皆さま、こんにちは。
ライター塾6期生の川阪果奈です。
この連載『カナのお暇』では、私の退職話を漫画『凪のお暇』に重ねながら、人生リセットストーリーとして綴っています。
さて、私は今、競馬の世界を舞台にしたドラマ『ザ・ロイヤルファミリー』に夢中です。目黒蓮くん目当てで見始めましたがすっかりハマってしまい、競馬場に行きたくなっています。北海道の大自然そのもののようなスケールのデカい玉置浩二さんの歌声も最高で、毎週ドキドキワクワクです。
そんなドラマ大好きっ子である私が、今から数年前、ドラマの撮影現場に遭遇したことがきっかけで、会社を退職し、不満だらけの日々が、実は自分の望み通りだった!と気づいた前回「episode_5 カナ、不都合な真実?」からの続きです。 よろしければお付き合いください♪

氏神様の花手水、秋バージョンも素敵でした。
2度目の出産
退職から約半年後、男の子を出産しました。
1人目は女の子だったので、初めての男の子です。女の子はふわふわしていて、にゃあにゃあ泣いていたけど、男の子はズシッとしてギャーギャー泣き、生まれた直後から、ガブガブと母乳を飲んでいて頼もしい!
2度目の出産でも、「案ずるより産むが易し」は意味がわからない言葉です。
“易し”ってなんだ!?そんなことをお産で例えないでほしいです。
お産をすると”人の手”の有難みを実感します。
妊娠・出産ほど孤独なことはないと、1人目の時に思いました。
孤独というか、終わりの見えないつわりに耐えるのも自分だし、激痛に耐えるのも自分。
逃げたくても逃げられないし、誰も代わってくれない。
すべてを自分が引き受けてやり遂げる!という経験は、誰しもが人生のどこかで経験するのかもしれませんが、私の場合は出産でした。それまでは、もう無理だと思ったら逃げてきた気がします。
いつも受け身で、自分のことすら、自分で引き受けてこなかった―
貧弱な私の根性を叩き直し、励まし、寄り添ってくださった助産師さんたちとの出会いは、一生の思い出です。
お医者様はもちろん、整体や鍼灸の先生方、NICUの看護師さん…。
周産期にかかわるプロフェッショナルってこんなにいるのか!と驚きました。
産後は、母乳相談室やエクササイズ教室、子育て支援施設にも、大変お世話になりました。
1人目の時は育児休業を取得していたので、今から思うと、”プレ・お暇”だったなあと思います。
それまで、学校や会社という内の世界だけで生きてきたので、外の世界を知る機会になりました。
色んな人と出会ったことで、自分が「こうすべき」と思ってきた価値観は、ごくごく小さな箱の中の「こうすべき」なだけで、一歩外に出ればまったく違う価値観でのびのびと生きている人たちがいる…ということを知りました。
出産も大きな出来事でしたが、私にとっては育休そのものが、人生を変えるような出来事でした。

助産院のご飯。めちゃくちゃおいしかったです。
チコちゃんに、叱られますよ?
育休中は、医療や福祉のプロフェッショナルだけでなく、いろんな場所で、同じ時期に出産をした人たちと知り合いました。
共通点は、出産時期と居住地域だけ。年齢も職業もさまざまな人たちと、子育ての情報交換をしつつ、とても楽しい時間を過ごしました。
育休を取っている人が大半で、悩みもあるけど、概ね皆さん、自分の仕事に誇りややりがいを持っている…。
私は、そこに一番驚きました。そんな人、いるんだ?!
私にとって仕事は、生活するためにしょうがなくやっているものでした。
業務内容は部署によって変わるし、異動もあるし…誇りややりがいなんて、絵に描いた餅ですらない。
私の目的は、国民の三大義務(教育の義務・勤労の義務・労働の義務)を果たして、お天道様に顔向けできるように生きることでした。
ついでに、結婚と出産も義務のように思っていました。毎年、「今年もかなちゃんの結婚式に呼ばれなかった!」と忘年会のネタにされ、ネタにもされなくなった頃、結婚・出産という義務を果たした私は、ようやく少しだけ自由になれた気がしていました。
平日の、青い空がまぶしいぜ。
もう誰にも文句は言われないはず…と思いながら、ベンチに座って休憩していると、笑顔で近づいてくる人たちが。
ああ、またターゲットにされてしまった。
抱っこ紐に赤ちゃんを装着して歩いていると、宗教、金融、教育・育児関連の何か…この世に存在するあらゆる”勧誘”を受けました。
仲良くなった人のおうちに誘われて喜んでいたら、ネットワークビジネスの勧誘だったことも。
平日の昼間の世界に生きるって、意外と大変なんだな。こんなにいろんなトラップが仕掛けられているのか。
就職して10年以上、いろんなことをわかった気になっていたけど、全然わかっていなかった。
世の中にはいろんな人がいて、いろんな仕事があって、いろんな価値観がある…。
ボーっと生きてんじゃねーよ!と脳内でチコちゃんに叱られながら、少しずつ、自分の世界が広がっていくような気がしました。

昔、ばったりお会いしたことがあります。
カップ&ソーサーの紅茶
やがて春を迎え、子どもは小規模保育園に通えることになり、私も復職。内の世界へ戻りました。
小規模保育園は2歳までしか通えないので、首の皮一枚つながったような復帰で、心配事もやることも山積み。
育休中と会社員の生活にはあまりにもギャップがあり、帰宅すると毎日、「おかあさんといっしょ」の横山だいすけお兄さんのDVDを見ながら、心のバランスを保っていました。
家と職場の往復に保育園が加わったわけですが、保育園は、育休中の生活とのギャップを埋めてくれる存在でもありました。
入園したばかりなのに、なぜか”帰ってきた”気持ちになる不思議。
実際、朝は「いってらっしゃい」、夕方は「おかえりなさい」と迎えてくれるからでしょうか。
育休中から、保育園の保育士さんや、子育て支援施設のスタッフさんといった”保育士資格を持つ人たち”のお世話になっていました。私の保活は絶望的な状況だったので、引っ越しも視野に入れて3自治体、15園ぐらいの保育園を見学したり、イベントに参加したり…。
どこの保育園も素晴らしかったし、保育士さんたちには親切にして頂きました。地域の子育て支援施設(以下、広場)は、こんなに温かい場所があるのかと思いました。
行けば、温かく迎えてくれる場所がある。赤ちゃんがいても、誰にもとがめられない。
自分も子どもも誰かに見守ってもらえるだけで、とても心強かったです。
忘れられないのは、50円の紅茶です。
私が行っていた広場では、50円で紅茶を飲ませてくれました。缶に50円を納めると、スタッフさんがティーバッグの紅茶を入れてくれるのです。
カップ&ソーサーで!
紅茶を飲んでいる間は、スタッフさんが赤ちゃんを見ていてくれます。
夢の様な数分間でした。華やかなアールグレイの香り…カップ&ソーサーで紅茶を飲む。それだけで、こんなにも気持ちがほぐれるのだと知りました。人がいれてくれる紅茶っておいしい…。
でも、なんでわざわざカップ&ソーサー?洗う手間もかかるし、うっかり割ってしまうかもしれないのに。
生産性とか業務効率化とか費用対効果という、知った気になっているワードが顔を出します。
紙コップでも良いのでは?
―うふふ。この方が嬉しいでしょ?うちではなかなかできないでしょ?
はい、カップ&ソーサーどころか、座ってご飯を食べることすら放棄しています…。
なんとなく、仕事ってこういうことなのかもと思いました。
仕事というか、人を喜ばせるとか、思いやるとか、役に立つとか。
仕事とは、義務を果たして対価を得るだけのものだと思っていたけど、こんな風に手渡せるものなのかもしれない。
育休中、たくさん困って、たくさんの人の優しさを頂きました。私も、優しい人になりたい。
復職したら、私も生まれ変わろう。
…なーんて思って復職しましたが、早々に、あえなく撃沈。
初心 消えかかるのを 暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
茨木のり子『自分の感受性くらい』 より
生まれ変わるどころか、こじらせをさらにこじらせ、以前にも書いたように、私は働いても働いても「何も手にできていない」という気持ちに苛まれるようになりました。なんでもいいから、「合格」って言われたい…。
復職して2年が経った頃、私は保育士資格の勉強を始めました。
動機が不純な気もしますが、私にはやっぱり、さっぱり理解できなかったのです。
保育園や子育て広場のような世界が謎でした。
この”温かさ”って何なんだろう?何かが自分とは根本的に違う気がするけど、いったいそれは何なのか?
バファリンの半分は優しさでできてると言うけど、そんな感じで、私がいる世界とは構成されている要素が違う気がする。その謎が、保育士資格に隠れているような気がしたのです。

大好きな、理想のご飯…!
「知る」ことで開ける世界
そして、私の読みは当たりました。
保育士試験の内容には、私が知りたかったことが詰まっていました。謎を解くヒントが盛りだくさん!
保育原理、教育原理、社会的養護、子ども家庭福祉などの9科目を通信講座で学んだのですが、初めて知ることはもちろん、知っているつもりだったことを改めて学ぶ機会になりました。
例えば、「社会福祉」について。
かねてより社会福祉の中心となっていたのは、憲法の第25条の生存権の保障です。これは救貧対策を中心とした社会福祉で、ウェルフェア(welfare)と呼ばれています。
それに対して、貧しい人だけでなく、すべての人を対象とした考えがウェルビーイング(well-being)です。
すべての人の人権が尊重され、その人らしく生き、その人の価値観を大切にした生活ができるようにしていこうという考えで、現在はこちらが社会福祉の基本的理念になっています。四谷学院・保育士試験対策講座 より
ウェルビーイングは聞いたことがありましたが、訳すると「幸福な状態」。
福祉って、幸福ということなんだ?しかも、すべての人が対象になっているんだ?!
私は、困っている人にだけ手を差し伸べてくれるのが福祉だと勘違いしていました。私の場合、子どもを産んだことで初めて、福祉サービスを受ける権利を得たと思っていました。
でも、私はずーっと福祉の対象で、「幸福な状態」でいることが認められていたんだ…。
「会社を辞めたら路頭に迷う」と思って、理不尽な目に遭っても石にかじりついてきたけど、この世界はもっと大きな仕組みで成り立っているのかもしれない…?
重箱の隅に固定されていた視点が、ギュイーンとズームアウトして、大気圏を突き抜けました。
やっぱり地球は青かった?!
加えて、私は「すべての人が幸せになってもいい」と、思えていなかったことに気づきました。
「努力」とか「我慢」とか、何かを犠牲にして耐え忍んだ先に与えられるものが「幸せ」…みたいなイメージを持っていました。
だから、もし幸せじゃなかったら、それは努力が足りないからだと。「自業自得」とか「自己責任」ですね。
でも、それは間違った考えだと、明確に思いました。自分を含めて、すべての人が幸せになって良いのですよね。
子どもがいるのに会社を辞めない女性社員というだけで、自分の存在そのものが迷惑をかけているような気持ちになっていたけれど、「すべての人」が福祉(幸せ)の対象ならば、私も幸せでいて良いのだ。
私が、保育園や子育て広場で勝手に感動していた「温かさ」は、福祉の仕組みそのものだったのかもしれません。

妊娠中、よく歩いて買いに行ったサンドイッチ。
その他、社会福祉の歴史、子どもの権利や教育史も、知れば知るほど面白かったです。
中世・近世では、子どもは「小さな大人」として扱われていたこと、子どもの権利という概念が生まれた背景、教育の歴史…久しぶりにちゃんと勉強をすることで、自分が享受しているあらゆることが当たり前ではないことを実感できました。
どう考えても、現代の日本で子育てできるって最高すぎる。
もしも、中世ヨーロッパだったら?戦中・戦後だったら?
何事も一足飛びで良くなるのではなく、少しずつ良くなっている。
その流れの途中に「今」があって、これからもどんどん良くなっていくのだと思えました。
はあ~、勉強するって楽しいなあ。
そんなセリフが自分から出てくるなんて、20年遅いわ!せめて18歳までに目覚めてくれよ!と思いながら、勉強欲が増した私が次に手を出したのは、デジタルに関する勉強でした。
アナログ人間を脱却すべく、WEBデザインのスクールに通うことにしたのです。
続く。

助産院のご飯が恋しい時は、クレヨンハウスへ行きます。