【モヤモヤ女の読書日記】私に効く本、いただきます「鎮静剤としての手紙」梅津奏

久しぶりにとても緊張する仕事があり、なんとか無事終えた後にはまんまと体調を崩してしまいました。

気づけば街はクリスマス一色です。

楽しみにしていた予定はキャンセル。一緒に行く予定だった友人に謝罪のメッセージを送りながら、はらはらと涙が……。緊張状態から一気に解き放たれたことで、身体がフリーズしてしまったようです。

 

翌日は一日ベッドで安静にして、日曜日には回復したのでやり残した仕事を片付けに休日出勤。誰もいないオフィスは仕事が捗ります。早めに仕事を終えられたのでそのまま銀座まで散歩することにして、お気に入りのカフェに腰を落ち着けました。

さて、読書するか原稿をするか……。バッグの中を覗き込むと、入れっぱなしになっていたお手紙セットを発見。遠方に住む祖母に手紙を書くことにしました。

大好きなきょうぶんかんカフェの窓際席。

手紙を書くのは、読書と並ぶ趣味です。

メールも電話もSNSも便利ですが、手紙でしか書けないこともあると思いませんか?

LINEのメッセージではさくさく書き飛ばしてしまうことも、手でペンを握って文字を綴っているとまた違う内容になってしまうような気が。物理的な問題で書くスピードが落ちるので、せっかちな私も思考がペースダウンするせいでしょうか。手紙で綴られる私は、なんだかいつもより無防備で素直な私になっています。

中央通りを眺めながら、読み読み・書き書き……。

脳や身体が緊張しているときは、こわばりをゆるめるために手紙を書くこともあります。レターセットや葉書を選び、相手の顔を思い浮かべながら文字を書いていると、なんだかほてった頭が沈静化するような……。敏感になった神経をなだめる、鎮静剤のような効果が手紙にはあるのかもしれません。

 

手紙を書いた後に読んでいたのは、『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』(ジョージナ・クリーグ著、中山ゆかり訳/フィルムアート社)。

タイトルにすべてが込められていますが、視覚障害を持つジョージナさんが、今は亡きヘレン・ケラーに宛てた架空の書簡集です。ジョージナさんはカリフォルニア大学バークレー校の英語講師として働く女性で、幼い頃から何かというと「ヘレン・ケラーを見習いなさい」と言われて育ったといいます。

私がこの本を書いたのは、ヘレン・ケラーという名の、私個人にとっての悪霊を追い払うためだ。――『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』より

「奇跡の人」と呼ばれたヘレン・ケラーを「悪霊」呼ばわりとは! のっけからびっくりしてしまいます。

生後19か月で病気により視力と聴力を失い、喋ることもできなかったヘレン・ケラー。アン・サリヴァン先生との出会いで言葉を学び、大学で教育を受けて世界各国で視覚障害者を啓蒙する活動に従事した世界一有名な盲ろう者と言われています。

努力家で天使のような、偶像としてのヘレン・ケラー。彼女の存在に長年苦しめられてきたというジョージナさんが、怒りと親愛を率直にぶつけたのが本書。ヘレン・ケラーの生涯をつぶさに調べ、寓話化されたエピソードについて疑問を呈し、自身の率直な意見や思いをつづり、全400ページ超の一冊となりました。

つまり、こういうことです。私が質問したいと思ったのは、こういうことなのですよ。あなた自身が、「でっちあげ」でしたか、ヘレン? 偽物でしたか? ここにこの質問をタイプしました。許してくださいね、ヘレン。――『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』より

ずっと抱え続けてきた怒りや疑い、抑圧された思いを手紙のかたちにしていくジョージナさん。ヘレン・ケラーに問うているようで、自分自身に問うているような、この本を読むであろう読者に問うているような。亡くなっているヘレン・ケラーがジョージナさんの質問に答えることはなく、あくまでも「一方的な手紙」なのですが、不思議とだんだんジョージナさんの問いや言葉は像を結んでいくように見えてきます。

 

ジョージナさんの「手紙を書く」行為は、セラピーやメディテーションのようなものに感じました。

これはきっと、ヘレン・ケラーに関する論文やエッセイのようなかたちでは達成できなかったことなのでしょう。ずっと亡霊や守護神のように人生についてまわった偶像、ヘレン・ケラーに直接手紙を書くことで、ジョージナさんの魂が解き放たれ、鎮静化していったように見えるのです。

 

プチ・ミステリーのような甥からの手紙。私、おばけを食べちゃうような人だと思われているんでしょうか。

来年小学生になるもう一人の甥。秋は好きだよ~。冬はもっと好きだよ。

 

考えてみれば、私が手紙を書くのも似たようなものです。

発信すればすぐに相手に伝わり、既読・未読がすぐにわかるメッセージアプリとは違い、手紙は届くまでに時差があります。相手のもとに無事届いたかを確認するすべもない。だからこそ、返事は期待しないで書いています。自己満足として書いているのかも。

ただ誰かに書くことで、考えが整理されたり気持ちが落ち着いたりする。手紙の効果は、情報の伝達以外にもいろいろあるのだと思います。

そろそろ、一年の締めくくりを考える季節がやってきました。メールしたり電話したり、誰かと集まっておしゃべりしたりするのもいいですが、誰かに手紙を書いてみるのもおすすめです。

 

教文館で、クリスマスカードも買いました。12月になったら送ろうっと。

 


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