こんにちは。せいかつ編集室の大木春菜です。
アウトプットにまつわる連載、第二弾は「自分のため」のアウトプット、日記についてお届けします。
みなさんは日記を書いていますか?
日記を書きたいと思っていても、忙しい毎日のなかで時間が取れなかったり。
書き始めてもいつの間にかやめてしまっていたり…。
とにかく続けられない!!!
そんな声をよく聞きます。
でも、私は毎日日記を書いています。
今回は、どうして「毎日」書けるようになったのか、その秘密についてお話しようと思います。
私が日記を本格的に書きはじめたのは、長男が2歳になる2013年ごろ。
産後、フリーランスとして仕事も再開し、慌ただしい日々。
充実はしていましたが、家事も育児も頑張りすぎていた頃でした。
気持ちがいつも焦っていて、どうにかしたいと思っていた時に手に取ったのが、服部みれいさんの「あたらしい自分になる手帖」。※今は販売していません。
ここに毎日、自分の本心を書き始めたのでした。
それまでにも日記を書くことはあったものの、なんだか「カッコつけて」書いていました。
いいことを書かないといけない
人の悪口を書いてはいけない
愚痴を書いてはいけない
そんな思い込みを持っていたのです。
どこか「いい子ちゃん」な日記。
でもある日、この手帖に思い切って、本当の自分の気持ちを打ち明けてみたら…めちゃくちゃ爽快だったのです。
とくに楽しかったのは、モヤモヤを書くとき。
モヤモヤした出来事があると、「やった!今日は思う存分日記に書くぞ〜!」と思うように(笑)。
私は、普段から人に愚痴を言うのが苦手なタイプ。
かなり溜め込んでいたみたいです。
日記は、自分の話を静かに黙って聞いてくれる相棒のような存在。何の否定もせず、意見もせず「そっかそっか。そう思ったんだね。」って、聞いてくれる。
自分のためだけに書くこと。それがこんなに癒しになるなんて…。
私はすっかり日記の魅力に取り付かれていきました。
今になって、この頃の日記を見返すと、ちょっとしたエンターテイメント。
当時はむちゃくちゃストイックだったみたいです。今見ると、「しんどい奴やな〜!」と、笑えます。
たとえば、このページ。
1月14日
あぁ、なんでいつもこうなんだろう。まったく仕事が進んでいないのに、次の仕事が来ちゃった。夫ともまたケンカ。なぜだろう。うまくいかない。かなしいよ…。自分をすきになるため、とにかく仕事!!
となりのメモ欄には、「・自分をすきになりたいから働く!!」って書いてあります。どうやら当時の私は、「仕事をしていない自分には価値がない」って思っていたようですね。
今は、「そんなことないよ!」ってちゃんと思えています。
「書く」ことは、きゅーっと自分にフォーカスしがちになる「感情」を、客観視する行為。
自分だけ忙しい
自分だけ不幸
なんで私だけこうなの⁉︎
みたいな思考に陥ってしまうと、苦しくなる一方。
だから一旦、日記に話を聞いてもらうといいかも。
「あぁ、いま私、こう思っているんだなぁー」と少し離れた位置から、感情を観察することができるから。
こちらは、最近の私の日記。
時系列に何があったかを記して、その時に感じたことを書いています。
9:00〜10:00 運動会
息子の運動会だった。5人中5位。つまりドベだった♡毎年、本人は順位を気にしていない。競走もダンスも全部たのしそうにやっていた。地元のテントには、ほぼ人がおらず。40分のみの運動会。令和時代は、もうコレでいいんじゃないかなっておもった。
こちらの右ページのように、「絵日記」に編集してインスタグラムで発信することもあります。
昨日、東京西荻北にある手まりと草木染めのお店ENNESTEのなほちゃんとインスタライブをしました。手まりってはっきりいって役に立たない。…だからいいんだなぁって思いました。
こんな風に、訪れた展示会のフライヤーを貼ったり、シールでデコったりすることもあります。
夫と「本を買うのはたのしいね」という話をした。私たち夫婦はけっして読書量がある方ではない。読むのはゆっくりだとおもう。私もあちこち同時に読んでいるから、いっこうに終わらない。でも本がそこにあるというだけで満たされるのです。私たちは本のある風景がすきなのです。あぁ、もっと買いたい♡♡♡
日記を書くたび、感じるのは「人生って豊かだなぁ」ということ。
買ったモノ、感じたこと、家族の発言etc…
何一つとして、同じ日はない。
うれしいこと、苦しいこと、さみしいこと、むなしいこと、楽しいこと。
毎日、いろんな気持ちを体験することができる。
それって、とっても豊かなことだと思うのです。
感情や経験を文字にしたり、イラストにしたり、写真を貼ったり、シールを貼ったりしながら味わっていく行為は、まさに癒し。セラピーやリラクゼーションのような効果がある気がします。
ささいな出来事も、書くと「かけがえのない一日」に。
日記というものは、書いた人の人生を全肯定してくれる相棒なのかもしれません。
次回は、感情が揺れた時に私が行っている、赤ペンノートについて書きますね。