【モヤモヤ女の読書日記】私に効く本、いただきます「“ノイズ”のある読書」梅津奏

気づけば8月も後半戦。お盆休みがいつの間にか過ぎ去っていき、9月末という繁忙期に向かって全力ダッシュが始まりました。

友人親子とおでかけした日。ヘアピンを買ってあげたところ、その場でつけてくれと要求されたので仰せの通りに。

思い返してみると、6月・7月の二か月間にはいろいろなドラマがありました。

年に一度の人事査定の発表があり、職場の体制が変わり、担当している案件も正念場を迎え……。そんな中でも読書熱はブーストしていて、8月中には、今年に入ってから読み終えた冊数が昨年一年分の数に並びそうです。

「私たちに必要なのは、“ひと区切り”です!」と上司に直談判し、軽い打上げへ。銀座のスペイン料理屋さんに行ってきました。

こんなにバタバタしているのに、なぜ本をますます読んでいるのか。

改めて考えてみたのですが、今に対して自分が懐疑的になっているからではないかと思い至りました。自分が向き合っている現実、自分自身のありよう、日々の判断に自信がなくて、「本当にそれでいいの?」と感じているのではないかしら。

私にとって本は、「小石を投げてくれる」存在です。新しい視点や価値観を、凝り固まった頭の中にぽーんと投げ込んでくれるんですよね。

今年大ヒットしている新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆/集英社新書)では、「本にはノイズがある」と表現されています。忙しく働く人にとってはノイズは邪魔なもの。だからこそ、本離れが進んでしまうのではないかと三宅さんは書いています。4月に発売されて以来4回くらいは読み直している本ですが、この「ノイズ」こそが今の私には必要なものなんじゃないかと思ったんですよね。

 

ここ最近読んだ本の中でもっとも「ノイズ」が耳についたのは、勅使河原真衣さんの本。


「能力」の生きづらさをほぐす』(勅使河原真衣/どく社)

勅使河原さんは、1981年生まれの組織開発の専門家。ボストン・コンサルティング・グループなど外資系コンサルティング会社に勤務後、独立・起業されています。

2024年は『働くということ「能力主義」を超えて』(集英社新書)、『職場で傷つく~リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(大和書房)を立て続けに刊行し、「個人の“能力”を独断的に評価し、働く人を自己責任論に追い込んでいく社会」への警鐘を鳴らしています。

私は、ちょうど自分の人事査定直後に『働くということ「能力主義」を超えて』を読み、ちょっと眠れなくなるほど動揺してしまいました。

期待以上に良い評価をもらって嬉しかったのに、なぜかモヤモヤする……。自分自身の価値が上がったとは思えない……。まるで自分が砂上の楼閣に住んでいるような気持ちになっていたところに、勅使河原さんの本が襲い掛かってきた感じ。

自分がいつの間にか染まってしまっていた「能力主義」という闇に、ふいに光を当てられてしまったという感じでしょうか。それで慌てて、勅使河原さんの前著『「能力」の生きづらさをほぐす』を読み返してみたのです。

なぜ前著に舞い戻ったのかというと、これが「病に侵され死んでしまった勅使河原さんが、残されたお子さん二人(新入社員の長男・ダイ君と、高校生の長女・マルちゃんに語り掛ける」という体裁の本だから。母子の対談形式になっているので、「そんな話聞きたくない~!」という抵抗感アリアリの状態でもなんとか読めるかなと思ったんです。

 

ヘアピンを全部つけてご満悦なお嬢さん。

一生懸命に鏡を見つめる横顔にキュン。

 

物語は、職場で早々に「できない奴」の烙印を押されてしまったダイ君の嘆きから始まります。「頭はいいけど使えない」「能力が低い」と糾弾され、すっかり自己肯定感が下がってしまったダイ君のもとに、ガンで亡くなってしまったお母さん(勅使河原さん)が幽霊になって登場。妹のマルちゃんも加わって、「みんながありがたがる、“能力”の正体とは?」を探る旅が始まります。

世のビジネス書は、「できるビジネスマンの「●●力」」「●●スキルさえあればうまくいく!」といったタイトルが百花繚乱ですよね。「僕には能力が足りないんだ…」と落ち込むダイ君に勅使河原さんは、働く人の能力を一方的に測定し、優劣を決めることの危険性と虚しさを説いていきます。

勅使河原さんの専門は「組織開発」。企業などの人が働く組織において、主に人事の仕事をサポートする仕事です。どんな能力のある人材を採用すべきか、社員の評価はどんな能力を判断軸とすべきか……そんな「能力主義」にどっぷり浸ってしまった日本社会の問題点を指摘し、「個人の能力開発よりも、組織が社員をよく理解し、適切に組み合わせて配置することの方が大事」というのが勅使河原さんの意見。

 

「能力」が光を浴びれば浴びるほどに、影の存在感は増している。大病をして改めて、今ここにしかと「あって(在って)」、信じられるのは結局、「私」、そして隣りにいてくれる「あなた」という存在なのだと思う。優劣のある「能力」でも、どこかの誰かが完備に提唱する「幸福」でもない。――『「能力」の生きづらさをほぐす』より

本に出てくる勅使河原さんはすでに亡くなってしまっている設定ですが、実際は現在も乳ガン闘病中。体調が悪い中でも、「こんな社会に、子どもたちを置いていけない」という強い思いが、勅使河原さんに本を書かせているのかもしれません。

勅使河原さんが警鐘を鳴らす社会規範にどっぷりつかってしまっている身からすると、勅使河原さんの言葉は一つ一つ耳に痛く、「せっかくうまくやっているのに、心を揺らさないでほしい…」とつい思ってしまいます。それでも、歯を食いしばるようにして本を手に取るのは、「このままでいいとは思えない」という確信が心の奥底にあるから。

ノイズの多い読書から逃げない。それができているうちはまだ、自分で自分を少しは信じてあげられそうです。


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