【カナのお暇】episode_8 カナ、新しい扉を開く?

皆さま、こんにちは。
ライター塾6期生の川阪果奈です。

この連載『カナのお暇』では、私の退職話を漫画『凪のお暇』に重ねながら、人生リセットストーリーとして綴っています。

さて、ドラマが続々と最終回を迎えていますが、私は『ラムネモンキー』にハマっておりました。 50代の主人公3人が中学時代を過ごした1988年の記憶を辿りながら、過去の謎に迫る物語。「あの頃はめちゃくちゃだった」という時代が興味深く、子供時代にはわからなかった大人たちの背景や気持ちに気づいていくところが面白かったです。

そんなドラマ大好きっ子である私は、今から数年前、ドラマの撮影現場に遭遇したことがきっかけで、会社を退職したのですが、ずっと怖かったインターネットとうまく付き合えるようになったという前回「episode_7 カナ、大海を知る?」からの続きです。 よろしければお付き合いください♪

 

井の頭公園の桜

「このー木なんの木、桜の木♪」と歌いたくなる、井の頭公園の大きな桜。ジブリ美術館の裏の方にあります。

 

向こう側に踏み入れる?

一田さんが開催されているライター塾。
私が参加させて頂いたのは6期で、当時はオンラインではなく、一田さんのご自宅で開催されていました。
雑誌の世界が立体になったような一田家のリビングに座って、ポーっとしながらお部屋をぐるりと見渡し、「ここであれが行われたのか…!」と感慨にふけってしまいました。

“あれ”とは、フォトグラファーの中川正子さんと一田さんのトークショー。
一田さんは以前、このご自宅に30人も招待して、中川さんのトークショーを開催されたのです…!

『外の音、内の香』で5回にわたって連載された、このトークショーの話が私はとても好きで、私も参加したかったなーと思って読んでいました。
中川さんのお話もさることながら、一田さんの「やってよかった」という満足感と、参加された方の「来てよかった」「聞けてよかった」という喜びがビシビシ伝わってきたのを覚えています。

自宅に知らない人を30人も招いてイベントをするなんて、思いついたとしても、心理的、物理的なハードルを乗り越えないとできなさそうです。絶対面倒くさい!でも、この面倒くさいことができるかどうかが、”こちら側”と”向こう側”の大きな違いの様な気がしていました。


こちら側の私は、参加して喜ぶ側。
向こう側の一田さんは、場を作って提供し、参加者を喜ばせて感謝される側。


向こう側の人がこちら側に来ることはあっても、こちら側の私が向こう側に行くことは…ない。

 

牧野記念庭園

朝ドラ『らんまん』のモデルになった牧野富太郎博士の私邸跡地・牧野記念庭園。

 

ライター塾が終わって、しばらくしてからライター塾サロンに入り、WEBデザインのスクールに通ったりしているうちに、”向こう側”にいる人とたくさん知り合うことができました。

いいなあ、私も向こう側の人になりたいな。
「参加者、羨ましい」から「主宰できる人、羨ましい」へと、私の気持ちは徐々に変化していきました。

 

ある日、私は一田さんから「場をつくるっていいよ~!」というコメントをいただきました。

え?それは、私にもできるという意味ですか?
私も向こう側へ行けるかもしれないということ?

すっかりその気になった私は、その3ヶ月後、突然降ってわいた話に手を挙げてみました。

子どもが卒園した保育園の同窓会を開くことにしたのです。

 

サクラ 仙台屋

赤みがかった葉っぱが美しいサクラ「仙台屋」。桜餅が食べたくなります。

 

 

柄にもないことをやってみる

保育園を卒園した子どもたちと親、担任の先生、総勢約45人が集まる会を開くことになりました。

私が!

こういうことができる人って、子だくさんでリーダーシップがあったり、友達が多かったり、コミュニケーション力がめっちゃ高かったり…というイメージがあり、私はいずれにも該当しない自覚がありました。

私にとって柄にも無いことでしたが、グループLINEでの「誰かやってくれない?」というメッセージに手を挙げてみました。

率直に申し上げて…面倒くさいことだらけです。
日程調整、集まれる場所を探す(意外と無い)、お金の管理、何をする?先生方へのお礼は?などなど。
あっちへ行けば感染症がどうのと言われ、こっちへ行けばお子さんの利用は困るだのママチャリは大きくて他の人に迷惑だからたくさん止めないでと言われ…。
公共の施設を使おうとすると、役所がやっている平日9時〜5時に現地で手続きが必要になるし、利用料は郵便局で納付するか、区民事務所で利用券を買うしかない。
区民事務所に買いに行ったら、私が欲しい金額の利用券は区民事務所では買えず、別の施設へ行けと言われたり…。
まあ、色々と大変でした。

けれど、なぜ柄にも無い面倒くさいことをやってみようと思ったか?
“向こう側”に行きたいということではない、別の動機がありました。

それは、そういうことができる人になりたかったから。です。

 

ボケ

ボケも満開でした。ひらひらとして、淡いピンクの濃淡がかわいいです。

 

 

嫌な自分に気づく

ワーキングマザー時代の私だったら絶っっっっっ対にやりませんでした
時間が無いということもありますが、何かにつけて「なんで私がやらなきゃいけないわけ?もっと暇な人いるでしょ?」というスタンスだったのです。

お恥ずかしい…。性根が腐っておりました。

退職してしばらく経って、心底思ったのは、「OL時代の自分って嫌な奴だったな」ということ。

「他人のために何かをする」ことへのハードルを上げるのに、その価値を下げ、常に「なんで私がそんなことしなきゃいけないわけ?」モード。

なんか、嫌〜な感じですよ。

その嫌〜な感じを普通の感覚だと思っていました。
社会で働くってそういうことよと。

食うか食われるか。
損得勘定すること=合理的に仕事ができることだと思っていました。

でも、退職して時間ができ、貯金が減り、やりたいけどできなかったことを一つずつやっているうちに、今までの普通の感覚がとっても嫌な感じだったということに気づきました。

別に、食うか食われるかってほどの大げさなことはないし、「損得勘定=賢い」わけではない。
むしろ、思考停止のアホとも言える。
合理性は大事だけど、損得勘定と合理性は必ずしも一致しない。

「会社でちゃんと働いていますっ」というプライドと、「どうせ私なんて時間を切り売りして生きるしかないのよ…」という卑屈な精神がないまぜになって、謎の被害妄想になっていた気がする。
卑屈を卑屈とも思わず、意地悪を意地悪とも思わず、人の上に人を作り、人の下の人を作っていた気がする。

これをようやく自覚し、決別しようと思えました。
やっていることは何の生産性もなく、富も名誉も生み出さないのですが、私は自分が変わったと思えることが嬉しかったです。

 

ツバキ

ヤブツバキ「光源氏」。ネーミングがいいですね。

 

 

凪ちゃんは海を目指した

漫画『凪のお暇』で、凪ちゃんが自転車で海を目指したエピソードに自分を重ねてしまいます。

ある日、意中の人・ゴンのバイクの後ろに乗って海に行った凪ちゃんは、ゴンに夢中になります。

そんな時、お隣に住むうららちゃんのママも、かつて、夫のバイクの後ろに乗って海へ行ったという思い出を持っていることが判明。
キャピキャピと共感し合う2人でしたが、なんと、うららちゃんのママはその翌日、自分もバイクの免許を取りに行ったと言うのです。

ゴンに楽しませてもらうことばかり考えていた凪ちゃんは衝撃を受けました。彼のバイクに乗せてもらうのではなく、自分でバイクを運転して、彼と並んで海に行きたいという発想と行動に。

凪ちゃんは、自分の運転でどこかに行くなんて、今まで一度も考えたことがなかったのです。

そのことに気づき、愕然とした凪ちゃんは「やらなきゃいけない」と、すぐさま自転車を買って海を目指しました。

すると、まあ大変。
迷子になったり転んで怪我をして真夜中のスナックにお世話になったり、タイヤがパンクして漫画喫茶で時間をつぶしていたら、酔っぱらいに絡まれたり…。

さまざまなアクシデントを経て気づきを得ながら、やっとの思いで辿りついた海は、なんと!どうってことない普通の海でした。


ゴンと見た時はあんなにキラキラと美しかったのに、自力でたどり着いた海は、ちょっと汚いぐらい。
けれど、「空気はおいしい」と深呼吸する凪ちゃんに胸がスーッとしました。

凪ちゃんがしたことは、自転車をひたすら漕いで、汚い海に行っただけ。

その行動は凪ちゃんに変化をもたらしました。
変化とは、見える世界が変わることなのかもしれません。
行きはガラが悪くて怖そうに見えていた街や人が、帰りには優しい景色に見えたのです。
同じ街と同じ人なのに、見ている人間の心が少し変わるだけでこうも変わるのか!と思ったエピソードでした。

 

海

私にとって海といえば、小学生時代を過ごした神戸・須磨の海です。

 

 

新しい扉

私は、「他人のために何かをする」ことは、特別な人がする特別なことだと思っていました。

他人より恵まれている特別な人がやればいい。私は恵まれていない。恵まれていないから働いているのだ。働いている私がなぜ恵まれた人がやるべきことをせねばならぬのか?という理屈…。

ああ、お恥ずかしい。
ヒクツなヘリクツをこねて、自分で高いハードルを設定していたのです。

今回、そのハードルを自分で下げて、飛び越えました。

そうしたら、やっぱりとても面倒なことばかりでしたが、やってよかったです。

「他人のために何かをする」ハードルを下げたら、「他人に何かを頼む」ハードルも下がり、人との関わりが少しラクになりました。

こんな風に人と関わっていけるのだと思ったら、新しい扉が開けたような感覚でした。
こんな道もあったのか!という発見。

 

環境が変わると思考が変わる。行動が変わって、見える世界が変わる。
お暇は非生産的だけれど、もしもお暇を経験せずにいたら、今頃どんな自分に仕上がっていたか…想像するだけでぞっとします。

 

続く。

夜桜

さくら、さくら、弥生の空に♪ これは石神井公園です。

 

川阪果奈

川阪果奈 / KANA KAWASAKA

大学卒業後、保険会社の一般事務職として15年勤務し、第二子妊娠中に退職。その後、デジタルハリウッドSTUDIO吉祥寺にてWebデザインを学び、現在はブログサイトの運営などを行う。夫と娘と息子の4人家族。ライター塾6期生。

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