【もやもや女の読書日記】私に効く本、いただきます「ピカソへの手土産」   梅津奏

なんの予定もない休日の朝。ベランダで洗濯物を干しながら、秋らしい風を感じました。

「こんな気持ちいい日に、ふらっと美術館に行ったりしたらおしゃれよね」

読書の秋、行楽の秋、スポーツの秋……。過ごしやすい気候のこの時期は、趣味的アクティビティに取り組むのにぴったり。美術館でゆっくりアート鑑賞なんて文化的でいいよなあという安直な思いつきです。

 

皆さんは、アートが好きですか?

私は友人に誘ってもらったり、気になる企画展があったら覗いてみたりする程度。美術館に行く回数は、年間3~5回くらいでしょうか。美術館が多く、企画展が年中目白押しの東京に住んでいて、この回数は多いのか少ないのか。これでも、東京に来たばかりの頃よりは増えたんですよ。

美術館に向かうとき、そして鑑賞中に、私がつい感じてしまうのは「焦燥感」と「義務感」

画家のプロフィール・企画の趣旨を理解してから行かないと。
一番有名な作品は逃さず見ないと。
この作品のどこがすごいのか確認しないと。

これではまるで、お勉強とスタンプラリー。それはそれでアートの楽しみ方なのかもしれませんが、「面倒くさいな~」がフットワークを重くし、アートへのハードルが上がっては元も子もない気がします。

 

アートに対してそんなもやもやを抱えていた私も、ベランダで秋の風マジックにかかったようです。国立西洋美術館にて開催中の、「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」に行ってきました。

上野に向かう道すがら、またむくむくと込み上げてきたもやもや。ピカソについて予習しなければとスマホを開き、いろいろなページを大急ぎでチェックしていて、ふと一冊の本のことを思い出しました。

暗幕のゲルニカ(原田マハ/新潮文庫)。アート小説の書き手として有名な原田マハさんが、ピカソの「ゲルニカ」をとりあげた長編小説。原田さんは大学院でアートを学び、六本木の森美術館設立に関わり、MOMA(ニューヨーク近代美術館)に勤務経験もあるアートのプロです。

圧倒的な知識と経験を下敷きに、想像力でストーリーラインとディテールを足し、めくるめくアート・スペクタクルを描く魔術師。「どこまでが事実?」「本当にこんな会話があったのだろうか」そんな疑問をさしはさむ間もないほどの吸引力で、アートの世界に引きずり込まれてしまいます。

 

「アートに関するモヤモヤを解消してくれるのは、原田マハさんしかいない」

そんなひらめきを得た私は、道を少しそれて、本屋さんに向かいました。

えーっと、あれが文庫本になっているはずだぞ……。あ! 見つけた!


20 CONTACTS 消えない星々との短い接触(原田マハ/幻冬舎文庫)

本書は、小説家の原田マハさんが世界的に有名なアーティスト20名に会いに行き、その記録を残したもの。2019年に京都の清水寺で開催された、『CONTACT つなぐ・むすぶ 日本と世界のアート展』と連動した一冊です。原田さんは、この企画の総合ディレクターをつとめました。

美術館ガイドやアート入門書などの著書も多い原田さん。アーティストとの対談もきっと面白いのだろうな~なんて、安易に思うなかれ。会いに行くアーティスト20名は、実はすでに亡くなっているのです。「え?どういうこと?」と思いますよね。つまりこの本は、原田さんがアーティストと妄想インタビューをし、それを短編小説に仕上げるという奇想天外な試みなのです!

 

ひとりひとりに、心をこめて接触し、心づくしの手土産をもって、うれしさにはちきれんばかりになって、星々に会いに出かけていった。日本の、世界の、さまざまな時代、さまざまな場所へ。-『20 CONTACTS 消えない星々との短い接触』より

ポール・セザンヌには、絵のモデルになった妻が好きだった紫陽花の花を。日本の民藝運動に貢献した陶芸家バーナード・リーチには、小鹿田焼きの箸置き。耽美的なペン画で有名なオーブリー・ビアズリーにはコム・デ・ギャルソンのセーターを。

原田さんの自由な発想で選ぶ、手土産の数々。手土産をはさんで心をほどき、アーティストと言葉を交わす。語られるのは、創作の秘密、彼らが表現したかったもの。

「短い接触」のストーリーを追っているとそれが事実だとかそうじゃないとか、そんなことは些末なことに思えてきます。研究者じゃない私たちは、彼らの作品から自分がどんなことを感じたかを大切にすればいい。アーティストの世界的評価とか、作品の優先順位とか、知っているとドヤ顔できるトリビアネタとか。そんなものは、「他人の価値観」でしかないのかもしれません。

 

ピカソ展の入り口に立つ頃には、頭も体もリラックスさせることができました。

展示されていたのは、ピカソをはじめとする印象派の画家の作品たち。絵に向き合ったときに自分の心がどう反応するか、作品と自分の両方にフォーカスをあてて見ていくのはとても新鮮な体験でした。

 

一番ビビっときたのは、ピカソの「本を読む女」。単純でしょうか? この青と白の二つの顔に惹かれます。

 

帰り道に本の続きを読んでいて私、気づいてしまいました。20名のリストに、原田さんが大好きなはずのピカソの名がない!

原田さんならピカソにどんな手土産を準備するだろうか……そんな風に頭が動きそうになるのを押しとどめ、「私ならどうする?」と考えてみました。

うーん、鳩サブレかな。ピカソが国際平和会議のポスターとして描いた平和の象徴の鳩をイメージして。これもまた単純でしょうか? 単純だって、いいですよね。へへへ。


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