「小さくして利益を出す」サイクルになってきた。板倉直子さん vol.3

 

今の時代だからこそ、軽やかに、伸びやかに、自分の軸足を変えてみた、という人に話を聞いてみたい、
と始めた連載「新しい暮らし方、働き方」。
5人目は、島根県松江市で洋服のセレクトショップ「Daja 」を営む板倉直子さんです。

Vol.2では、コロナ禍でイベントが中止になり、在庫を抱えて途方にくれたお話を伺いました。
具合が悪くなって病院で診てもらうと、肺に影があって……。
幸い、検査の結果はなにごともなく、健康だということで胸を撫で下ろしたのだと言います。

そして、仕事をひとまわり小さくすることを決意した板倉さん。
30周年のイベントが終わったあと、お店のサイズを半分にしました。

板倉:
仕事はラクになりましたね。以前はお店が広かったので、常にスタッフ3人ぐらいが店頭にいたんですが、
小さくなり、営業時間も短縮したら、1人で店番ができるように。
もし忙しくなったら、同じフロアのオンライン室にいるスタッフがヘルプに行けるし。
そうすることで事務所での仕事もはかどるようになりました。
コロナ禍になってからは、1時間始業をはやめて、帰る時間も早くなったんです。

 

このころから、以前は洋服の着こなしがメインだった板倉さんのインスタに、
ご自宅での食事風景やティータイムの風景の写真がアップされるようになりました。
その食卓のしつらいの美しいこと、楽しそうなこと!

板倉:
明るいうちに帰れるというのが楽しかったですね〜。
ベランダでハッピーアワーを楽しんだり……。
ご飯を作ることができる生活っていうのが、本当に久しぶりだったんです。
朝起きる時間も自然と早くなりました。
以前はだるいなあと思いながら、ギリギリまで寝ていたんですが、
朝パシッと起きられるようになって、お弁当まで作れるように。
スタートが気持ちよくいくと、そのままの感じでパ〜ッと走れますね。
食生活が変わったら健康にもなったし、ささやかなおかずですが、お弁当の時間も楽しみですし。

そして、以前より、仕事時間はぐんと少なくなったのに、今は売り上げは昨年よりアップしているそう。

板倉:
イベントが中止になったときには、在庫が膨大で途方に暮れたんですが
私はひとつ決めていることがあって……。
それが「借り入れはしない」ということです。
15年前に独立した時に、店を買い取るためたくさんのお金を借りました。
それを返すのが本当に大変でした。
資金繰りに困らないよう、綿密に計画を立てて経営をするということを骨身に染みて学びました。

もし借り入れをしなくてはいけなくなったら、潔く店を閉める覚悟で働いています。
幸い、若干の余力があったので、支払いはなんとかなりました。
それでも、商品が売れなかったらすぐに立ち行かなくなるので、
オンラインで販売するために、必死に写真を撮っては日々アップして……。

そうしたら、去年の後半から、「あれれ?結構いけるかも?」という状態になってきました。
以前は1か月に1〜2度、仕入れのために上京していたけれど、それもなくなって
出張経費も少なくなり、利益率もよくなりました。
これってまさしく私が、今後の働き方として目指していた
「小さくして利益を出す」という状態だったんです。

 

 

きちんと目指す方向を決めて、着実に準備する、というのが板倉さんのいつもの進み方。
その計画性に私はいつも「すごいなあ」と感服し、
行き当たりばったりの自分を反省します。

ビジネス用語に「PDCAサイクル」という言葉があります。
plan→do→check→actという循環。
計画して、やってみて、見直して、改善する。
これをぐるぐると繰り返すことで、螺旋を描くようにものごとのレベルは向上していくそう。

板倉さんの経営の方法はまさにこの通りでした。
そして、このサイクルはビジネスという大きな括りでなくても、
自分自身の仕事の仕方や暮らし方を見直し、
「もうちょっとだけ」いい方向へいくためにも、とても有効だと思います。

ひとつのことにトライしたら、徹底的にそのクオリティを上げていくのも
板倉さんのすごいところ。
私はDajaのホームページを見るのが大好きです。
それぞれのアイテムを、板倉さんやスタッフさんが実際に着てみながら、
コーディネートの方法や、その服の特徴をわかりやすく説明してくれています。

これだけの細やかさで、すべての商品についてアップするのは
相当の手間がかかっているはず。
だからこそ、Dajaのオンラインの売り上げがアップするのだと思いました。

板倉:
オンラインの商品ページの前にイメージ画像をプラスして、楽しくみていただけるように工夫したり、
なるべくお客様の気持ちになって伝えたいことを書いたり。
写真は、本当に体育会系のノリで勉強しました(笑)
家で自主練したり。
ディスプレイに関しては、以前から花瓶やお花を動かしながら、
コーナーを作ってみる、
ということをやっていました。
そこに写真を撮るというプロセスが最近加わったんです。
同じものでも、少し角度を変えると全然違って写ったり、
逆光順光で見え方がまったく変わったり。
きれいな光ってどうやったら撮れるんだろうと、日々研究中です。

 

こうして今、仕事も暮らしも少しずついい方向へむかっているそう。

板倉:
お店も縮小して最低限の人員で回しているし、いいチームもできているし、
仕入れもなんとか遠隔でできているので、このまま頑張ろうかなって思っています。
なにより、土日に休めるって最高ですね。
自営業の人はみんな、どこかで自分の時間を犠牲にしているんですよね。
それは経営していく中で仕方がないことだと思うんですが、
さすがに30年もやったら、もうちょっとゆっくりでもいいのかな、と思うようになって。
自分の残り時間を逆算すると、多くは残っていないから
人生をもう少し楽しみたいなと思っています。
きっとこれはずっと前からそうしたい、と思っていたけれど、きっかけが見つからなくて、
コロナがきて、強制的にできるようになった、という感じかな。

 

今、週末には月に1回ほどのペースで実家のお母様に会いに行ったり、
土曜日の朝にはお菓子作りをしたり。

板倉:
土曜日、連休なのが嬉しくて早起きしちゃうんです。
パウンドケーキやクッキー、チーズケーキなど、ベーシックなものですけれど、
今までやろうと思ったことがなかったのに、すっかりお菓子作りにはまっています。
コロナになってから、粉用の冷蔵庫を買ったんですよ。
週に1度業務用のスーパーに買い物に行くようになって、
そうすると冷蔵庫がパンパンになるから、
お米と小麦粉を入れる専用の冷蔵庫を用意したんです。
週末に焼いたお菓子を月曜日にスタッフに食べてもらうと
みんな『美味しい!』って言ってくれるのも嬉しくて。

部屋を片付けたり、掃除をしたりと、
普通の「家事」にも時間をさけるようになりました。

板倉:
掃除、洗濯と、当たり前のことなんですけれど、それが普通にできるようになって嬉しいんです。
今まで、最低限の掃除はするけれど、
『棚のあそこをきれいにしたいのに時間がない』って1〜2年片付かなかったんですよね。
見て見ないふりをしてきたところがあったんですが、
それが普通にできるようになりました。
そのときに悟ったのが、
「ああ、私は単に時間が足りなかったんだなあ」ってこと。
今まで、「暮らしのための時間」が圧倒的に足りなかったんだ、ってすごく思いました。
コロナになって、ストレスで不調になった時期もあったけれど、
心のどこかでホッとしたんですよ。
止まれた。立ち止まることができたって。

 

板倉さんのお話を聞いていると、
子供が初めて遊園地に行って、メリーゴーランドをキラキラした目で見上げるように、
ずっと欲しかったのに手に入れられなかった「日常」を手に入れ
そこで掃除をしたり、お弁当を作ったり、お菓子を焼いたり、という
「いたって普通の毎日」をワクワクと見つめていることが伝わってきます。

なかなか手に入れられなかったからこそ、
日常の時間の尊さがわかる……。
私も板倉さんのように、まっさらな目で暮らしを見つめ直してみたくなりました。

次回は、人生後半の生き方について伺います。


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