【モヤモヤ女の読書日記】私に効く本、いただきます「あなぐらの読書会」梅津奏

●●キャンセル界隈、という言葉が最近流行っているようです。

「●●をあきらめちゃう残念な私たち」というニュアンスで使うもので、「お風呂キャンセル界隈」(お風呂入るのってやたら面倒くさいときありますよね…)、「健康キャンセル界隈」(健康のことは無視して超ジャンクなラーメン食べちゃう…etc)といったハッシュタグがSNSに散見されます。

それでいうと、最近の私は「予定キャンセル界隈」。仕事が土日にずれ込みがちなせいで、週末の予定をひたすらドタキャンしています……。いや、申し訳なさすぎます……。

「申し訳ありません」「また次回ぜひ」というやりとりが続くと、罪悪感と不甲斐なさで息苦しくなってきます。もうこんな気持ちになりたくない、いっそ予定を入れるのをしばらくやめよう、と思うに至り、最近は「週末の予定を入れない」が基本行動に。早く終わってくれ、繁忙期。

そんな情けない日々ですが、なんとか遂行できた予定も。ずっとずっと楽しみにしていた、新しい読書会です!

 

その名も、「あなぐらの読書会」。私が勤務している会社のOB三人と私、そして飛び入り参加してくれた後輩ちゃんが初期メンバー。登山愛好グループが前身となっているこの会。山登りの途中、あなぐらで休憩しながら本を読んでいるイメージで名付けました。

OB三人は、私と後輩ちゃんの父親世代。三人とももう元の会社は卒業し、それぞれ新しい道を進んでいます。私がうっかり「私たち現役世代は~」などと口を滑らすと、「我々も現役だが?!」と即座に打ち返してくる元気りんりんの60代。いやはや、大変失礼いたしました。

元上司であったとしても、いまやただの友達。顔を合わせれば、「情けねえなぁ。俺が若い頃は…」「あ、それ老害発言ですよ」なんてやり合っています。

 

「あなぐらの読書会」発足は、昨年末の忘年会で「私、読書会やってるんですよ」と話したことがきっかけ。

みんなそれぞれ読書好きですが、読書会は未経験とのこと。読書会がいかに楽しいかを熱弁する私に、「それ、俺たちもやりたい!」「やろうぜ!」と目を輝かせる翁三人。その小学生のようなキラキラした瞳に背中を押され、幹事長・私が誕生したのでした。

課題図書のオーダーは、「せっかくだから自分では選ばなそうな本がいいけど、だとすると読み通せるか自信がないから薄い本でお願い」

せっかく重厚長大なメンバーなので(?)、古典名著系がいいかなと色々考えた末……。課題図書は老人と海』(ヘミングウェイ/角川文庫)に決定。教科書に載っていそうな本でも、あえて自分で手に取って読んでないってことも多いですよね。区民センターの会議室を借りて、第一回あなぐらの読書会開催とあいなりました。

 

私は2024年に出た新訳版の角川文庫で参戦。OB二人は新潮文庫でした。

OBの一人は、残念ながら仕事の関係で欠席。代わりに、登山グループメンバーで二つ下の後輩ちゃんがオブザーバー兼カメラマンとして参加してくれました。Sちゃん、素敵な写真をありがとう!

 

『老人と海』は、アメリカの大作家ヘミングウェイの最後の長編小説。漁師の老人が海で巨大カジキと格闘する姿をヘミングウェイらしい端的な文章で描く、ハードボイルド小説の金字塔です。

ネタバレしてしまうと、老人はなんとかカジキに勝利するものの、島に帰る途中でサメに獲物を食い荒らされてしまうんですよね。結果、彼に残されたのはカジキの骨だけ……。老人の帰りを心配しながら待っていた少年(新訳版では「青年」)のあたたかい介抱には心癒されましたが、それにしても徒労が過ぎる。

大昔、学生の頃に読んだときには「人生は虚しいよってことが言いたいのかな」なんて感じたものです。「男の生きざまを見よ」みたいな匂いがぷんぷんして、ちょっと毛嫌いしていたかも。

なぜか「家庭裁判所」という言葉が浮かぶ一枚……。お二人の顔が怖いせいでシリアスに見えていますが、実はとても和やかな時間でした。

 

しかし今回改めて読み直して、まったく違う印象をもちました。

お互いに敬意を払う老人と少年の関係、独り言で自分を鼓舞しながらカジキと闘う老人、ボロボロになって帰還した老人に対する仲間たちの静かな労りと称賛。

こんなに「生命の明るさ」をいきいきと描いた物語だったのかと。

参加メンバーも「これは今読めて本当によかった」と繰り返し、「力の限りカジキと闘う姿に、慣れない業界に転身して奮闘している自分を重ね合わせて読んだ」「お祭り騒ぎをするわけではなく、仲間たちが淡々と老人を称えているのがぐっときた」と。

ふだんからよく喋るにぎやかな人たちではありますが、『老人と海』という触媒を得て、話の深度がいつもよりぐっと下がったような気がします。

そして奇しくも、OBたちはヘミングウェイの享年とほぼ同い年。ヘミングウェイは、『老人と海』でノーベル文学賞受賞という栄誉に浴するも、二度の飛行機事故の影響で精神的に不安定となり、猟銃自殺という最期を迎えます。今でいう老人性鬱のようなものではないかと想像しますが、アメリカを代表する大作家の晩年の心中はいかばかりかと……。

そんな暗いエピソード披露をはさむファシリテーター(私)に、「いや、俺たちはまだこれからだ!」と豪快に笑うOBたち。いつも前向きで楽しそうなお二人ですが、苦労や苦悩は山ほどあることでしょう。いつまでも現役で巨大カジキに向かっていく背中を見て、へなちょこ30代はいつも(若干引きつつ)励まされております。

 

OBさんが差し入れてくれた絶品レモンケーキでおやつ休憩。コーヒーまで準備してくれている用意周到さに感動。

男性とする読書会は、私も初めての経験でした。女性同士の読書会で感じる連帯や共感とはまた違う、明るいエール交換のような時間。この読書会も、大切に続けていきたいです。

梅津奏

梅津奏

1987年生まれ、仙台出身。都内で会社員として働くかたわら、ライター・コラムニストとして活動。講談社「ミモレ」、Paravaviで、女性のキャリア・日常の悩み・フェミニズムなどをテーマに執筆。幼少期より息を吸うように本を読み続けている本の虫。本の山に囲まれて暮らしています。

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