【モヤモヤ女の読書日記】私に効く本、いただきます「よく読み、よく休みたい」梅津奏

2023年も終わろうとしています。1年を振り返って、今年を一文字で表すとしたら「疲」。情緒もへったくれもないですが、これしかありません。いやぁ、くたびれました。

ある夜、インスタグラムのストーリーを見ていて、目に飛び込んできた広告がありました。

毎年秋に開催されているという、K-BOOKフェスティバル。近年書店やネットでもかなりの盛り上がりを見せている、韓国文学。K-BOOKフェスティバルは、韓国の文学・エッセイ・児童書などを紹介するイベントです。私は今年はじめて知ったのですが、HPを見ると2019年から毎年神保町の出版クラブで開催されているそう。たくさんの日韓の出版社が出展する「ブックマーケット」と、著者や翻訳者などを招いた「ステージイベント」の二つで構成されており、これはまさに韓国本のお祭りですね。

 

私が初めて読んだ韓国小説は、日本でもベストセラーになった『82年生まれ、キム・ジヨン』。日本女性ともよく似た韓国女性の息苦しさを描いた物語に心惹かれ、二国間の共通点と微妙な差異を読み解く面白さに目覚めて何冊も手に取りました。こんなイベントが、大好きな街神保町で開催されていたなんて、気づかずに損した~。自分のアンテナの低さを呪います。

とはいえ、もともと出不精の私です。これだけだったら、「オンライン配信を観ればいいや」と思ったことでしょう。(すべてのステージイベントがオンライン配信されていました)なのについつい会場参加のボタンを押してしまったのは、あるステージイベントのタイトルが目に留まったから。

『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』著者ファン・ボルムが伝える「よく読み、よく休むこと」

よく読み、よく休む。これはまさに、今の私が求めている二つではないですか……!

韓国で累計25万部も売れているという『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』の著者ファン・ボルムさんのトークイベント。ファンさんは、エレクトロニクス企業でソフトウェア開発者として働いた後、エッセイストの道へ。本作が初の長編小説で、日本では9月に集英社から翻訳版が発売されたばかりです。

ファンさんのお名前も本のことも知らず、トークイベントのタイトルだけ見て参加手続をした私。その後、Kindleで本をダウンロードして読み始めましたが、もうもう、物語のあらゆる要素が自分にフィットし過ぎていて怖いほどでした。

 

イベント開始の時間まで、神保町をぶらぶら。神保町といえば……カレーです。

物語の主人公は、燃え尽き症候群のようになって会社を辞め、離婚もして、心機一転で書店を開いた女性ヨンジュ。「休」という字の入ったヒュナム洞という地名にピンときて(架空の地名らしいです)、衝動的と言ってもいいスピード感で起業したヨンジュですが、毎日めそめそ弱気な姿は、常連客からもやきもきされるほど。

それでも、一歩一歩、仕事と自分の距離感をはかりながら試行錯誤するヨンジュの姿は、書店に集う人々にも少しずつ影響を与えていきます。

本で読んだいい話を、本の中だけにとどまらせたくはありません。わたしの身近で生まれる物語も、誰かに聞かせてあげたくなるような良い物語であってほしいです。――『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』より

就活に失敗したバリスタのミンジュン、不登校になってしまった高校生のミンチョル、夫との関係に悩むコーヒー業者のジミ、なぜか編み物をもって店内に居座るジョンソ……。なんだかちょっと疲れた顔をした人々が、ヒュナム洞書店に集まります。みんな「やるべきこと」と「休むこと」のあわいでグラグラしているみたい。

 

本を読みながら食べていたのは、ガヴィアルのカレー。まったり濃厚な欧風カレーが満足度抜群。

「悩みを即座に解決する一冊!」みたいなものは登場しませんが、たくさんの本たち、書店という場所(おいしいコーヒー付き)、そこで開かれる読書会やトークイベントという「本とその周辺」が、人々のとげとげした気持ちをいなし、「よく休む」に導いてくれる様がじっくりと描かれています。

日曜日の夜も、ほかの日と同じく本を読みながら眠りに落ちた。(中略)これからももう少しだけゆとりを持って暮らせたら、とヨンジュは思った。今よりもう少しだけ自由があればこの生活を続けていけそうな気がした。――『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』より

 

トークイベントに登場したファンさんは、ヨンジュのイメージ通り、穏やかで聡明、繊細な雰囲気の女性でした。質問コーナーでは一番に挙手をして(急に積極的になる私)、「物語ではおいしそうなコーヒーが描かれていますが、ファンさんの読書や執筆のお供は?」と質問。いろいろな飲み物を、気分に合わせて選んで仕事部屋に持ち込むんだそうです。執筆は、完全に一人になれる静かな空間でしかできないそうで、作風から感じられるものと共通しているなぁと嬉しくなりました。

早めに整理券を取りに行けたおかげで、とても良い席に座れました。

「よく読み、よく休むこと」

フルタイムで働いている以上、これをスローガンに掲げるのはちょっと後ろめたい……。それでもあえて、来年は「よく読み、よく休むのだ」とこっそり自分に言い聞かせられたらと思います。そのことが、まわりまわって自分のため、自分に関わってくれる人のためになるのではないかと思うから。

それではみなさん、少し早いですが、よいお年をお迎えください。


特集・連載一覧へ