
昨日、取材に行ったお宅で、撮影後に出していただいたのが、
柿、梨、みかん
という秋の果物たち。
わあ〜い、梨以外は今年初。
おいしくいただきました。
取材後、テニスのレッスンに行ったら、
コートに向かう途中で、ふわりと金木犀が香った気がしました。
キョロキョロ探してみたけれど、姿は見当たらず……。
あれは錯覚だったのかしら?
みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
さて。
何者かにならなくても、どこかへ行かなくても、今のままの自分で明日が変わる。
そんな「書く」という習慣について綴るコンテンツ「書く暮らし」。
今日は、ライター塾の通信コースについて、ちょっと書いてみようかと思います。
今、第10期の通信コースの真っ只中。
10名の参加者のみなさんに、写真を1枚と800字のエッセイを
2週間に1度ずつ送っていただいています。
それを読ませていただいて、赤字を入れて戻す。
その赤字を元に修正していただいてまた送っていただく。
それに対してまた赤字を入れる……。
そんなエッセイのキャッチボールのようなやりとりを続けています。
ちょうど今、3本のエッセイを書き終える頃。
全部で6本を書く予定なので、
ちょうど折り返し地点です。

一人1冊のクリアファイルを用意して、送ってくださったエッセイに赤字を入れたものをプリントアウトして、まとめています。
最初はみなさん四苦八苦。
書きたいことを、相手にわかるようにきちんと説明する。
という基本も、なかなか難しいものです。
自分はわかっているのだけれど、
読む人にはわかりにくい……。
そんなことがたくさんあります。
自分はその場に行き、その場の音を聞いて、匂いを嗅いで、会話を耳にし、
あらゆることを感じています。
単に「学校に行った」「保育園にお迎えに行った」「友達とカフェに行った」
という事実だけでも、
そこで起こったことを正確に伝えることは難しい……。
起こったこと全部を書くと、余計にわからなくなってしまいます。
「これを伝えたい」というテーマに必要な事実だけを
取捨選択して見つけていく……。
たったこれだけの作業がなかなかできません。
でも、私が赤字を入れて
「これはどういうこと?」
「どうしてこうなったのですか?」
「この時こう思ったのはなぜ?」
と質問をすると、みなさんにそれに応える形で、
自分が見聞きしてきたことを、言語化してくださいます。
そのうちに、息子さんがバスケットコートで生き生きと走り回り、
夫が自転車で子供達を送り迎えしてくれて……
と日常の様子が生き生きと立ち上がってきます。
最初は見えなかった風景が、文章の中から飛び出してくる……。
そんな変化を目撃する瞬間のワクワクすることと言ったら!

先日知人と行った、東京富ヶ谷にある和食のお店「七草」の最後のデザートは、栗のお菓子。
餅米の中に栗餡が入って、栗の葉っぱで巻いてありました。美しくておいしかったなあ〜
時には、「このことはあんまり言いたくない」と伏せて書いている方もいらっしゃいます。
もちろん、書きたくないことは書かなくていいのです。
でも……。
「どうしてそう思ったのですか?」
「それはどうして?」
そんな私の問いかけに、
書きかけのエッセイにどうしても必要なエッセンスが、
自分がぼやかして書いていることの中にある……と気づきはじめる……。
そうすると、途中でエイッと書きにくいであろう経験や思いを
綴ってくださいます。
するととたんに、伝えたいことが、はっきり、くっきり像を結んできます。
そんな風に、自分の中を掘って、もやもやしていた思いに輪郭をつけ、
言葉として綴る……。
そんな文章のやりとりを重ねていると、
ライター塾ではあるけれど、
その人の「芯」のようなものを、少しずつ見せていただき、
その人らしさと真正面から向き合っているような気持ちになります。
だからこそ、私も真摯にコメントを書き、
わからないことはわからないといい、
そして、そこからぽろりとこぼれ落ちた真実の文章に、
パチパチと拍手を送ります。
そして、みなさんの文章を読みながら、
やっぱり「書く」って素晴らしいなあと毎回思うのです。

テニスコートにおでましになったカマキリ
みんなそれぞれ違う街に住み、
家族構成も、仕事も、生きる環境も違う中で、
日常の中の小さなできごとを綴る……。
そんなパーソナルな出来事の中から拾い上げた
「私だけが見つけた真実」は、
読んでくれる人の心に染み込んで、
「ああ、私もそう思う」と少しずつ繋がって、
たくさんの人が共有できる「真実」へと成長していくように感じます。
これはきっと、SNSで今日見たもの、感じたことを綴るときにもできること。
「こんなことがあって、こう感じたんだよ」
という小さな思いの交換は、
素晴らしいなあと思うこのごろです。
みなさんは、「書く暮らし」楽しんでいますか?
今日もいい1日を。