この連載『わたしのサードプレイスの見つけ方』は、今いる場所ではない、もうひとつの場所=サードプレイスを見つけて、扉の開け方を紐解くお話です。
今いる場所に大きな不満はないけれど、息苦しさを感じている人や、ひとりでがんばりすぎて苦しくなっている人にとって、自分の居場所を見つけるヒントになりますように。

こんにちは!ライフコーチの木山理絵です。
連載をはじめてから、幼少期まで記憶をさかのぼり、私のこれまでの人生で見つけた「もう一つの場所=サードプレイス」について書いてきました。
今回は、最近見つけたてほやほやの新しい扉について綴ってみようと思います。
「人に頼る」ことが苦手だけど、人に頼られるのはうれしい
突然ですが、みなさんは「人に頼る」こと、得意ですか?それともどちらかというと苦手ですか?
11人の大家族の長女として育った私は、典型的なお姉ちゃん気質。
「人に頼る」ことがどうも苦手です。
もちろん、これまでたくさんの人に支えてもらい助けてもらって今があります。
なのに、一人では難しいな…と思ったり、本当は疲れていてしんどいと思っているのに、自分から「助けて」とか「手伝って」と素直に誰かに頼ることは苦手。
でも、周りを見渡すと頼り上手な人っていませんか?
私自身、人に頼られるのはうれしいです。
特に「りえさんだからこそ頼みたい」なんて言われると、相手にさとられないように気をつけつつも、実は尻尾をぶんぶん振って喜んでいる自分がいます。
人は一人では生きていけませんよね。
「人に頼る」ことって、そもそも全然悪いことじゃないし、頼られた人を喜ばせることもできる。
子どもの自己肯定感を育てる方法の一つは「親から頼られる」ことだと本で読んだこともあり、確かにそうだなって思います。
それなら、どんどん軽〜く人に頼っちゃおう!って思うんだけど…やっぱりどうも苦手。
どうやって頼もうかあれこれ考えてるうちに尻込みしてしまうし、誰かが気を利かせて自分のためにやってくれたことがわかると、ありがたいしうれしいけど何となくソワソワしてしまう。
実は私、頼られることはうれしいくせに「人に頼ってばかりの人」を見ると正直イラっとするんです(笑)
例えば、ちょっと自分で調べたらわかることを面倒がってすぐ誰かに聞く人とか、周りがみんなのためにあれこれ動いている中で自分のことしかしない人とか…
自分でもめんどくさいやつだなぁって思います
なぜなんでしょう。
人に頼るのは苦手なのに頼られるとうれしい。
人に頼られるとうれしいのに人に頼ってばかりの人を見るとイラっとする。
「人に頼る」ことが苦手な自分を因数分解してみることにしました。
そして気づいたことがあります。

「人に頼る」ことが苦手なワケ
私は「人に頼らず自立すべき」という思い込みをぎゅっと握りしめているということ。そして、相手にもそれを勝手に期待しているということ。
この思い込みは、小さい頃から両親や祖父母に「女の子でも一人で自立して生きていける人になりなさい」と育てられたことが影響している気がします。
私が育った大家族の大人の女性たちは、母をはじめ祖母や叔母、従妹もみんな人に頼ることが苦手です。身近にロールモデルがいなかったから、そもそもどうやって頼ればいいのか頼り方がわからない。
「人に頼ってばかりの人」にイラっとするということは、人に頼りたい時もあるのに「誰にも頼らず一人でがんばらなければならぬ」と無意識に自分を縛って我慢しているのかも。
そんなこと、もう誰からも言われていないのに。
だから「人に頼ってばかりの人」を見ると、「私は一人でがんばってやってるのに、なぜあなたはやらないの?」ってイラっとする。
相手からしたら
「は?あなたの価値観を押し付けないで」
ですよね。。
これは相手どうこうではなく、私自身の課題です。
「本当は一人で何でもやるなんて無理。できないって言いたいし、しんどい時は手伝ってほしい。」という気持ちがあるのに、無意識に蓋をして見ないようにしている。
もし、自分の本当の気持ちに蓋をしていなかったら、他の人ができているのを見ても気にならないはず。人は自分が蓋をして抑圧している本当の欲求を、さらっと出して叶えている人を見るとイラっとします。
そのイライラは相手に対してではなく、自分が思い込んで無意識に我慢しているから。
相手にも勝手に期待して、勝手に怒っているだけ。だから、相手の課題ではなく自分の課題なんです。

4年前に教員を辞めて、フリーランスのライフコーチとして活動しています。
私を見つけて話を聞かせてくださる方も、真面目でがんばりやさん。「人に頼る」ことが苦手な方が多いなぁと思います。
「ライフコーチ」という仕事について、最近やっとなんとなく理解してくれた母からこんなことを言われたんです。
「人の話を聞く仕事をしているってことがやっとわかってきた。でも、理絵の話は誰に聞いてもらうの?お母さんのことも頼ってほしい。」
私のことを大切に思ってくれている母の一言だったのに、なぜか心の内側は言葉にならない感情でもやっとしました。
咄嗟に「プロにちゃんと話を聞いてもらっているし、友だちもいるから大丈夫よ。」とぶっきらぼうに答えて次の話題にさらっと切り替えた私。
どうして「ありがとう。」と素直にひとこと感謝の気持ちを伝えられないのか…
こんな時、本当にひねくれた可愛くない娘でごめんよと思います。
小さい頃から、忙しい母や家族に心配をかけないように、迷惑をかけないようにと思って生きてきました。
わからないことは、自分で調べなければならない。自分のことは自分で解決できるようにならなければいけない。
だから、母はもちろん実家の家族に精神的に頼ったり相談したことがほとんどありません。
母の言葉にもやもやしたのは、「もう大人として自立してるんだから心配してもらわなくても平気」「人に頼らなくても自分で何とか解決できる」と意地をはって認めてもらいたかった自分。
そして心のもっと奥深くには、去年父が亡くなって間もない時から、人に頼らず全て一人でやり、疲れきっていた母に対して「お母さんこそ、もっと私を頼ってよ」というさびしい気持ちがあったのかもしれません。

「こんなこと頼んだら迷惑かな」
「忙しいだろうし、頼んだことで負担をかけたくない」
「誰かに頼むより自分でやった方が早いし…」
本当は誰かに頼りたいのに、無意識に自分の気持ちに蓋をすることが当たり前になっていませんか?
思い込みの蓋ってなかなか頑固です。
私も人に頼ることはやっぱり苦手だけど、本当はしんどいのに勝手にひとりで歯を食いしばって我慢し、勝手に相手にイライラする自分は好きじゃない。
できれば、人に頼りたい時は素直に頼り、笑顔で感謝を伝えられるごきげんな人でいたいなぁと思います。
だから、これから誰かに頼られてうれしいな〜と感じた時、その人の頼み方や表情、言葉にアンテナをたててみようと決めました!ちょっとでも真似できることがあるかもしれません。
次回も、最近見つけた新しい扉について綴ってみようと思います。
まとめ
・「人に頼る」ことが苦手なのは、自分の思い込みが関係しているかも
・誰かの行動を見てイラっとすることは、自分が無意識に我慢していたり、蓋をしている本当の気持ちに気づくヒントになる
・苦手なことを掘り下げてみると「本当はどんな自分でありたいか?」が見えてくる