たまたま写真だっただけ……。中川正子さん vol.4

10年前に東京から岡山に移り住み、
新たな足場を作りながら、絶えず進化を続けている
写真家の中川正子さんにお話を聞いています。

Vol.3では、自転車に夢中になっていること。自分に負荷をかけることが好き、というお話を伺いました。

編み物や自転車。
初めてのことにトライして、できないことが悔しくて、
驚くほどの集中力で、「できない」を「できる」にひっくり返す……。
そんな中で、

「とにかく自分で着て自慢ができるセーターが欲しいだけなんですよ。
これを作って、誰かに褒められたいとかでもなく、ただ着たいだけ。
着た自分を見て、自分で自分を褒め称えたいだけ(笑)」
と語ってくれた中川さん。

コロナ禍で、そんな思いを味わったあと、仕事に対しては、どう考えるようになったのでしょう?

中川:
みなさんもそうだと思うんですが、去年から、仕事とはなんだろうとすごく考えましたね。
私ね、インスタに「どうしてこんなに?」と呆れられるほど
長い文章を書いているんです。
誰に頼まれてもいないのに、毎日言いたいことがありすぎて……。
書かないと、全部吐き出さないと眠れないの(笑)。
最近は、インスタで言いたいことがあるから、
その「挿絵」のつもりで写真を撮っていて……。
インスタに関しては、写真と文章の優先度が逆転してきました。

そんなこともあって、私、ずっと『私は写真家です』って言ってきたけれど、
これ、誤解されないように言いたいのですが『たまたま出会ったのが写真だったんだなあ〜』ってことを認めざるを得なくなってきたんですよ。

え〜!!と驚きました。
私は、中川さんが「カメラマン」ではなく「写真家」と名乗り、
自分しか撮れないものに、どれほど強い思いを持っているか
今まで機会があることに聞いてきました。

なのに、「たまたま写真だっただけ」だなんて!
いったい、中川さんの中で、どんな変化があったのでしょう?

中川:
ポートレートなどの写真では、
その人がよりきれいに見える角度がすぐわかったり、
普段その方が見せない表情をとらえるのが早かったり……とか

技術的に得意な面はあると思います。
だから、写真はやっぱりすごく「得意なこと」ではある。
また、日々撮らずにはいられないから、「とても好きなこと」でもあります。
でも、一番の私の根っこの強みはなんだろう?と思ったら、
個人的に伝えたいことが、人よりもいっぱいあって、
それがずっとあふれ続けている、
そしてそれを表現するために最初に見つけたのが写真という手段だった、
ってことなんじゃないか、と思うようになって。

今後仕事をしていくにあたって、突き詰めていくのは、そういう部分で、
それを表現する手段は、写真でも、文章であっても、他の何かであっても限定しないで、自由にもうなんでもいい。

大事なのは「個人的に伝えたいこと」を、どうやったら突き詰められるかってこと。
そのためには、とにかく自分の軸をしっかりしておく。
自分がいつもその「何か」をスムーズに最大限に出せる状態でいる、
ということが一番なのかなあと思うようになりました。
そのために必要なのは、自分の好きなことを、素直に、直感と共に
ガンガンやっていくということの積み重ねなんだって思います。
好きなことを、みんなが呆れるぐらいやるっていうのは、その一環なのかな。

 

「『写真家じゃなくちゃ』っていう意識は解き放っちゃったの?」と聞いてみました。

中川:
解き放ったわけではないです。
以前は、写真家は言葉を紡ぐのはちょっと反則だっていうような意識がちょっとあったし、
木村伊兵衛賞みたいな世界に対して「私はそういうのは別にいいんだもん」と言いながら
ちょっと気になったりしていました(笑)
でも、今は「ザ・写真家」という、いわゆる王道と呼ばれる世界との関わりは、おそらく違うな、というのがやっとわかった感じです。
当然、写真は大好きで、撮らずにはいられないものだし、主軸としてやっていきたいと強く思っているけれど、
さっきお話したような、「個人的なこと」=「私だからできること」、
私以外の人にはできないかもしれないこと、
そういうことで、みんなに役に立てたら……
という思いで仕事をしていけたら、と思っています。
写真家の内容や自分にとっての仕事、表現というものをを定義し直したって感じです。

まだ、中川さんとこれほど親しくなる前、
当時中川さんが書き綴っていたブログ「ナカマサニッキ」を読むのが
私は大好きでした。
今も、中川さんの抜けるような気持ちいい写真と共に、
日々あがってくるインスタの文章は、
私の日常に風を吹かせてくれて、
なんて、素晴らしい文章なんだろう、と惚れ惚れすることしかり……。
今回のお話を聞いて、確かに私は中川さんから、写真という枠を超えた何かを受け取っているなあと
改めて思ったのでした。

コロナ禍で、行動が制限され、
今まで「どこでもドア」を持っているんじゃないかと思うほど、
身軽にひょいひょいと出かけていた中川さんが、ずっと岡山にいるという生活に。

中川:
思っていた以上に、それがまったくイヤじゃなかったんですよね。
「動いていないと死ぬ」人間だと思っていたのに……。
でも、そうやって時間ができると新しいことを探さずにいられない、っていう部分では、
やっぱり刺激が好きで、チャレンジが好きで、何か新しいものが見たいと思う……。
そういう欲求をいちばん簡単に満たしてくれるのが、今までは「旅」でした。
それができなくなった今、例えば山登りも旅と同じぐらい新しい「何か」だったし、
ビューが変わるから、自転車もそうだし、
編み物との戦いも、もう旅みたいなものです。

そして、私には何ができるだろう?ってここ数年いろんな可能性を自分の中で浮かべて
でも、忙しすぎて何も実現せず……っていうのが続いたところへコロナがやってきた……。
だったら、オンラインストアをやってみようかな?とか
やったことがないことを始めてみた、というのが今の状況です。
それ1本で食べていく、とかじゃないんですけど、
これからの時代、1本足でいくよりも、
4本足とか、8本足とか、そういう仕事のやり方の方が断然いいだろうって思っています。

若い頃は、わかりやすい目標を設定しがちだけれど、
歳を重ね、経験を積み重ねていくうちに、
あっちから登っても、こっちから登っても、
同じ頂上に着く、ということがわかってきます。
数学とアートが、
経済と家事が、
同じ真実を孕んでいると知る……。

世の中が多様性に満ちていて、でも、すべてがつながっていると知ることは
何よりワクワクします。

もしかしたら、新しい暮らし方、働き方のヒントは、その辺りにあるのかも?

 

中川さんのお話はまだまだ続きます。
次は、今のお仕事について、具体的なお話を伺います。

 


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