「自分で売れるしくみ」をつくる。 中川正子さん vol.5

10年前に東京から岡山に移り住み、
新たな足場を作りながら、絶えず進化を続けている
写真家の中川正子さんにお話を聞いています。

Vol.4では、「写真じゃなくてもよかったのかもしれない」という衝撃の告白(笑)とともに
「写真家」の内容や自分にとっての仕事、表現というものを定義し直した、というお話を伺いました。

昨年から、中川さんは自身のウェブショップを立ち上げ、
写真作品や、ポストカード、
さらには、オリジナルのトートバッグなどを販売しています。

ウェブでお店を立ち上げようと思ったのは、なにかのスイッチが入ったからなの?
と聞いてみました。

中川:
いや〜、私っていつも後になって気づくんですよね。
振り返るとあの時スイッチが入ったんだって。
以前、アートブックフェアなどに参加したときに、みなさん写真集も買ってくださるけれど、
『ポストカードとかないんですか?』って聞かれることが多くて、少しずつ販売していたんです。
そうしたら、ありがたいことにたくさんの方が購入してくださって……。
一部の写真好きとか、アート好きではなくて、
雑貨のように買いたいっていう方も多いんだなあと肌で感じて。
写真集や写真作品もどこかお店を介するのだけではなく、自分で売れたらいいなと思っていました。
自分の中に散らばる『自分で売れる仕組みがあったらいいな』という思いが、ここ数年間あったんです。

 

さまざまなことが「できなくなった」コロナ禍では、
新しく「できるようになったこと」もたくさん生まれたような気がします。
私も、イベントが中止になり、そこで販売するはずだった、出展者さんの洋服を自宅で着て
その動画を配信してみたり、
ZOOMなんてやったこともなかったのに、
今では、打ち合わせや取材に当たり前のように使うようになりました。

「できる」と「できない」の定義が変わったことが、去年から今年の大きな収穫だった気もします。

当時中川さんはコロナ禍で、思うように動けなかった友人たちと夜な夜な
zoomで話をするようになっていました。時には3時間、4時間と話し込むことも。

中川:
ショップの経営者やミュージシャンのマネージャーなどで、
みんなそれぞれお店は閉めなくちゃいけないし、ライブはできないし……
と大変な状況でした。
なのに全員超ポジティブだったんです。
彼女たちと話すのが楽しくてたまらなくて。
教えてもらったのは、「諦めない力」と「なんとかする力」でした。
今状況が悪いのは仕方がない。じゃあどうするか、
みたいな解を出すのがみんなすごく上手いんですよ。

そんな中、その経営者の友人をはじめ、みんながポストカードだけじゃなくて、「写真を売った方がいいよ」
とアドバイスしてくれました。
『展覧会で売るような高価なものではなく、
一般の人が手が届く値段で、とはいえどこにでもあるのではない、価値があるもの」って。
この前も話しましたけど、『ザ・写真家』ではない自分の在り方に気付き始めていた頃だったから、
写真業界のルールにのっとらなくても、もっとカジュアルに販売してもいいんじゃないかって思ったんです。

 

この話を聞いたとき、私はそのZOOM Meetingに参加してみたくてたまらなくなりました。
私も「諦めない力」を知りたい。どうしたら「なんとかする力」を持てるのか聞いてみたい!って。

耳を澄ますようになる……。
これもコロナ禍で変わったことのひとつのように思います。
コロナという見えない敵がひとつあると
それに向かう人同士が、自然に協力し、互いにエールを交換する。
そんなかたちが自然に立ち上がっていったよう。
実際に会話を交わさなくても、S NSのつぶやきひとことが、ず〜んと胸に響いたり……と
「自分以外の力」を感じることができたのは、よかったなあと思います。

こうして、シンプルなフレームに入れた絵をオンラインショップにアップしてみると……。
びっくりするほどのオーダーが入ったそう。

中川:
オーダーフォームに備考欄があるんですが、
そこにみなさんすごい熱心なメッセージを書いてくださるんです。
それがどれも超長いんですよ。
『ラブレター』が詰まっているんです(涙)。
中には、インスタの私の言葉をコピペして
「この言葉にすごく支えられたというのをお伝えしてくて」と書いてくださったり。
もう、それは「買い物」という枠を超えていました。
個人個人がそれぞれの暮らしの中で私のインスタを見たり、写真集を買ってくださって
こんなにも喜んでくれていたんだ、と知ったことは
それまでのコマーシャルの仕事とはまた別物の、とてもパーソナルな喜びだったんですよね。

 

vol,4で、中川さんは「言葉で語りたいことが溢れ出す」と語ってくれました。
備考欄にコメントをくれた人たちは、まさにこの中川さんの「言葉」に反応した人だったよう。

 

 

言葉をワンフレーズだけプリントしたトートバッグは、
シルクスクリーンの手法を勉強し、中川さん自らが一枚一枚刷ったというもの。
シンプルなバッグの奥にある「中川さんにしか作れないもの」に
多くの人が共鳴し、発売2分で完売してしまったといいますから驚きです。

中川
私から発信するものは、形は違ってもみなさんがそれぞれを受け止めてくださる……。
そんな体験から、これからのアウトプットの形態は、言葉であれ、写真であれ、モノであれ
なんでもいいのか、と思うようになりました。
以前は文章の依頼がくると『いや、文章は素人なんで……」って逃げ場を作っていたところがあったんですけど、
もうひとりの私が言うんです。
『いつまでそれ言ってるの?』『本気でちゃんとやってみれば』って(笑)

 

新しい自分の可能性を知って、
自分は何者か、という定義をしなおしてみる、というのはとてもワクワクする作業だなあと思います。
ライターだ。フォトグラファーだ。会社員だ。お母さんだ。
そんな肩書きを一旦外してみたら、自分は何ができるのだろう……。
そして、自由な発想で、「あれ」と「これ」と「それ」ができるかも……
と可能性を見つけたら、
それを拾い集めて、もう一度自分を再構築してみる。
そうやって、生まれ変わることが、今の時代の新しい暮らし方、働き方なのかもしれません。

そして、中川さんの仕事はどんどん枝葉を広げています。
最近では、ウェブサイトで取材、写真、記事の執筆をすべてひとりでこなすという仕事も。

中川:
コロナ禍で編集の人もこれないし、自分でアポをとって、自分で行って、話を聞いて……
と超DIYなんです(笑)。
文章を書いているうちに、聞いた話をそのまま原稿に落とすのではなくて、
私の視点も入れながら書くのが、どんどん面白くなってきて……。
だったら、自分でサイトを作って、自分でインタビューマガジンを作るのも面白いかも!
ってどんどん妄想が膨らんでいるところ。

 

中川さんの連載 アイスム テイクアウトのある風景はこちら

 

 

さらに、アトリエでは友人のデザイナーによる洋服の展示会も開催。

中川:
岡山の西粟倉っていう林業で有名な村があるんですけど、
東京育ちの友人が移住して、草木染めを始めたんです。
オーガニックコットンの服って、優しいラインのものが多いんだけど、
彼女はそれを都会的なラインで作っていて……。
私がよいと思うモノやコトを私の言葉で伝えていくのも、
これからはやっていけたらと思えるよい経験になりました。

アトリエでありギャラリーでもあるこの場の名前は「ギャザー」。
いろいろなものを「集める」、みんなが「集まる」という意味なのだとか。

人は、経験を蓄積し、それを力に前に進もうとします。
でも、同時にその経験を、大空目がけて放り投げ、身軽になることも大事なんだなあと、
背中に羽根が生えたように、軽やかに飛ぶ中川さんの姿を見て思いました。
私は、今まで集めてきたものをしっかりと抱え込みすぎていたのかもしれない……。

いつ会っても中川さんは風通しのいい人です。
きっと今も、この話を伺った時よりもずっとずっと先を走っているはず。

自分が手にした体験は、時の流れに磨かれて、絶えず変化してこそ輝き続ける……。
自分を再定義し続ける中川さんの姿に、
私も、自分の中にある何かを放り投げてみたくなりました。

中川さんの近況はこちらで https://www.instagram.com/masakonakagawa/
写真/中川正子

 

 

 

 

 


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