必要なものは、すべてここにあった。オーダー服と洋裁教室「Atta」主宰 斎藤ひとみさん Vol.3

自分の好きなことを仕事にしたい。
特別な「何者か」にならなくても、
今のままの自分の中から、「できること」を掘り起こしたい。
そして、きちんと稼げるようになりたい。

そう考えて、試行錯誤しながら
オーダーメイドで洋服を作り、洋裁教室を開催するアトリエ「Atta」を
立ち上げた斎藤ひとみさんにお話を伺っています。

 

前回は、オーダーで洋服を作ることに加え
洋裁教室を立ち上げるまでのお話を伺いました。

実はこの教室を開いたことで、
収入がぐんと安定するようになったのだと言います。

「オーダーで洋服を作っているときには、
どんな服にしたいか、お話を伺うだけだと収入は0円。デザインしている時にも0円。
やっと型紙の線を引き始め、服を縫って、納品して、お金がついてきます。
でも、洋裁教室は、始めたその瞬間からお金がついているから
なんてありがたいんだろう、と思いました。
教室をスタートして初めて、
一人が2人になったら収入が倍になって、4人になったら4倍になるんだ!
とやっと気づきました」と笑います。

「夫にはこんなふうに言われました。
『頑張らないで、売り上げを上げて欲しい。
ずっと君は頑張り続けてきたのに、
その頑張りと、手にする金額が同等でないのが僕は悲しい
だから、頑張らなくてもいい仕組みを考えよう』って」。

この言葉を機に、1対1、あるいは1対2で教えていた教室のスタイルを大きく変更。
テーブルを新たに買い足して、
生徒さんの人数を増やしました。
さらに、スタッフにも「教える側」に立ってもらうスタイルに。
さらには、月謝制にして、収入を安定させました。

「それまでは、まだ『参加した月だけ払ってもらう」という都度利用制だったんです。
でも、それだと2〜3か月来ない人もいて、
在籍しているのに、売上にならないという状態で……。
それを、毎月きちんと払ってもらうコース制にしたんです」

今では、「自分が作りたいものを作る」という「ミチルクラス」
洋裁が初めてという人が集まり、毎月のテーマに沿って手を動かす「エミクラス」、
そして、小学1〜6年生までの手芸教室「ティンカーベル」
という3つのクラスを運営しています。

こうして、今年の3月には、生徒さんは30人に。
今後もっと増えていく予定なのだと言います。

教室と並行して、オーダーでの洋服作りも続けています。

「生地代人件費がかかって、
純利益は半分以下になったりします。
それでも、オーダーを続けていく方が
自分を成長させてくれる、と思っています。
ある時、盛岡のホームスパンで、30万円で生地を買った方が
うちにオーダーで洋服を頼んでくださいました。
そんな高い生地で縫うなんて、プレッシャーが大きすぎる……
と言ったら、
メンズ服の師匠に『じゃあ、30万円の生地と、1万円の生地では
仕立て方が変わるの?』と聞かれました。
その時、『どちらも同じように一生懸命やってる!』って思ったんです。
そこは値段じゃない。
セミオーダーでも、フルオーダーでも、お直しでも、同じ精度で着る方のために一生懸命縫う。
そう決めたら、自然に私の思いとフィットするお客様が集まってくださるようになって……。
今では、遠く広島から、年に数回仙台まで足を運んで洋服を作ってくださるお客様も
いらっしゃいます。
どんな方が訪ねてこられるのかが面白くて、
その出会いが私の人生を面白くしてくれている気がするんですよね」
とひとみさん。

毎日ひとみさんは朝4時に起き、
オーダーの仕事の続きや連絡業務をこなします。

夫の紘希さんは、朝起きたら家中のゴミを集めて捨てて、
洗濯機のスイッチを入れて、みのりちゃんの着替えを手伝い、保育園に送ってくれるそう。
ひとみさんは、朝8時半に家を出る紘希さんのお弁当を作り、
9時までに洗濯物を干し、掃除を終わらせ
9時にスタッフが出勤してくるので、仕事をスタート。
3時には、次女のあんりちゃんが小学校から帰ってくるので、
一旦仕事の手をとめ、
1階の自宅スペースへ。
宿題を見たり、話を聞いたり、おやつを食べて、
おちついたら、また仕事場に戻って5時まで仕事を。
その後6時には仕事を終えて、みのりちゃんのお迎えに生き、夕飯を作ってみんなで食べて
9時半には全員で就寝。

知的障害者の入所施設で、サービス管理責任者として働く紘希さん。
「3人の子供を育てるのは大変だから、
普通だったら『パートに出て』と言われてもおかしくないくらい
慎ましい暮らしをしてきました。
その中でも、私の好きなことを『続けていいよ』と言ってくれた夫のことを
私はすごい人だと思っています」と語るひとみさん。

そんなご夫婦は、互いの力を認め合い、
一緒にいることで、その力を伸ばしあっているように見えました。

こうして、ひとみさんが仕事と暮らし、好きなことと経済のバランスが取れてきたのは
ごくごく最近のこと。

最後に
この「私を見つけてプロジェクト」で伝えたいことはなんですか?
と聞いてみました。

すると……。

「何者かじゃなくても、好きなことを始めていい、ってことをみなさんにお伝えしたいって思います」
とひとみさん。

「私は服作りを仕事にしているけれど、
他にも上手な仕立て屋さんは、たくさんいらっしゃいます。
でも、そういうスキルではなく、
私は誰かの話を聞いて、聞いた通りに一生懸命作るっていうのが上手なんだと思うんです。
特別なスキルじゃなくても、何かのプロフェッショナルじゃなくても、
家庭にあるミシンでできることで、
人の役に立つことができる。
そう気づいたのがこの1年ほどでした」。

「Atta」という屋号は
「すでにここに”あった”」という意味です。
どこかに探しに行かなくても、
自分ができることは、ここにある。
何かを新たにプラスしなくても、
ありのままの自分でできることがここにある……。

「やってみて、ダメだったらやめて、次のことにトライすればいいと思うんです。
やってみて、続けた方がいいことは、必ず神様が風を吹かせてくれるはず。
失敗してもいいから、やってみて、
風が吹くかどうかを感じてほしいって、すごく思います」。

実は、この夏から
もうひとつチャレンジを始めたひとみさん。
それが、自分ひとりの手でなく、
工場の力を借りて、小ロットで既成服を作るということ。
「最初は、『既製服』ということに壁を感じていました。
いつもお一人ひとりのためにオーダーで洋服を作っているから、
Mサイズ、Lサイズといっても、個人ごとに体が違うことを知っていましたから。
でも、『県外からは買えないの?』『既製服はないの?』という声をいただくようになり、
心を寄せてくださる少しでも多くのお客様に、洋服を届けられたら……
と思い切って、まずは定番のブラウスから始めることにしたんです」とひとみさん。

このシリーズには、大好きなバーバラ・クーニーの絵本「ルピナスさん」の物語から「ルピナス」という名前をつけました。
ルピナスの花言葉は「いつも幸せ」。

「稼ぐ」という方法は、
自分の中にすでに「ある」ものを、どう輝かせ、どう人の役に立てるか、という
自分の磨き方そのものです。

特別な才能がある人が、稼げるわけではない。
ビジネススキルがある人が、お金を手にできるわけでもない。

大事なのは、自分らしく在ることを諦めないこと。
夕方にはご飯を作って家族で食卓を囲む。
たったそれだけのことを実現するにも、
たくさんのハードルを乗り越え、たくさんの失敗をし、
たくさんの人に支えてもらい、
やっと、その方法を自分で構築していきます。

「必要なことは、すべてここにあった」。
もしかしたら、そう発見することが、
何かの資格を取ることよりも、プロフェッショナルなスキルを身につけることよりも、
人が飛び立つ上での、いちばんの力になってくれるのかもしれません。

「ある」ことにさえ気づけば、
あとは、それをどう「生かす」かを考えればいいだけです。
「ない」を「ある」に変えることは難しいけれど、
「すでにある」ものに、どんな色を塗り、どう磨き輝かせ、
どんなリボンをかけて、どんな人に手渡すか……。
そこには、「自分で工夫できる」たくさんの選択肢があります。

そして、まったくお金にならなかったものが、
いつの間にか、キラキラと輝く価値をまとい、
きちんと「稼ぐ」ことができる手段となって、
自分らしく生きる術になってくれる……。

「ある」ことを信じる力と、それを生かす方法を見つける目。
それを自分自身で見つける面白さを
斎藤ひとみさんに教えていただきました。

 

斎藤さんのオーダー服と洋裁教室「Atta」の詳細はこちらです。
インスタグラムはこちら

撮影/黒川ひろみ

 

「私を見つけてプロジェクト」にご興味がある方はこちらをどうぞ。

 

 

そして!
この「私を見つけてプロジェクト」の取材の様子を
NHK Eテレ「明日も晴れ! 人生レシピ」のクルーが追いかけて、撮影してくれました。
放送予定は下記です。

もしよかったら見てみてくださいね〜。

放送日予定:2024年7月5日(金)20:00〜20:45
再放送予定:2024年7月11日(木)12:15〜13:00
司会:賀来千香子 芳賀健太郎(NHKアナウンサー)

 


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