【モヤモヤ女の読書日記】私に効く本、いただきます「ただいま考え中」梅津奏

歩いたり走ったりしている日々の中で、コツンと何かにぶつかったとき。皆さんはどう反応するタイプですか?

びっくりしてしばし立ち止まる。
パッと蹴っ飛ばしてなかったことにする。

大きく二つに分かれるとすれば、私は圧倒的後者です。立ち止まっているのってなんだか居心地悪いし、かっこ悪いし。目の前で起きたことに対して、熟慮せずパシッと白黒つけてしまいます。「それは好き/嫌い」「それは良い/悪い」、そんな風にすぐ判断できる自分がかっこいい……、気がする。

大人になったら、急にびっくりすることが起きることは減るのかと思っていました。でも全然そんなことはなく、びっくりすることはそこそこの頻度で起こります(ですよね?)。だからこそ、いちいち立ち止まってもいられないと思ってしまうんです。だって毎日忙しいし、やることもやりたいことも多いし。

そして、「かっこいい」つもりでスルーしたのに、後からそのことをじわじわ思い出してモヤモヤしたりします。うーん、なんだか結局かっこ悪い。

 

思想家の内田樹さんはよく、「留保に耐える力が大事」と著書の中で書いています。ものの良し悪しを脊髄反射的にジャッジしない、曖昧でグレーな状況に耐えられるのが成熟した大人だと。確かに私たちを取り巻く世の中って、善悪や美醜がはっきりしているような単純なものではないですよね。

基本的に文字でのインプットが得意な私ですが、こういう「強力な思考のクセ」を取り除くにはいろいろなアプローチで薬を処方する必要があります。そこで役に立つのが、漫画。脳のざわめきを無理やり強制終了させようとしちゃうとき、「私よ、待て待て~!」と手に取る漫画がこちらです。

ニューヨークで考え中』(①~③(亜紀書房のサイトで連載進行中)/近藤聡乃/亜紀書房)。

2008年からニューヨーク滞在中の漫画家・近藤聡乃さんの日常を描くエッセイ漫画。近所のスーパーやカフェでつらつら考えていること、ニューヨークで出会った人との交流(お友達とかではない、近所の名もなき人とのやりとりの描写が好き)、ちょっとしたことで気づく文化の違い。

近藤さんのことは『A子さんの恋人』(①~⑦(完結)/HARUTA COMIX)で知りました。こちらはストーリー漫画。A子さん、A太郎、K子さん、U子さん……なぜかアルファベット表記される美大出身のアラサー男女たちが、手をつないだり離したり。「創作」「人とのつながり」「過去との対峙」というテーマを、平熱ちょっと低めトーンで描くリアルなようで不思議な(としか言いようがない)漫画。簡潔で美しい絵と、ブラックまでいかないグレーなユーモアが近藤さんの作品の魅力です。

 

すべての文章が、写植ではなく近藤さんの文字でつづられています。近藤さんの美しい線と文字を堪能するために、ぜひ紙の本で。

『A子さんの恋人』のA子さんも、『ニューヨークで考え中』の近藤さんも、共通するのはマイペースであること。

周囲にからかわれたりつっこまれたりしつつも、自分のペースは頑として崩さない。それも、「私は私よ!」と威勢よく気炎を上げるわけではなくて、いや~な顔しちゃったり、手がプルプル震えていたり、すーんと目をつぶってみせたり。私なら「うるさい!」と怒鳴っちゃったり笑ってごまかしちゃう場面でも、「むーん…」としながら自分を守っている感じ。自分がしっかり腹落ちする答えが見つかるまで、1人でずーっと考え続けます。

「留保に耐える」「判断を先延ばしする」って、こういうことでいいんだな。近藤さんの本を読むと、ふっと肩の力が抜けていきます。

 

友達に呆れられても、周囲に「もっとこうしなよ!」と背中を押されても、自分の歩幅は変えない。「あれ?」と思ったらちゃんと立ち止まって絶句できる。

何かにぶつかったとき、考え続けることに疲れてしまったとき、そんな「近藤さん人格」を降臨させてもらいます。近藤さんの絵の真似をして、白目になって手をプルプル震わせてみたり、薄目になって口をひんまげてみたり。「この場を!迅速に!乗り切らなきゃ!」みたいなスピード重視人格は一旦忘れて、こころゆくまで立ち止まって考えるために、必要な儀式みたいになっています。

移動中の考え事は連想ゲームのようである。

私は移動中の気分のままここに住んでいるのかもしれない。

 

出張中の車窓から。

私も移動中の気分で考え事しながら生きていきたいな。(実際に移動するのは苦手ですけどね……)


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