本を読みに、京都に行ってきました。
ブックディレクター・幅允孝さんが主宰する私設図書室と、併設されている喫茶店。わかりやすく言えばブックカフェでしょうか。
完全予約制になっていて、90分で定員6名(一日三交代制)。約2週間前から、ネットで予約できます。
静かに思索を巡らせるための、時間の流れが遅い場所。
そんなコンセプトを知って、いつか訪れたいとメモしていた場所でした。
最近の私は仕事の大波に飲み込まれ、息も絶え絶え。取引先や仕事仲間がいい人たちなのが心の支えで、なんとか一日一日を乗り越えている状態です。
心身が追い詰められてくると、妙に「言葉」が多くなります。人のすることが気になってついうるさく指摘してしまう。ちょっとしたミスやトラブルで、必要以上に騒いでしまう。自分が孤立している気がして、つい誰かをつかまえてかまってちゃんアピールをしてしまう。
ああ、最近の私ってうるさいなあ。こんな自分嫌いだ……。しんどくなるほど言葉が多くなって、それが引き金になって他人をざわつかせて、そんな自分が嫌でさらにしんどくなって。悪循環に陥って身動き取れなくなっていたところに、「鈍考」行きが決まりました。(提案してくれたお友達に大感謝)
この旅行は、「言葉を控える」旅になるなぁなんて考えていて、新幹線に乗る前にKindleから選んだのがこちらの一冊。
『熱帯』(森見登美彦/文春文庫)
京都で青春時代を過ごした作家の森見登美彦さん。本書はフィクション(小説)ですが、冒頭には森見さん自身が登場します。
新作小説を書こうと思っても、なかなか筆が進まないことに悩みもだえる森見さん。ご飯を食べながら家族と本の話をしていて、ふと思い出したのが一冊の本、その名も『熱帯』。大学時代に出会い、大事に読み進めていたのに紛失してしまった幻の本。東京に用事に出かけ、友人に連れて行ってもらった「沈黙読書会」でこの本の話をするところから、物語は不思議な展開を見せます。
「沈黙読書会」は、なんらかの「謎」を抱えた本を持ち寄り、語り合う会。物語に謎がある本、作者に謎がある本、その本のなりたちに謎がある本……。どんな謎でもOKですが、「謎を解こうとしないこと」がルール。参加者によって語られる本の謎に口出しするのは厳禁であることから、「沈黙読書会」という名がついたようです。
ここで森見さんは、参加者の女性が『熱帯』を手に持っているのを発見します。彼女が語る、この本の謎とは……? 『熱帯』はこんな言葉から始まります。
汝にかかわりなきことを語るなかれ
しからずんば汝は好まざることを聞くならん
小説の中に小説がはめこまれている物語のことを枠小説と呼んだりしますが、『熱帯』は小説の中に外側の小説と同タイトルの小説がはめこまれています。本好きにはたまらない構造なのでお気に入りの一冊なのですが、この冒頭の言葉が強く印象に残っていました。
今は、一億総評論家時代とでも言いますか、ネットやSNSでいくらでも感想や意見を発表できますよね。リアルな社会でも、年功序列とか家父長制とかセクショナリズムが少しずつ崩れてきて、どんな人も割と自由にものを言える風潮になってきているような。
私自身こうやってネット上に言葉を綴る活動をし、会社でもだんだん「物申せる立場」になってきています。そのことに解放感と満足感をおぼえる一方で、自分の「言葉の多さ」に、少しずつ嫌悪感と危機感が募っていたのだと思います。
「汝にかかわりなきことを語るなかれ…」を頭の片隅にうっすら投影しながら、静かに本を読んで過ごした鈍考での90分。いつもであれば、途中でスマホを触ったり、気になった箇所をメモしたり感想をつぶやいたりしがちなところ、本と自分の心の対話に没頭しました。
時間がきて建物を出て、熱い陽射しを受けてふと頭に浮かんだのは、
「私は強い。大丈夫」。
沈黙し、自分に集中することで、見失いかけていた自分自身が見えてきたのかな。もちろん、また不安になって騒がしくして自己嫌悪して……という繰り返しなんでしょうけれど、「沈黙する」がセルフケアになることを実感できたのは大きな収穫でした。
またいつか、鈍考に「沈黙」しに行きたいです。