子供が生まれて「お母さん」という役割が、自分の拠り所に。枦木百合子さん vol.3

 

「この人でよかったのかな?」「どうしてわかってくれないの?」
夫婦にまつわる物語を、本音で語ってもらうこのシリーズ。
主婦として2人の娘さんを育てる枦木百合子さんにお話を伺っています。

Vol,2では、まだ何者にもなっていなかった夫との結婚を決めた話を伺いました。

遠距離恋愛の時代、2〜3か月に一度は百合子さんは枦木さんに会いに上京していたそうです。
なのに……。
「カメラマンの方のアシスタントをしていて、忙しくて家にいないんです。
だからご飯を作って帰るだけ、という時もありました。
お弁当と保存食を冷蔵庫に詰め込んで。
私はそういうことが好きだったし、パパも喜んでくれたので」。

なんとなんと! 私だったらわざわざ飛行機で会いに行ったのに、
一緒に遊びに行けないなんて考えられません。
きっとプリプリ怒って拗ねてしまったと思います。
「してもらう」より「してあげる」ことに幸せを感じる。
百合子さんはそういう人なのだなあとわかるエピソードでした。

 

枦木さんが独立したのを機に結婚。
百合子さんは小児科のクリニックを辞めて上京。
東京でしばらく専業主婦をしていましたが、失業保険が切れた頃、看護婦のパートに出るように。
1年もたたないうちに、妊娠がわかり仕事を辞めたそうです。
「子供ができたら、仕事は辞めて専業主婦になる、と当たり前のように思っていました。
母が専業主婦だったので、自分の中のお母さん像が専業主婦だったんですよね」

たったひとりで上京し、周りには親戚や友達もいない状態で、
家の中でずっとひとりでいることはつらくなかったのでしょうか?

「ひとりでも、図書館で本を借りて読んだり、お菓子を作ったり、
そういうことで満足できるんです。
逆にパパの友達が家にご飯を食べにくると、疲れていました。
自分の友達でもないのに輪に入っていかないといけないし、業界も違うし……。
やっぱり職業柄、ヘアメイクさんとか、デザイナーさんとか特殊な職業の方が多かったんです。
外でご飯を食べる時にも『奥さんもどうぞ』って呼ばれてついて行ったりもしましたが、
もともと大人数でわ〜っと騒ぐのが苦手なタイプなので、萎縮してしまって。
今では苦手意識を持つこともなくなって、いろんな集まりを楽しめるようになったし、
あの頃出会った人とも、家族ぐるみのおつきあいができるようになったんですけど……」

 

 

 

そんな百合子さんの毎日がガラリと変わったのが出産してからです。
「花乃子ちゃんが生まれてくれて、自分の役割が『お母さん』だとわかったというか……。
自分の拠り所となりました。それでだいぶ楽になりましたね。
私には私の世界があるって思えたんです」

「生まれてくれて」という言葉の使い方に、百合子さんの思いが溢れているようでした。
ああ、この人は家族のことを愛しているのだな。
家族を愛することが百合子さんにとって自分を愛することにつながっているのだなと。

 

ここが、私とは決定的な違いでした。
私は事実婚として夫と共に生活をしているけれど、
「自分の人生は自分のため」とどこかで思っています。
ご飯を作ったり、部屋をこざっぱり整えたりはしても、
それは夫のためというよりは自分のため。
つまり、私にとっての夫婦の形は、個と個の組み合わせなのです。

だから、個としての私がいかにいろんなものを見て、知り、学び、自分を成長させるか、に一番興味がある……。
夫も夫で自分の世界を持ち、ふたりが互いに経験したものを持ち寄るのが家庭……というイメージです。

人にはいろいろな生き方があり、どんな道を選ぶかは人それぞれ。
でも、私と百合子さんの生き方はまったく別物だったとしても、
「あの人は私とは違うから」と、スルーしてしまうのはもったいないなと思うのです。
私は、百合子さんの私とは真逆な暮らし方から、
何かを学びたかった。違いの中から知ることが、きっとあるはずですから。

 

 

 

それにしても、マザー・テレサさんに憧れて苦労してせっかく看護師になったのに、
百合子さんは、その仕事をもっと極めたい、という思いはなかったのでしょうか?

「高校時代は、自分にとって大切な人がいなかったから、
漠然と『人のために』と思っていたけれど、
今は、パパや子供が私にとって『大切な人』なんです。だからそれで満足しちゃっているのかなあと思います」。

 

花乃子ちゃんが幼稚園に通っているときには、自分のことだけでいっぱいいっぱいで、
幼稚園の大変な仕事は先輩お母さんにお任せ。
日菜子ちゃんが通う今は、少し余裕ができて、文集係などを引き受けるようになったそう。
お子さんたちが大きくなってからも、働く予定はなく、
「『おうちの人』をやっていきたいですね」と笑う百合子さん。

「ご飯を作ったり、掃除をしたりもしますが、その合間に本や漫画を読んだり、
編み物や手芸をしたり。そういうことをやっていると1日はあっという間に終わるんです」。

夫の枦木さんは、カメラマンとして国内外を飛び回る日々。

「1日の出張だと『やった! 今夜はゆっくりしよう!』と思うんですけれど、
1週間いないとやっぱり寂しいですね。なんだか精神的に疲れちゃうんです。
やっとパパが帰ってくると『パパは帰ってきてくれるだけでいいんだな』って思います」と語ります。

それにしても、枦木さんは家事の手伝いは全くしてくれないのでしょうか?

「庭の掃除やお風呂掃除も時々やってくれます。でも、基本的に家事のお願いはしないですね。
それよりも子供と遊んでおいてほしいんです。
家事は自分がやればいいから。
昔は『お茶碗洗ってくれたらいいのに!』って思っていた時期もありました。
でも、言って洗ってくれても嬉しくない(笑)。
ちょっと違うよなあと感じ始めて。
だったら相手に求めない方が楽なんだなと最近思えるようになりました」。

それでも、どこの家庭にでもある「小さな不満」は当然枦木家にもあったよう。
次回は、そんなお話を伺います。

 

 

撮影/近藤沙菜


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