私を見つけてプロジェクト 光や風を感じながら暮らしたら、きっと人生が変わる……。田口君江さん 熊谷将信さん Vol.1

どこかにひっそりと隠れている「私はここにいます。誰か見つけて!」
という思いを、誰かにお届けするお手伝いができれば……と始めたコンテンツ
「私を見つけてプロジェクト」。

「この家に引っ越してきたら、毎日がぐんと幸せになったんです。
田舎で育って、都会に憧れて、客室乗務員になって空を飛んで。
当時は、目一杯背伸びをして、『頑張らなくちゃ』と生きていました。
なのに、体調を壊して頑張れなくなって……。
そんな私が、今は幸せを感じ、
仕事をして帰ってくる場、暮らしの場があるって、
人間にとってこんなに大切なんだ!と驚いています。
住む家は、そんな力を持っている……。
だから、私だけでなく、みなさんに「こんな幸せのかたちもあるよ」と知ってもらいたいと思ったんです」。

そんなメッセージをくれたのは、田口君江さんでした。
客室乗務員を経て、アパレル会社で販売の仕事に携わり
今は、羽田空港内の生活雑貨の店で仕事をしています。

一緒に暮らすパートナーは建築家の熊谷将信さん。
実はこの物件は、熊谷さんが21年前に手がけた集合住宅の一室でした。
壁や床はもちろん、天井まですべてが杉材で、
思わず深呼吸したくなるような気持ちよさ。
ガラステーブルや、革の椅子など、モダンな家具が、ナチュラルな空間をピリッと引き締めます。

「初めてこの部屋に来たとき、
あまりに気持ちがよくて、すぐに『靴下脱いでもいい?』ってきいたんです」
と笑う田口さん。
だったら私も! と
取材途中に靴下を脱いでみたら、足触りが優しくて、
ふ〜っと体の力が抜けていくようでした。

さっそくみんなで裸足で記念撮影を!

「無垢の木を使うって、贅沢にも思えるけれど、
実は、全部同じ材料を使うと工事業者も一社で済むから
逆にコストを抑えることができるんです。
壁紙にすると、壁紙を貼るための下地のボードを貼らないといけないし、
ボードを立てるための枠組みも必要になります。
でも、木の壁だったら材料がそのまま枠組みにもなるので、
下地が不要なんです。
柔らかくて傷がつきやすい杉材は、賃貸物件には使いにくいんですけど、
ここのオーナーさんが理解があったので……」と熊谷さんが説明してくれました。

「若い頃、東京に憧れてでてきた時には、
お金もまだそんなになかったですし、
部屋を借りるにも、日当たりや風通しのことまで考えられませんでした。
眠れればいいと思っていたんですよね(笑)。
でも、ここに住んで
朝、目覚めたら差し込む光を感じるとか、
窓を開ければ、観葉植物の葉っぱが風に揺れるとか……。
そんな当たり前のことが、いかに大事かを知りました」と田口さん。

高校生の時に、交換留学でニュージーランドへ。
初めての海外旅行で田口さんが、異国での生活と同じぐらい
興味を惹かれたのが、客室乗務員の仕事でした。
「こんな仕事もあるんだ!と感動したんです。
父親が電車の運転士をしていた影響もあるのかもしれません」。

こうして大学在学中に、専門学校にも通い、
卒業後、念願の航空会社に入社。
主にロサンゼルス便に乗務することが多かったそうです。
やっと憧れの職業に就けたはずだったのに……。

「気づいたら、ずっと仕事中心の毎日でした。
休みの日には、体力を温存するためにどこにも出かけなくて……。
未熟だったこともあって、自分のストレスの発散方法さえも
よくわかっていなかったんですよね。
女性特有の職場の人間関係にも悩み、
ある時から、仕事に向かう電車に乗ると蕁麻疹が出るようになっていました。
まだ25歳ぐらいだったので、
『またやりたくなったら戻ってくればいいじゃない』と仲間に言われて
やっと辞めることできたんです」。

ところが……。
会社を辞めたのに、次にやりたいことが見つからない……。
「当時『結婚』という選択肢もなかったので、
そこから30代半ばまで、
ずっと何かが足りないと思っていました」。

とりあえず、接客が好きだからと、
アパレル会社の販売職へ。

そんなある日……。
「たまたまテレビで子ども食堂の様子を見たんです。
こういう活動もあるんだ! とすごく興味が湧いて……。
調べてみたら、職場の近くで開催されていることを知りました。
さっそく行ってみたら、
ものすごく心満たされたんです。
それまで、好奇心だけは旺盛で
サーフィンをやったり、山登りにトライしたりと、
仕事以外で、何か楽しいことを見つけたいといろいろやってみたんですけれど、
それとは、まったく違う、不思議な感覚でした」

それにしても、テレビで見ただけで、すぐに出かけてみるとは
その行動力には驚くばかりです。

「でも、子供食堂って、ボランティアですよね?
お金をもらえないのに、そんなに『やってみたい』って力が湧いてきたのですか?」
と聞いてみました。

「そうなんです。
何度か通うと、子供達が私のことを覚えていてくれたりして……。
少し遅く到着したら、2〜3人の女の子が私の手を引いて『席がここにあるよ』
と連れて行ってくれました。
純粋な何かに触れている感覚が心地よかったんです」。

何か見つけたかも……。
20代後半からの、長いトンネルから、やっと抜け出せるかもと思えた瞬間でした。
その後しばらくして、熊谷さんと出会ったというわけです。

熊谷さんは、世界的な建築家、丹下健三氏の事務所の元所員。
上海の都市計画のプランづくりに関わったり、
シンガポールの学生寮を作ったりと、
大規模なプロジェクトに関わってきたそうです。
「1週間は自宅に帰れないということもあって忙しかったですね」。

でも、独立後に「やりたい」と思ったのは
「小さな建築」でした。
「初めて手がけたのは、315平米のクリニックでした。
丹下事務所でやった学生寮が3万2500平米だったので、
ちょうど100分の1の規模ですね(笑)。
僕は、人が直接喜んでくれることを大切にしたいと思ったんです」と熊谷さん。

元々、料理が大好きという田口さん。
この家に、友人たちを招いて過ごすことも多いのだとか。
この日も、インタビューが終わってから
ランチをご馳走になることになっていました。

ふたりでキッチンに立つ姿の楽しそうなこと!

熊谷さんと田口さんにはひとつの共通点がありました。
それが、大切な思いや、幸せを独り占めするのではなく、周りの人たちと分かち合いたい……
と心から願うこと。

今回、この「私を見つけてプロジェクト」に応募してくださったのも、
なかなか「やりたいこと」が見つけられなかった田口さんが、
熊谷さんが作ったこの部屋で
自分を取り戻したことを、
何をしなくても、素足に心地いい床や、窓から入る光や風など、
住まいが心地よければ、幸せが手に入ることを、
みなさんに知って欲しいからだったそう。

それを、私はこの取材の1日を通して
リアルに感じることになるのでした。
そのお話はまた次回に。

 

熊谷さん設計の空間「草庵」のオープンDAYが開催されます。
日程はこちら。

9月4日(水)
この日は、私も伺って、みなさんをお待ちしています。
ぜひ一緒に裸足になって、おしゃべりしましょう!

9月8日(日)
9月20日(金)

いずれも11時〜17時頃のご都合のいい時間にお越しください。
場所:横浜市南区大岡3丁目9-36  草庵303号室

当日、気まぐれランチや気まぐれデザートもあるそうです。

詳細、お申し込みはこちらからどうぞ。

 

熊谷さんの建築事務所/
一級建築士事務所 アーキワン建築設計研究所
http://archi-one-aa.com/

田口さんのインスタグラム/
@kimie_taguchi

 

撮影/黒川ひろみ

 

「私を見つけてプロジェクト」にご興味がある方はこちらをどうぞ。


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