どこかにひっそりと隠れている「私はここにいます。誰か見つけて!」
という思いを、誰かにお届けするお手伝いができれば……と始めたコンテンツ
「私を見つけてプロジェクト」。
若い頃からの夢だった、客室乗務員を辞めた後
「何をしたらいいのかわからない……」
と、ぽっかり心に穴が空いた状態だったという田口君江さんが、
ようやく自分を取り戻したのは、
出会ったばかりの、今はパートナーとなった熊谷将信さんの住まいを訪ねたのがきっかけでした。
思わず素足になって、
ぺたりと床に座りたくなる……。
そんな「住まい」が与えてくれるものは、想像以上に大きい……。
Vol.1では、そんな田口さんがこの家に巡り合うまでのお話を伺いました。
熊谷さんは、福岡とここ横浜との二拠点生活なのだと言います。
学生時代を過ごした福岡に戻ったものの、
東京での仕事が少しずつ増え、家を借りて、行き来するようになったそう。
3年前に田口さんと出会い、一緒に暮らすようになりました。
「当時、私は地元の群馬県に住んでいて、
出会って何度目かにこの部屋に遊びにきました。
扉を開けたとたん、衝撃を受けたんです。
木の香りがして、
都会なのにこんなにリラックスできて、
生まれて初めて『ここに住みたい』って思いました」と田口さん。
実はこの部屋はワンルーム。
リビングダイニングがひと部屋になっていて、
夜寝るときには、ここに布団を敷くのだと言います。
それにしても、ものが少なくてびっくり!
生活雑貨は、納戸と作り付け収納の中へ。
「彼の建築は、いろんなものを追加していく、というよりも
削ぎ落として作り上げていく感じなんです
引き算すると、『私にとって、これが大切だったんだなあ』
と気づくことができます。
私も、ここに引っ越してくる際に、
持ち物を見直して、処分しました。
そうしたら、すごく生き方がラクチンになったんです」と田口さん。
でも、建築家であれば、
施主が「収納をたくさん作って欲しい」と言えば、
その希望を叶えるような家を建てなくてはいけないのでは?
「もちろん、そうです。
でも、その前に『収納スペースには何をしまいますか?』というやりとりをしますね。
たとえば、『今の家の倉庫にあるものを全部入れます』
と言われれば、
予算の中で『この収納を作るのに200万円かかります』とか
『その分、リビングが狭くなりますけど』
と、ものを持つことでかかるコストをお伝えするようにしています。
我が家でも、この部屋の広さがあれば、2DKにする方が一般的ですよね。
でも、その分工事費が高くなり、ひと部屋が狭くなります。
お金をかけないことで、このワンルームの気持ちよさが作れるんですよ。
お金をかけない方が豊かになるんじゃないかと思っているんです」と熊谷さん。
「熊谷の仕事を横で見ていると、
こうしたらコストが落ちるとか、
削った分で、その家族が大切にしているものを作った方がいいとか……。
とにかく施主様のために一生懸命なんですね。
ものすごく誠実だと思いますし、
ある意味馬鹿正直なんだとも思います」と笑う田口さん。
前号でご紹介した通り、
6年前より、子ども食堂にお手伝いに通い始めた田口さん。
一時期は、福島県の子ども食堂へ通っていた時期もあったのだとか。
その頃、熊谷さんと出会い、田口さんの胸の中には、
小さな光が灯り始めました。
「いろんな話をふたりでして、『私は今後こういうことをしたい』って
子ども食堂のことを話したんです。
そうしたら、『子供だけでじゃなく、
おじいちゃんやおばあちゃんなど、地域の人が集まれる場所になったら
いいんじゃないか?』という話になってきました。
その思いが、少しずつ今、リアルになってきているんです」。
実は、熊谷さんは今、保育園の設計プランを考えている最中なのだそう。
「子供たちが自由に出入りができる場所であり、
おじいちゃん、おばあちゃんが来る場所でもある。
子育て支援や学童のスペースもあって……。
入り口は通常なら別に作るんですが、
あえてひとつにして、みんなが交流して顔を合わせることを提案させてもらいました。
いたるところに本棚があって、地域の方のお宅に眠っている本を
持ち寄ってもらったりしてもいいなあとか、
近所に住んでいらっしゃる方が外から利用できる、地域交流カフェがあってもいいかなあとか」。
はからずしも、今まで別々に生きてきたふたりが出会ったとき、
今までやってきたこと、これからやりたいことが、カチリと繋がったというわけです。
「今、この部屋で暮らしていることが、私はとっても幸せなんです。
私の中にあった紆余曲折や、20代、30代の苦しかった時期も、
決して無駄ではなくて、ここにつながってきたなあと思います。
今までは、『何かやりがいを探したい』と外に目を向けてきたけれど、
足元というか、
食事を楽しむとか、日差しが気持ちいいとか、
暮らしそのものを楽しめるようになってきました。
私は、建築のことはわからないけれど、
そんな小さな幸せを作り出す、彼の仕事のお手伝いができればなあと思っています。
私のささやかな体験が、いろんな方の間口になればいいなあって」と田口さん
「僕は、お客様が幸せになってくださることはもちろん
そのためには、工事をする人が楽しいとか、
笑顔で仕事ができる現場が大切だと思っています。
もし、現場で間違いが起こったとき、『やりなおせ!』と怒る建築家より
『間違えたなら仕方がない』『そのおかげで、もっといい方法が見つかった』
と言える人でいたいと思いますね」。
そう語る熊谷さんは「僕は営業力がないので……」と笑います。
それでも、工事で関わった人が紹介してくれたり、
お客様がお客様を呼んできてくれたりと、依頼が絶えることがありません。
「誠実さ」という営業力もあるのだと、改めて教えていただきました。
取材の後、田口さんがランチを作ってくれました。
しゅうまいやコロッケ、サラダなど、
その一皿一皿の美味しかったこと!
私が訪ねる前に、あれこれ準備してくださった時間が見えてくるようで、
おいしさを噛み締めながらいただきました。
そして、最後になんと、
取材時、ちょうど誕生日を迎えた私のために、
熊谷さんがチーズケーキを作っておいてくれました。
お皿には、ココアパウダーで「Happy Birthday」と書かれています。
「この文字、amazonで取り寄せたんです」と聞いて、
驚くやら、嬉しいやら!
子ども食堂でのボランティアに
やっと求めていた「充足感」を見つけた田口さん。
そこで暮らす人のことを一生懸命考えて、
本当の豊かさを提供したいと願う熊谷さん。
おふたりの「誰かのために」というピュアな思いは、
とことん本気でした。
私は、「いいライターになるにはどうしたらいいだろう?」
「フリーランスで稼ぐにはどうしたらいいだろう?」
と生きてきたので、
ずっと「誰かのために」は後回しだった気がします。
でも、60歳になった今、
どんなにいい仕事をしても、
どんなにギャラのいい仕事が回ってきても、
どんなに評価されても、
それは、一瞬で過ぎ去ってしまうことが、やっとわかってきました。
今回田口さん、熊谷さんと出会って感じたのは、
誰かのことを、心を尽くして考え、思い、行動することは、
何より強い、ということでした。
誰かのために、心地いい住まいを整え、
おいしい食事を作り、
笑顔で迎え、相手のことを思い遣って言葉をかける……。
「幸せになりたい!」と背伸びをし、
どこかへ出かけて、無理して頑張り続けるよりも、
もっと確かなことがある。
そうおふたりに教えてもらった気がします。
熊谷さんの建築は、
自分でも気づいていなかった、「本当に幸せな暮らし方ってなに?」
ということを、掘り起こしてくれます。
「これがなきゃ」と思い込んでいたものが、
実は必要ないと知る……。
人は、大切なものを永遠に探し続けながら生きていくものなのかもしれません。
「家づくりって、人づくりでもあると思うんです。
今までの経験からくる価値観と、これから未来に向けての価値観を
ふたつ並べて、考えてみる……。
変えなくてもいいかもしれないけれど、
思い切って変えてもいいことが見つかるかもしれない。
そうやって、家を作りながら、
一緒に大切なものを、その方の中から掘り起こすことができればいいですね」。
今、田口さんは、そんな熊谷さんの建築を、より多くの人に知ってもらおうと
動き出したばかりです。
今回の「私を見つけてプロジェクト」も、その一歩でした。
「もちろん家を建てたいという方に来ていただければ嬉しいですけれど、
それだけでなく、
ただただ、私が幸せを感じ、
人生までも変えてくれたこの場所を体験しに来ていただけたら」と語ります。
今、ふたりが暮らす家は「草庵」という名で、
心地よい住まいを探す人に開かれた空間にもなっています。
興味がある方は、ぜひこちらよりアクセスしてみてください。
遊びに行ったら、きっと靴下を脱いで素足になりたくなるはずですから。
そして、素足になってみたら、私が本当に大事にしているものって何だったっけ?
と見直したくなるはずですから。
熊谷さん設計の空間「草庵」のオープンDAYが開催されます。
日程はこちら。
9月4日(水)
この日は、私も伺って、みなさんをお待ちしています。
ぜひ一緒に裸足になって、おしゃべりしましょう!
9月8日(日)
9月20日(金)
いずれも11時〜17時頃のご都合のいい時間にお越しください。
場所:横浜市南区大岡3丁目9-36 草庵303号室
当日、気まぐれランチや気まぐれデザートもあるそうです。
詳細、お申し込みはこちらからどうぞ。
熊谷さんの建築事務所/
一級建築士事務所 アーキワン建築設計研究所
http://archi-one-aa.com/
田口さんのインスタグラム/
@kimie_taguchi
撮影/黒川ひろみ
「私を見つけてプロジェクト」にご興味がある方はこちらをどうぞ。