楽しく、つくる。」
という人生には絶対に辿り着けないと思いました。

本当に情熱を持って、私はひよこ作り続けることができるのだろうか…?
私の内側にひよこを「つくる理由」がちゃんとあるか?

「もし見つからなければ、ひよこやで独立するのはやめよう」と心に決めて、
私は自分の内側にある「つくる理由」について考えはじめました。
多分、お金のことを考えた時の100倍くらいの集中力を使ったと思います。(笑)

そして、見つけたもの。私がひよこをつくる、内在的な理由は

【ひとつの形(ひよこ)を自分のアイディアと表現でどこまで広げられるか、
実験してみたい。】というもの。

私がひよこを作っていて一番楽しいのは、新しい作品を形にしていく過程です。

同じ形でも、表現次第で様々な鳥を作ることができるところに面白さがあり、
何度も試作を重ねて「これだ!」と思える
作品が出来上がるまでの試行錯誤が楽しくて仕方ないのです。

ひよこを作る理由がちゃんと自分の中に存在していることが分かり
「これならきっと楽しく、長く続けられる!」と自信を持つことができました。
独立に向けて、さらに大きく一歩前進です。

新作を作るときは、最初にスケッチを描きます。古本屋さんで購入した図鑑とお客様からいただいた小鳥の本を参考に。大学の頃から使っている色鉛筆、自作のスケッチシートを愛用しています。

ー会社の「辞め時」

そして、もうひとつ私の心にあった不安。
それは「まだ3年しか勤めていないのに、本当に辞めてしまっていいの?」ということ。
大好きなiichiに入社できたことが嬉しくて、
自分ができる精一杯、人の2倍3倍の時間を仕事に費やしてきました。
それでも、まだたった3年。世間ではそれこそ、まだまだひよっこです。

本当に今、やめてしまっていいのだろうか?
まだiichiでやるべきことがあるのではないか?
会社の「辞め時」っていつなんだろう…?

一人でいくら考えても、当時の私には答えが分かりませんでした…。
そこで、私は偉大な先輩方の力をお借りすることにしたのです。

鎌倉には、フリーランスの人や起業して
小さな会社を経営している社長さんがたくさんいました。(iichiもそのうちのひとつです。)
そんなに広くない鎌倉という土地に、
同じような規模の会社がいくつも存在していることで横のつながりができていて、
ご近所さんはみんな顔見知り。私も度々お世話になっていました。
私は当時facebookで繋がっていたフリーランスの方や社長さんにメッセージを送り、
自分が悩んでいることを率直に伝えた上で
「相談に乗って頂けませんか?」とお願いしてみることにしました。

すると…
お忙しいはずなのに、5人もの方が社員でもクライアントでもない私のために
お時間を作ってくださいました。
ランチや業務後の時間にお伺いして、その方が独立するときの経験や考えたことを
教えていただきました。
当時社内で孤立していた私にとって、
社外の方が親身になって相談に乗ってくださったことは本当に救いになりました。
今でも感謝の気持ちが尽きません。
皆さん、ご自身も独立を経験されていることもあって「独立には賛成!」
というスタンスでした。意見が分かれたのは、やはり【独立する時期】。

「人生は有限!明日死ぬかもしれないんだから、のんびりしてないで今すぐ辞めな!」
という人もいれば
「転職する可能性も考えて、5年目くらいまでは頑張ってみてもいいかもね!」
という人もいれば
「辞め時は預金通帳の金額による、もしくは実家が金持ちか。」
というとっても現実的な人もいました。笑

その中でも、当時の私に一番響いた答えをくださった方の言葉をここに引用したいと思います。

「辞め時」を知る方法、あるよ。会社に戻ったらすぐに「辞めます」って伝えてみなさい。
そこで「ああ、そう?」とか「いつ?」とか言われたら、まだ辞めちゃダメ。
一言目に引き止められないってことは、まだあなたは「代わりがいる人」ってこと。
まだその会社でやるべきことが残ってるということだから、もう少し続けた方がいい。
「辞めます」と言って、第一声に「辞めないで!」と言われたら、辞めたらいい。
あなたの代わりはいないってことでしょ。
要するに、あなたはそこでやるべき事をやりきってるって事だよ。
その上で、自分がもっとやりたいことが他にあるなら、絶対にそれをやった方がいい」。

この話を聞いた時、「そうか、やめ時は自分で決めるものじゃないんだ!」と目から鱗でした。と同時に、立ち込めていた霧がスッキリと晴れたような気持ちになったのを覚えています。

悩んでいた頃はよく、逗子や葉山にの海まで出かけて、趣味の石拾いをしました。広大な自然を目の前にすると、いつも心が洗われるようでした。

その翌日。私は社長に「iichiを辞めます。」と伝えました。
するとありがたいことに、社長は泣いて引き止めてくれました…。
その涙を見て、
「あぁ、私はiichiでやれるだけのことをやったんだ。次に進む時が来たんだ。」
と思うことができ、本当の意味でiichiを辞める決意をすることができました。

ー良い関係には、距離が必要な時もある

「辞めます。」宣言をしてから退社までの間、私はiichiと何度も話し合いをしました。
iichiに対する正直な気持ち。作家として生きていきたいという決意。
そして、iichiで働けたことへの感謝。
話し合いの度、私は独立を決意するまでの経緯も含めて、丁寧に伝え続けました。
最初は「引き留めモード」だった社長も、
回を重ねるたびに理解を示してくれて、
最後には「栞の新しい道を応援する!」と言ってくれました。

そして、2016年の春。私はiichiを退社しました。
退社後は1年ほどかけて、ひよこやの活動と並行して、
iichiの業務を新しいデザイナーの方に引き継いだのですが
その間、iichiのピンチヒッターをさせていただく機会が何度かありました。

実店舗のスタッフが病欠の時に、代わりに店頭に立ったり
iichiが配信するメールの言葉遣いが気になった時には、作家としての率直な意見を伝えたり
メルマガ担当のスタッフが休職している間、メールマガジンを書いていたこともあります。

どれも突発的な仕事でしたが、退社後も私を頼ってもらえたのは嬉しかったし、
自分が会社の外に出たことで、一人の作家としてiichiを応援する気持ちが芽生え、
あの苦しかった日々が嘘のように楽しくお手伝いをすることができました。

この時に学んだことは、「良い関係を築くためには、距離が必要なこともある」ということ。
それまで私は、「そばにいること」「同じ理念を持っていること」
「家族のように親密であること」=「良い関係」と思い込んでいました。
だからこそ、自分とiichiが目指す方向が離れていくことが辛かったし、
iichiの変化を受け入れられなかったのだと思います。

でも、退社をして自分とiichiの間に距離が生まれたことで
「良い関係」を結び直すことができた。
その経験は今でも、私が家族との関わり方で悩んだ時や新しいコミュニティーに属する時に、
自分の言動を振り返るきっかけとなっています。

今回まで3回に渡って、私がiichiで働いた3年間を書かせていただきました。
「人生100年時代」と言われる現代。
時間にしてみれば、それはほんの一瞬のことなのかもしれません。
でも、こうして書かせていただいて、iichiで経験したことがどんなに尊くて、
自分にとって大きなものだったかを改めて実感しました。
おそらくiichiは、私が勤めた最初で最後の会社になると思います。
iichiだったから、私はハンドメイドの世界に出会い、
作家として生きる道を見つけることができました。

心から感謝しています。

次回は…いよいよ最終回!

独立後〜現在に至るまでと、今私が考えているひよこやの未来について書こうと思います。

どうぞお楽しみに〜♪

 

つづく

 

長谷川栞さんのHP「陶ノ鳥ひよこや」はこちら。


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