味噌とお米さえあれば、生きていける。だからきっと大丈夫。板倉直子さん 最終回

今の時代だからこそ、軽やかに、伸びやかに、自分の軸足を変えてみた、という人に話を聞いてみたい、
と始めた連載「新しい暮らし方、働き方」。
5人目は、島根県松江市で洋服のセレクトショップ「Daja 」を営む板倉直子さんです。

Vol.3では、仕事をひとまわり小さくして利益を出せるようになり、
暮らしを楽しめるようになってきたことを伺いました。

50代の私と板倉さんは、バブルを経験した世代です。
「頑張る」ことをよしとし、休むなら「休むために頑張る」という考えが当たり前でした。

板倉さんと会っておしゃべりする度に
「私たち、一生懸命仕事してきたよね」という話をします。

「でも人生後半になって、足を踏み換える時期なのかも」と板倉さん。
同時に
「がむしゃらに仕事をする……っていう経験はした方がいいのかなあとも思います。
人生の中で一度は、ものごとを突き詰めたり、限界を知ったり……。
そんな時間があっての今だからこそ、頑張ることを手放せるのかもしれないなあ」
とも。

私は、今でも「休む」ということが苦手です。
若い時より体力がなくなったこともあって、無理が効かず、
さすがに夜遅くまで仕事をする、ということはなくなったけれど、
「何も仕事をしない日をつくる」というまでは、なかなか思いきれません。

 

板倉:
私もずっと休みの使い方がすごく下手だねって夫に言われ続けてきました。
いつも自分を消耗してるって……。
でも、コロナになって毎週末が休めるようになって、

やっと休養と家事のバランスが取れるようになりました。
片付いていない部屋を見ながらだと、心身ともにゆっくりと休養できず、
かといって無理して家事をすると体が休まらないまま休日が終わってしまいます。
暮らし方が変わった今、やっと「何もしない」ことに慣れてきました。
今、すっきりと片づいている部屋を見ると
「ああ、私が悪かったわけじゃないんだ。
だらしないからできないと思っていたけれど、時間が足らないだけだったんだ」
って思えるようになりました。
料理も、いつも凝った物を作っているわけじゃなくて、
時間がない時には、ニラ玉とか鶏胸肉を塩麹につけて焼くだけだけど、
暮らしがちゃんとすると、心が整うし、幸せを感じられるなあって
しみじみ思います。

ギアチェンジをするコツはなんですか?
と聞いてみました。

板倉:
働き方に関しては、早めの計画を立てるというのが一番大切じゃないかなと思います。
私ね、何をするにも時間がかかるんです。
何かを決める時でも、たとえ小さな仕事であっても全力で取り組むので、
それが本当にやりたいことなのか

よ〜く考えてからしか決められない。
ウェブの記事をアップするにも、
写真を撮って、文章を書くのにすっごく時間がかかる……。
時間がないと荒い仕事になっちゃうし。
だから、早めの計画を立てるようになりました。
ギアチェンジにしても、ちゃんと計画を立てることができたかな。

板倉さんはいつも、「今」を俯瞰して見られる人です。
そして一歩先を見越して、今何をやらなくてはいけないかをちゃんと計算して考える……。
私は、チャチャッとその場を乗り切るヘンな器用さを持っているので、
「わあ、もうできたんですか?」「はやっ!」と驚かれます。
ただし、いつもその場しのぎ。
計画性がないので、いきあたりばったりです。
だからこそ、板倉さんの着実さ、緻密さを尊敬し、真似したいなあと思います。

自分を俯瞰して見るために、どんな時間を作っているのでしょう?

板倉:
仕事場の自分のデスクだと、しょっちゅういろんな電話がかかってきたり、
今進行している仕事が山積みになって、集中できないので、
考えるときには、ひとりで別室に籠らせてもらうんです。
紅茶を入れて、頭だけ違う世界に飛んでいったりとか……。
考える時間を、自分で意識して確保していますね。

さらに、脳が疲れた時には、手だけ動かして無心になれるお菓子作りが効果的なのだとか。

板倉:
休みの日にも「考え癖」がおさまらない時には、ひたすらケーキを作ったり
映画を見て強制的に違う場所に飛んでいくとか……(笑)

 

さらにコロナ禍に、大きな価値観の変化があったそう。

板倉:
去年の4月〜5月は不安でいっぱいだったんだけど、
以前、店を買い取って独立したときに母から言われた言葉を思い出して……。

うちは、農家だったんですけれど、『お味噌とお米があれば大丈夫。生きていける』って。
そうしたら、心がすっと落ち着いて、自分の中では魔法の言葉になりました。
コロナで不安になったときにも、この言葉を呪文のようにとなえて「大丈夫、大丈夫」って
言い聞かせてきました。
私の仕事はものを売ることですが、
がむしゃらに売って、利益をあげればいいってだけではないと思っています。
コロナ禍では、極端に言えば、ものが溢れたこの世界の中で、
自分の仕事はいらないんじゃないかと思ったことがありました。
でも、だからこそ長く愛せて『買ってよかった』『気持ちがよくて、着るたびに気分があがるな』
と思ってもらえるものを、数は少なくても大切にリリースしていきたいって思うんです。

ちゃんと稼いで、自分の力で生きていかなくちゃいけない。
でも、ただ利益をあげればいいだけでもない。
板倉さんの目は、もっと先を見つめているんだなあと感じました。

私たちは、コロナで「本当に大切なことはなに?」ということを考える時間を与えられました。
でも……。
それを自分の生活にあてはめたとき
「理想はそうだけど、現実はね……」
とせっかく気づいた大切なことを、棚上げしてしまいがちです。

板倉さんは、一度見つけた真実を手放さないで、
ちゃんと胸に刻み、「だったら私にできることはなに?」と未来に生かせる人でした。

お店を小さくしたり、営業時間を短くしたり。
一見、「大丈夫?」と不安になる決断も、
「本当のこと」を求めていれば、きっといい結果につながって
まだ見ぬ扉をあけることができるはず。

そんな板倉さんの未来の見つめ方をお手本に
私も前を向きたいと思いました。


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