「はじめの一歩の踏み出し方。」 笛木小春さん vol.4
「はじめの一歩の踏み出し方。」というテーマで連載をお送りしています。
これまで3回にわたってインタビューをお伺いしているのは、
埼玉県・川島町で232年続く老舗醤油蔵「笛木醤油」の女将を務める笛木小春さん。
Vol.3のインタビューでは、
「女将」という立場になるまで、
そして女将になってからの考え方や活躍の様子をお届けしました。
さて、インタビュー当時5人目の出産を控えていた小春さん。
私自身も2人の娘を育てる母ですが・・・
その倍以上の子どもが毎日家にいる生活なんて、
とてもとても想像できない!
そこで、これまでの育児や現在の日々について聞いてみました。
「初めての出産は26歳。
長男が手がかかるタイプだったことで、とても悪戦苦闘したんです。
お出かけ先でも私から片時も離れてくれなくて。
知らない人に『ママが大好きなのね~!うらやましい~』なんて言われた日には、
『だったら私と替わってよ!』って毒を吐きたくなるくらい
カチ~ン!ときていました。
ミルクを飲ませれば吐いてしまうから母乳が絶対だし、
あの頃は完全なる捕らわれの身だったなぁ・・・」と笑って振り返ります。
「その後、仕事しながら次男も出産して、
その育休中には長男が幼稚園に入園しました。
けれど・・・長男は相変わらずで、幼稚園にも行きたがらない。
着替えさせるのも壮大なパワーが必要で朝が来るたび超憂鬱!
泣いている我が子を幼稚園バスに投げ入れる!みたいな生活でした。
しかも、次男の出産と前後して、
夫が地元の団体に入ったのがまさにこの時期。
それまでの生活が一変し、帰ってくるのは毎日夜中、しかも土日も不在。
ワンオペなんて言葉がない時代に、
完全にそのスタイルを先取りしていた感じ!
子育てって、楽にならないんだなぁ、って思いました。
2人目が生まれて、大変さが“2倍”どころか、
“2乗”になっちゃった・・・って」。
この「お子さん二人」の時期が一番大変だったのだとか。
我が家も、7歳と5歳の姉妹の育児中なので、よくわかります。
子ども同士の歳が近い分、
「今頑張ればまとめて手を離れてくれるから楽だよ!」と言われても、
その真っただ中にいる当の本人にしてみれば、
その終わりを実感できるはずもない!
共感しながら耳を傾けていると、「でも―」と、
想像もつかない言葉が小春さんの口から飛び出しました。
「私、子どもが増えた方が、自分が自由になったの」。
え!?それってどういうことなんでしょう?
「私、自分は適当な人間だと思っていたのだけれど、
いざ子供を産んだら
『ちゃんと夕ご飯作らなきゃ』『夜は早く寝かせなくちゃ』って、
いいお母さんをしようとする真面目な根っこの部分が顔を出してきて。
子供を預けて夜に出かけたことだって、出産後はほぼゼロ。
だけど、三人目を産んだころから肩の力がスーッと抜けて。
『一晩くらい寝てくれなくてもいっか!』
っていう気分になれている自分がいたんです。
それは育児に対する慣れ、というのもあるかもしれないけれど、
それより自分の中の気持ちの変化が大きかったと今は思います。
長男、次男のころは、何かあった時に
『あのお母さんがしっかり見てないから!』って思われたらどうしよう、って
周りの目を気にしていたけれど、
三人産んだころから、自分を認めてあげられるようになりました。
『これだけの人数を毎日育ててるんだから、
もうそれだけで私十分頑張ってるよね!』って」。
子育ての大変さは、子どもの人数の足し算や引き算では語れない。
自分の余裕を生み出すために必要なのは、
「時間」をせっせと捻出することではなく、
勝手に心に描いた「お母さん像」を手放すということなのかもしれない―。
小春さんの言葉は、まさに目から鱗でした!
さて、具体的に、今は4人のお子さんの育児と仕事を
どうやって両立しているのでしょう?
「近くに住む義母をはじめとするサポートがあることはもちろんですが、
最近は、夫やこどもたちと皆で
育児と家事をシェアすることにトライし始めました。
平日は、学童を利用している小1の三男のお迎えを、小4の次男にお任せ。
その後、私が帰ってくるまでは育ち盛りの男子3人お腹がすくけれど、
朝のうちに簡単なものを作ってあるので、
それを温めて勝手に腹ごしらえしてくれています。
宿題や翌日の準備などはそれぞれの上の兄弟がチェックする役目。
保育園に通う長女のお迎えは、仕事帰りの夫の担当です。
日曜は夫が仕事なので子供たちのことは私が見ますが、
逆に私が店に出る土曜日は、
食事作りや買い物、こどもたちの通院なども
全部彼が引き受けてくれるようになりました。
私にもっと仕事をしてもらわないと!と夫が思ったのか、
夫自ら率先していろいろな体制を整えてくれて・・・
正直、今、育児に手がかかってなくてラクなんです」。
いや~、見事な家族全体の連携プレー!
ちなみに、いざ任せたものの、
「自分がやった方が早い!」ともどかしく思うことはないのか聞いてみると…
「家事ならまだしも、例えば子供自身に関することは、
私の問題ではなく、子ども自身のもの、と捉えています。
例えば、私は子どもの上履きは洗わない。
3歳の長女でさえも自分で洗うのが決まりです。
この前は次男が靴下に穴が開いたと持ってきましたが、
長男に『繕っておいて』ってお願いしました。
子どもは『えっ!?』って驚いていましたが、
『家庭科で習ったでしょう?何のために裁縫セット買ったの?』って」
と笑いながら答えてくれました。
やるかやらないかは、子ども自身に決めさせる。
できることは、責任をもって任せる。
笛木家の辿り着いた方法には、
家庭と両立しながら母親自身の在りたい毎日へと歩みをすすめるコツと共に、
「子ども=働き方に制約を加えるもの」と捉えない
家族の在り方の自由な解釈が溢れていました。
実は、今回のインタビューに答えてもらう中で、
「そのあたりの話は、改めて夜にでも時間を取りたいね!」と
小春さんが明るく笑い飛ばし語られずじまいだったシーンも何度かありました。
それほどに、語り切れない苦労や様々な悩みも抱えながら
これまでの日々を歩んできたのだと思います。
ところが、私だったら「突然女将だなんて、契約違反だ!」
「子どもがこんなにいるんだから、だれか手伝ってよ!」とでも
言いたくなるようなシチュエーションでも、
小春さんは自分から見える新たな風景を受け入れ、
一生懸命に前に進み、そうしてそこで咲いていました。
私はこれまで「一歩を踏み出す」ためには、
まず行く先に「自力」で旗を掲げ、
そこをまっすぐ見据えることが大切なのだと思っていましたが―
今いる場所からぐるりと辺りを見まわしてみれば、
既に私たちの周りに立てられた旗はたくさんあるのかもしれない。
その中から、自分なりの旗を選び取ることで
一歩を踏み出してもいいのかもしれない、と気づかされました。
手にする旗を立てたのが「自分」か、「他人」かは大した問題ではなく、
何より大切なのは「自分が選んだ旗」を愛し、楽しむこと。
目指し、手にした旗を「我が物」として愛でることさえ忘れなければ、
そこに向かっていま踏み出そうとするどんな「一歩」も、
自分らしい未来につながっているのですから。