「失敗」は、人生という物語の中のたった1ページ。 尾上由子さん vol.3

 「はじめの一歩の踏み出し方。」 尾上由子さん vol.3

 

この連載「はじめの一歩の踏み出し方。」は、
大切な時ほど足踏みしがちな私・矢島美穂が
インタビューを通してあの人の「はじめの一歩」を覗いていこうというもの。
読んでくださる方の、より自分らしい明日や未来を迎えるための
少しの勇気とヒントにつながりますように。

 


ここまで2回にわたってお話を伺ってきたのは、
埼玉県・北本市のクッキー専門店「クッキークル」のオーナーである
尾上由子(おのうえなおこ)さん。

前回は、自分らしく自由にお菓子を作る「喜び」や「幸せ」を
両手でしっかり抱きしめ続けられるよう、
あえて独学という方法でプロに向かって踏み出したというお話をお届けしました。

さて、自分なりの「独学修行」は継続しつつ、
大手コーヒーチェーン店で店舗運営や接客のノウハウを学ぶことにした尾上さん。
ここから「自分のお店を持つ」というところに、
どうつながっていくのでしょうか?

「コーヒーチェーン店には、契約社員として入社しました。
当時、1年という短期間でマネジメントに磨きをかけて独り立ちさせ、
スピーディーに“マネージャー職”までたどり着かせよう、という試みがあり、
私もその対象。

新参者だったのでいろいろと気は使いましたが、
温かく受け入れてくれる仲間たちに囲まれながら、
試行錯誤しつつ様々なプログラムをこなし、学んでいきました。
上司である店長がうまく引き上げてくれたこともあって、
一年後には同期で唯一、掲げられていた目標を達成することができたんです。

職場は雰囲気も良くてやりがいもあり、
近い未来に店長にもなれそうだね、なりたいね、とも話していたのですが…
『じゃぁ、店長になったその先に、
本来の目標である“自分の店を持つ”ことへとつながる
次のステップがここにあるか?』と考えたら―
それが見つからなかった」と言います。

 

時を同じくして、尾上さんのお菓子作りは転機を迎えようとしていました。

「ちょうどその頃、友人やブログの読者から
『お菓子を買えないか』『結婚式のプチギフトとして準備してほしい』という声が
ちらほら出てきたんです。
そんな声を耳にして、“自分のお菓子でお金をもらう”ということが
急に現実味を帯びてきました。

『では、実際にどんな形で作って売るか?』と一歩踏み込んで真剣に考え始めたら、
『家で作ったものを売りたくない』って思ったんですよね。
自分で選んだ道とは言え、
“修行していない、学校を出ていない”ということにはコンプレックスがありました。
だから、どんなに自分や周りが『おいしい』と思えるものを作ったとしても、
“家で作った”のだとしたら、趣味の延長という見られ方をされてしまうのではないか。
それはやりたくない、と、大きなためらいがあったんです。
そんな、半ば切羽詰まった気持ちに押されて、工房を持つことを決意しました」。

それを実現するために、いよいよ開業資金の準備にも動き出します。
働きながら自己資金を貯めつつ、
ご自身のお父さんに事業計画書をもってプレゼンテーションし、
融資をお願いしたのだとか。

こうしてついに2010年、地元である北本に念願の工房を構えた尾上さん。
まずはネットショップを中心にクルをスタートさせます。

プライベートでは焼き菓子全般を広く作っていたという尾上さんでしたが・・・
あえて“クッキー専門店”として開業したのはなぜでしょう?

「素人あがりの自分がお店を持ったところをイメージしたときに、
ただ“焼き菓子屋さん”と言ったらすごく普通だな、って思ったんです。
なにかの専門店にした方が、お客さんにもわかりやすいし、
私自身も“それを作る”ことだけに集中できる。

じゃぁ何にするか、と考えたときに、
クッキーなら暮らしの合間に一人でちょこっとつまむこともできるし、
お土産やおもてなしにも使えるんじゃないかって。
いろんなシーンで食べてもらえて、作り手としてもたくさん焼ける、
そう考えると、ビジネスという面でもメリットを感じました」。

この話を聞いて半分は納得しつつも、
ついつい物事のリスクを考えてしまうビビり症の私としては、
「怖くなかったのだろうか?」と思わずにいられませんでした。

だって、一つを選ぶということは、それ以外の選択肢を手放すということ。
素人上がりだからこそ、 “焼き菓子全般”と門戸を広げておいた方が
漠然とした安心感があるのでは・・・と。

「その意見は、ごもっともですよね。
でも・・・私は『自分が何者でもない』という状況になる方が怖かったんだと思う。
“焼き菓子屋さん”というふんわりした肩書でとらえられるより、
“クッキー屋さん”と言われた方が輪郭がハッキリしてわかりやすいし、
自分も堂々と名乗りやすいと思ったんです」。

 

 

それでもやっぱり後になって、
『この方法じゃなかった』『失敗した』という結論になったとしたら?

「私ね、始める前に安心材料を揃えることにあまり意味を感じないんです。
だって、安心材料があっても、その通りになるとは限らないし、
失敗するときは失敗する。逆にうまくいくときは、うまくいくから。

それから、最近はそもそも『失敗しても平気』って思っています。
例えば新作のクッキーが『めちゃめちゃ不味い!』と言われても、
『全然売れない!』という結果になっても、
『あはは、やっちゃったね!』って笑える自信があるんです。

失敗と名のついた経験は、ただ『違った』ということがわかるだけ。
別にそれで人生が終わるわけではなく、またその先があるでしょう?
失敗とその後は地続きだから、
失敗をネガティブで終わらせなければ、それでいいんじゃないか、って」。

尾上さんのこの解釈を聞いて、
『そうか、すべては自分の物語の1ページなんだ』とハッとさせられました。
ある章では事件や悲劇が起こっても、
ページをめくればそこには新たな物語を綴ることができる―。

知らず知らずのうちに人生をゲームのように捉え、
一つ一つの出来事に『勝った』『負けた』とラベルを貼って
白黒つけようとしていた自分に気づかされました。

 

さらに尾上さんは続けます。

「それからね、自分の人生に関してはすべての責任が自分にあるからこそ、
逆に好きに生きられる気がします。
『何かあっても自分が責任を取るんだから』って思っているから、
思い切って決められるし、失敗しても大丈夫と思えるのかも」。

ほほ~!これは目から鱗!

人生の岐路に立たされた時、ついつい逃げ場を用意したくなる私は、
「責任が自分にある」ことに“孤独”を感じていましたが―
尾上さんは、そこに“身軽さ”を見出していました。

自分らしさを求めるときの選択。
それは誰に頼まれたものでもありません。
どちらの道に進むときも、責任は自分にあることを味方にすればいい。
そしてもし「あれれ、違ったね」と気づいたら、
またページをめくって新たな物語を綴っていけばいい―。

そんなイメージを頭に描いてみたら―
心も体も、ふっと軽やかになるのを感じました。

 

さぁ、次はいよいよ尾上さんのインタビューの最終回。
尾上さんの大きな転機と、これからについてお届けします。


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