この連載「わたしのサードプレイスの見つけ方」は、今いる場所ではない、もうひとつの場所=サードプレイスを見つけて、扉の開け方を紐解くお話です。
今いる場所に大きな不満はないけれど、息苦しさを感じている人や、ひとりでがんばりすぎて苦しくなっている人にとって、自分の居場所を見つけるヒントになりますように。

進学や進級、就職、転勤に異動など、春は変化の季節ですね。
環境が変わるのって、ワクワクする気持ちもあるけれど、不安やざわざわもたくさん。
大学進学で地元長崎を出て福岡へ、福岡から横浜の大学院へ、そして小学校教員の道へ。
新しい場所に飛び込み続けてきた私は、環境の変化に強い人だと思われがちなのですが、
そんなことは全然ありません。
初めましての人、特に複数の方と同時に出会う場では、会話に何食わぬ顔で加わりつつも、その場にいる一人ひとりの話に耳を傾けることに全集中。
言葉以外のちょっとした表情の変化や声のトーンから、相手がどんな人なのか、この場はどんな雰囲気かを注意深く観察し、自分の適切な立ち位置を入念に確かめるのが無意識の習慣になっていました。
それは、中学から高校までの約5年間、同級生の女の子たちから馬鹿にされたりからかわれたりしてつらかった経験があるからです。
「本当の自分を出すと嫌われる」という思い込み
いつから始まったか、何が原因だったのか覚えてないけれど、受け入れがたいあだ名やいじりなど、毎日のあいさつのように続きました。
4つの小学校が集まった地元の公立中学校は、1学年9クラスのマンモス校
パッと見でわかりやすくやんちゃな人たちがいっぱいいました。
裾の短〜い学ランにサーカスパンツのようなズボン、いわゆる短ランぼんたん(懐かしい)
女の子も床すれすれの長〜いスカート
でも、目立つ出で立ちの人は意外とみんな優しかったな。
とにかく目をつけられないように、校則を守って学校に通うごく普通の学生でした。
世間体を重んじる祖父母と両親に厳しく育てられた私。
勉強もスポーツも、努力してある程度はできるけれど、特に目立つような生徒ではなかったと思います。
なぜ彼女たちにそんな扱いを受けるのか、私の何が悪いのかも自分では全くわからなかったし、すごく傷ついていたけれど、優等生気質の私はとにかく親や先生に心配をかけたくなかったんです。
何より周りのクラスメートに「馬鹿にされている子」と知られることが死ぬほど恥ずかしくて、誰にも相談できず、何食わぬ顔で休まず学校に通っていました。
もちろんそんな中でも、安心できる幼馴染や仲良しの友だちもいました。
でも、その友人たちと仲良くしていることさえも
「なんであんたみたいなのが◯◯ちゃんと仲いいのかわからない」と否定され続けました。
それが本当に一番悲しかったなぁ。
30年以上経った今でも、思い出すと胸がチクリと痛みます。
「もしかしたら、今まで友だちでいてくれた人たちも、嫌われ者の私がかわいそうだから仲良くしてくれてるのかな?」って不安になったりして…
中学生の私には、彼女たちの言葉に言い返す勇気も、自分の悲しみや不安の気持ちと向き合う余裕もなかったので、ひたすら心の扉をぴたっと閉めて鍵をかけることにしました。
何を言われても何をされても、自分の心にだけは踏み込まれないように、厳重にセキュリティをかける。そして顔にはいつもどおりの笑顔を貼り付けることで、なんとかギリギリ自分を守っていたんだと思います。
そんな経験から、長い間「本当の自分を出すと嫌われる」という思い込みを握りしめて生きてきました。ずっと同世代の同性との関係づくりやコミュニケーションに苦手意識があったんです。

手のかからない大人にとってのいい子でいたけれど、実は安心できる居場所がなかなか見つけられなかった10代を経て、大学院で話を聞いてくれる恩師や肩の力が抜けた現役の先生たちなど、1人の人間として対等に接し、大切にしてくれる大人との出会いに恵まれたことで、教員の道を選びました。
(詳しい経緯は、ぜひ前の記事をお読みくださいね。)
そんな私の教員1年目がスタートした春、一生忘れられない思い出があります。
小学校教員は、1年目から基本的に学級担任を持ちます。
3月まで学生だったのに、4月に入ったら1週間も経たないうちに、一人前のプロの顔をして何十人という子どもたちの前に立ち、1人で学級を運営するのです。
学生時代、教育実習をしたとはいえ実際に教員として働くとなると右も左もわかりません。
同じ学年を組む学年主任や先輩の先生、初任担当の指導教官の先生が、初任者2〜3人に1人いてくださって(自治体や学校によって違います。)「わからないことは何でも聞いて」と声をかけてもらうものの、正直わからないことが何かさえわからない状態…
聞きたいことがあったとしても、周りの先生方はいつ見ても忙しそう。質問ひとつするのも迷惑かなと申し訳ない気持ちになってしまってなかなか聞けない…
右も左もどころか、前も後ろも分からない新任教員時代の支えとなるのが、同じタイミングで採用された同期の存在です。私が新規採用教員研修を受けた時は、10名ほどで編成されたグループに分かれ研修を受けました。
4月の初めての研修の後、グループごとの飲み会で親睦を深めることに。
小学校の教員は女性が多いと頭では分かっていたはずなのに、実際に同期が集合しているのを目の前にして、同世代の女性の割合の多さに「果たしてうまくやっていけるのかな…」と内心不安でいっぱいだった私。
「仕事だし、仲良くなれなくてもいいけど嫌われたくはない…」
「変に悪目立ちだけはしないように気をつけよう」
「まずは周りの人の出方を見よう」
自己紹介をしたり、配属された学校の話をしたり、分からないことを確認しあったり…飲み会は大いに盛り上がっていました。
私は、盛り上がるメンバーをいつものように観察、なんとなく感じのいい人でいることに徹し、自分の心の扉はピタッと閉めたまま何とか無事乗り切れた〜と思っていたのです…が…
飲み会がお開きになり帰りの電車の改札に向かっている時、同じグループの1人の女の子に後ろから呼び止められました。
振り返ると、すぐ後ろに立っていた彼女。どこからどう見ても明らかに笑顔ではない。怒っているような…私に対して「言いたい事がある」と顔に書いてあるような表情でした。

心臓が口から飛び出るような感覚って、きっとこんな時のことを言うのでしょう。
細心の注意を払って、目立たないように、嫌われないようにうまく立ち振る舞ったつもりだったのに、私なんかヘマやらかしたんでしょうか…
「一刻も早くこの場から逃げたい。」
「でもそんなことしたらますます状況が悪化しちゃうかも…」
内心パニック。
でも、心が大きく揺れ動いていることを悟られてはいけない。意を決してぷるぷる震える唇で何とか発することができたのは
「よかったらこれからも仲良くしてね。」
も〜子どもか!と突っ込みたくなるような一言。
正直泣きたくなりました…
でも同世代の同性との関係づくりに自信のない私にとって、最大限の勇気で発した渾身の一言だったんです。
「こちらこそよろしくね。」と一言返してくれたら緊張感から解放されると淡い期待をしたものの、彼女は大きな目をさらにまん丸に見開いて、真っ直ぐに私を見て言ったんです。
「『よかったら仲良くしてね』って、何でそんなに下手に出るの?
私はもっちゃん(チームで決まった私のあだ名)のこと一目で好きだな、絶対仲良くなれるって思ったよ。もっちゃんはそのままで素敵だよ!それなのに、そんな自分を下げるような、変にへりくだった言い方は似合わない!」
ド直球、どストレートな彼女の言葉に、頭を大きなハンマーで殴られたような衝撃…
私はすぐに反応できず、しばしいつもの作り笑顔を貼り付けたまま固まってしまいました。
真剣な表情とまっすぐな言葉の勢いに「嫌われたのかも…」と一瞬で思い込み、また傷つくのが怖くて危うく心のシャッターをがしゃんと降ろしそうになったけれど、よくよく彼女の言葉を咀嚼すると「あなたのことが好き」「あなたと仲良くなりたい」「あなたはそのままで素敵」と、
私を全力で認めて肯定してくれていることに気がつきました。
なにより衝撃だったのは、彼女はその日がほぼ初対面のわたしに対して、
純度100%の本音で話してくれたということ。
わたし自身に対して怒っていたわけではなく、過度に嫌われることを恐れるあまりに差し障りのない言葉で感じのいい人を演じ、その場をやりすごそうとしている私に気づき、「何で?」と疑問を感じたそう。
彼女は、自分が感じた違和感をそのまま伝えてくれたんです。
それは彼女自身が自分を信頼している、そして私を信頼しようと決め、本気で向きあってくれたからこその行動。
そんな人との出会いは、生まれて初めてでした。
彼女からもらった衝撃のフィードバックは、相手に不安や自信のなさを悟られないように壁や距離をつくることに必死で、自分の心の扉をぴたっと閉めて誰にも覗かれないように厳重に鍵をかけている自分自身に気づかせてくれました。
改めてふりかえって、わかったことがもうひとつ。
それは、自分を守ろうと発していたはずの言葉は、守ってくれるどころかブーメランのように返ってきていたこと。「どうせ私なんて」「本当の自分を出すと嫌われる」と否定し、傷つけることで自分を孤独にしていたんです。
真っ直ぐに感情や違和感を言葉にして伝えてくれる彼女に、完全に降参。
その後2人で別の店に移動し、終電の時間ぎりぎりまでノンストップ、話はつきませんでした。
直感で好きだな、この人と仲良くなれそうと思った相手には、初対面でも本音で向き合い言葉にする彼女の在り方に「かっこいいな〜」と憧れ、少しでも真似できないかなと思うようになりました。
年齢は1つ下だけど、人として尊敬し心から信頼できる友だちとの出会いは、20代半ばだった私にとって、その後の人間関係を築く土台となるような新しい扉をぱかっと開く鍵になりました。
あれから20年たった今も、彼女は唯一無二のわたしの親友です。
変わらずいつも本音でありのままの彼女は、自分の近況を巻物のような長文で、気まぐれに送ってくれます。私は全部隅々まで目を通して、感じた気持ちや質問をひと言ふた言、自分のタイミングで返信。
文章の分量のバランスは全然釣り合っていないし、タイミングもそれぞれ、いたってマイペース。
彼女に出会う前の私なら「大丈夫かな…」と心配になり、同じくらいの長文を書いてすぐ返信しなきゃと必死になったかもしれません。でも、無理をして相手に合わせる関係なら、ライフステージがどんどん変化する中で、こんなに長く深い友人関係は続かなかったでしょう。
お互い信頼しているからこそ、自分のタイミングを大切にする、感じたことを正直に伝える、
それがベストで心地いい。
2〜3ヶ月に1回は、どちらからともなく連絡を取り合います。
タイミングが合えば、いつものお店で好きなものをつまみ、好きなお酒を飲みながら、あ〜でもないこでもないと好きに話してワハハと笑い飛ばせる友だちがいる。歳を重ねても変わらず、ど直球どストレートな彼女が大好きです。あの日、呼び止めてくれて本当にありがとうという気持ち。
ここまで、過去の人生をふりかえる中で見つけた居場所について書いてきました。
次回はちょっと視点を変えて、最近の私が見つけたてほやほやのサードプレイスについて書いてみようと思います。
まとめ
・「嫌われないように」と自分を守るために発している差し障りのない言葉が、実は自分を傷つけていることもある
・相手を信頼できる人は、自分を信頼している人
・人間関係に違和感を感じた時は「自分が心地よく安心して付き合える人ってどんな人だろう」「本当はどんな自分でいたいんだろう」と考えてみることで、思い込みがみつかるかも