たった一晩で決めた、アトリエの物件 中川正子さん Vol.2

10年前に東京から岡山に移り住み、
新たな足場を作りながら、絶えず進化を続けている
写真家の中川正子さんにお話を聞いています。

 

Vol1.では、コロナ禍の昨年、ご自身のウェブサイトとオンラインショップを立ち上げたお話を聞きました。

今回はアトリエオープンについて伺います。

中川:
いつかアトリエを持ちたいな、と漠然と考えてはいたけれど、
そんな気持ちは湧いたり無くなったり……。
でも、オンラインショップを立ち上げて、発送するために家の中が大変なことになって……。
そんなときに、たまたま宇野という港町でものづくりをしている友人のアトリエにちょっと遊びに行ったんです。

そうしたら、そこは港のビンテージビルの一室で、三方に窓があって、
光と風が通り抜けて、それはそれは気持ちよくて……。
そこで大きなテーブルを真ん中に置いて、作業をしている彼らの姿を見て
「ここなら、絶対いいもの作れるよね〜」って思った瞬間、
私はものづくりをしているわけではないけれど、
こんな空間がなくちゃダメだ!って、わかっちゃったんです(笑)

もし、このビルの一室が空いていたら、そこに入っちゃおうと思うほどの勢いだったんですけど、
空きはなくて……。
まあ、自宅から片道40分もかかる場所だったから、
やっぱり岡山市内で探さなくちゃ、と思い直して、
自宅に帰ったその晩に、インターネットで物件を探しまくりました。
でも、朝まで探したけれど、私の好きな感じの物件は1件もなくて……。

 

↑こちらが、その時訪ねた宇野でBAILERというバッグを作っている移住者の友人、岩尾夫妻。

 

ひらめいたら、それを絵空事に終わらせず、
現実世界に引き摺り下ろし、
ひたすら実現のための道を探す……。
その「本気度」こそ、中川さんが、次々に新しい扉を開けられる力のよう。

中川:
翌朝夫に『実は、昨日物件を探したんだけど、ないんだよね〜』って話したら
『〇〇さんが今のところから出るから、あそこでいいんじゃない?』って言い出して。
それが、ここだったんですよ。

実は、家賃は考えていたよりも3倍ほどだったそうですが、借りることを即決。

中川:
その時、コロナで仕事もなかったから『こんなところを無職で借りている場合か?』って
ちょっと思ったのも事実なんですけど、
この場があったらいいことになるな、という強い確信があったんです。
理屈ではなく、「これはよいことだ」と感じたので決めました。

 

オンラインショップを立ち上げたのが去年の5月末
物件を見つけて、7月に契約し、8月には入居していたといいますから
そのスピードたるやすごい!

 

そんな話をしながら、中川さんはZOOMの画面の下で
なにやら手を動かしていました。
あ、今夢中になっているというセーターに違いない!
と思って「今、編み物してるの?」と聞いてみると……。

「あ、ばれました? そうなんですよ。今最後の袖を編んでいるんです」とのこと。

「中川さんが、編み物にハマるってびっくり!
去年から、山に登って、編み物やって……。
やったことがないことを、いっぱいやってるよね?」

と聞いてみると……。

中川:
ハマろうと思ってはまっているわけでもないんです。
たまたまはじめてみたら、めちゃくちゃ急にハマる……。みたいな感じ。
ただやりたくてやりたくて、仕方がない。ただそれだけなんです。

ちなみに編み物にハマったのはどうしてだったのでしょう?

中川:
敏腕なビジネスマンの女性と、優秀な研究家みたいな女性ふたりが
京都で編み物で起業して、その撮影のお仕事に声をかけてもらったんです。
彼女たちが『正子さんも、編み物絶対やった方がいいよ』ってあまりにも言い続けてくださるから
じゃあ、やってみるかな、と思って。
そうして始めたらまんまとハマっちゃったんですよ。

最初はマフラーを。
今はセーターを編んでいる最中なのだとか。

 

中川:
彼女たちは、糸も販売していて、上質な糸しか売らないから、
マフラー1本編むにも、糸代だけで1万円ぐらいになるんです。
だから、最初から志は高くて、絶対に自分で買いたくなるぐらいいいものを作ろうって思って。
セーターも、元々彼女たちが持っている編み図のキットがあるんですけど、
それだと納得いかなくて、
『身幅はこれぐらいで』とか『後ろの長さはこれぐらいで』と言っていたら、
『も〜、しょうがないから、特別に正子さんのために編み図を作ります!』って言ってくれたんですよね。
生まれてはじめて編むセーターなのに……(笑)
今ちょうど編み始めて1か月ぐらい。
1日4時間ぐらい編んでた時期もあるんだけれど、
今は、煮物の間に10分編む、とか夜映画を見ながらとか。

でも、うまくいく日ばかりではありません。
編み目が狂って、せっかく編んだのにほどかなくてはいけなくなったことも。

「もう悔しくて〜。
深夜3時に悔しすぎて、しくしく泣いてました(笑)
こんなこと、やってもやらなくてもいいことなのにね〜」と中川さん。

仕事でもないのに、
誰かに頼まれたわけでもないのに、
出来上がったからといって、誰かの役に立つわけでもないのに、
そんなことに夢中になる……。
どうやらそれが、中川さんの「新しい暮らし」だったよう。

私は、若い頃から、いかにたくさんいい仕事をするか、に必死でした。
だから、生活の99%が仕事だった。
仕事だと、努力した分だけお金になったり、結果になったり、名声の足掛かりになったりするかもしれない……。

でも、中川さんが夢中になっていたのは、
「そこ」からまったく外れた、枠の外に広がる世界でした。
中川さんの中でいったい何が起こっているのだろう?
とますます知りたくなりました。

 

 

私たちのZoomでのおしゃべりは、まだまだ続きます。

写真/中川正子


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