求めたのは、「自分に負荷をかけて」得られるもの。 中川正子さん vol.3

 

10年前に東京から岡山に移り住み、
新たな足場を作りながら、絶えず進化を続けている
写真家の中川正子さんにお話を聞いています。

Vol.2では、アトリエを借り、編み物に夢中になっている、というお話を伺いました。

「実は、もうひとつ夢中になっていることがあるんですよ〜」と中川さん。

それが、自転車。

中川:
去年の10月の誕生日にクロスバイクを買ってもらって、それに乗ってみたらもう!
羽根が生えたみたいなんです。

ずっと子供を乗せるために電動自転車のママチャリに乗っていました。
でも、もううちの子は大きくなって乗らないし、
そうすると、単に異常に重たい重機みたいなものなんですよね(笑)
そういう乗り物って乗っていても楽しくない。
そろそろ普通のチャリに乗ってもいいかな〜って話をしたら、
夫がプレゼントしてくれたんです。

そうしたら、もう新しい世界に行ける乗り物みたいで、楽しくて楽しくて!
今、どこにも旅にいけないし、移動もできないでしょう?
そんな中で、自転車に乗ると、まさに自分自身が風になるって感じなんですよ〜。

 

今は移動手段は基本的に自転車。
ちょっともやっとするときには「チャリに乗ってくるわ」と
自宅から5分ほどの川沿いをビューンと飛ばして、すっきりして帰ってくるのだとか。

サイクリングで世界1周をした、という友達たちと一緒に
瀬戸内しまなみ海道を走ったことも。

中川:
体力の差もあるけれど、彼らはマシンもすごくよくて、ついていくだけで超大変でした(笑)
こんなに泣きそうになりながら、頑張ったことはあんまりないなあって思って。

仕事がパンパンに詰まっていたり、出張で忙しければ、
たまの休日にそんなに体力的に負荷をかけようとは思わなかったと思うんですが、
ずっとステイホームで体力が余っていたんでしょうね。

今振り返ると、わかりやすい達成感が減ってしまったときには
自転車だったり、山登りだったり、
一歩一歩重ねれば到達するっていう、その感覚がすごく必要だったんだと思う。
山は、踏みしめていくと本当にたどり着くんですよ。辛くても歩いていれば必ず着く。
自転車も、もう無理〜って思っても、右足と左足を交互に踏めば終わるんです。

 

コロナ禍で、家でゆっくり過ごす時間が多くなったとき、
「ああ、仕事でバタバタしていたら、見えていなかった風景がたくさんあったなあ」
「当たり前だと思っていたことが、当たり前じゃないってわかったなあ」
と感じます。

そして、ご飯を今までよりちょっと時間をかけて作ってみたり、
ケーキを焼いたり、
押し入れの整理をしてみたり。

でも……。
そんな日々が長く続くと、「もう少し、違うことをしてみたい!」
という気持ちがムクムク沸いてきたりします。

穏やかな日常に、ほんのひと匙足りないもの……。
それが、何かにトライし、何かを乗り越えて、何かを手に入れる、という達成感なのかも。
今までは、それを「仕事」に求めていたけれど、
どうやら日常にも、自分の心を満たしてくれる「達成感」あちこちに、転がっているよう。

中川さんにとって、それが山登りや、編み物や、自転車だったのかもしれません。

中川:
一田さんと話していて、今思ったんですけど、
私って、きっと、ある程度自分に負荷をかけることが好きなんですね。
それは、仕事でも薄々感じていたことでした。
ここ数年、撮影現場で緊張して冷や汗かいた、なんてことはほとんどないんです。
一田さんも、そうだと思うんですけど、長く仕事をしているから、
これまでの経験値でなんとかできちゃうんですよね。

昔だったら、『この現場に行って、私浮かないかな?』と気合いを入れて、いい洋服を着て行ったりと、
精一杯背伸びしていたけれど、
このごろは、自分を大きく見せるより、むしろ小さく見せるくらいの気持ちなんですよね。
現場で一番年上ということも増えて、あんまり偉い人だと思われたくないし……。
つまり、誤解を恐れずに言えば、ちょっと「余裕しゃくしゃく」で仕事に向かっている自覚があったんです。

でも、これでいいのかなとふと考えて……。
前は、もっと上を上をと思っていたのに、
今は自分の作った安全地帯で、ゆったりやってる私が見えてきた。
自分のできる範囲内でまとまっている気がするんです。

なのに、編み物の先生とセッションをしたり、
自転車で世界一周した人たちと、しまなみ海道を自転車でぶっとばしていると、
いつも私は一番ビリなんです。
自分が『ビリだ』ってことに慣れていなさすぎて『なんでこの私が……』って思うの(笑)
でも、やったことないから当たり前なんですよね。
なのに、どうしても『くそ〜!』って思う。
その感じが嫌じゃないんです(笑)

この中川さんのお話に、「そうそう、その通りだよね〜」と思わず膝を打ちました。
私も2年前にテニスを始め、
学生時代に軟式テニスをやっていたので、もう少しできるかと思いきや
まったく下手っぴで、悔しくて悔しくて……。
今は、パーソナルでコーチについて、
なかなか上達しないバックハンドの練習をしているときが、めちゃくちゃ楽しい!

 

中川:
自分で着て自慢ができるセーターが欲しいだけなんですよ。
これを作って、誰かに褒められたいとかでもなく、ただ着たいだけ。
着た自分を見て、自分で自分を褒め称えたいだけ(笑)
自転車も、ひたすらこいで頑張ったら気持ちがいいだけ。

 

15年ぐらい前から中川さんと一緒に仕事をしてきて、
こんなに欲張りではない中川さんを見たことはなかったなあ〜と思いました。(ごめんなさい)
でも、考えてみれば、
初めて会ったとき、ミニスカートをはきながら、カメラバッグを抱えていた中川さんは、
どんどんキラキラとした服を脱ぎ捨てて、
昨日まで「欲しい!」と言っていたものを、どんどん手放していったように思います。
なのに、まるで内側から発光しているように、
いつ会ってもハッピーオーラに包まれていたよなあと思い当たりました。

誰かに褒めてもらうのでなく、
自分で自分を褒め称えたい。
そんな中川正子に変身したとき、
仕事については、どう考えるようになったのでしょう?

次回は、仕事について伺います。

 

写真/中川正子


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