「お母さんになる」という決意  枦木百合子さん vol,4

 

「この人でよかったのかな?」「どうしてわかってくれないの?」
夫婦にまつわる物語を、本音で語ってもらうこのシリーズ。
主婦として2人の娘さんを育てる枦木百合子さんにお話を伺っています。
今回でいよいよ最終回です。

vol.3では、子供を産んでから「お母さん」であることが、自分の拠り所となった、というお話を伺いました。
それでも、夫への小さな不満は当然あったよう。

「たとえば、パパはキャンプがすごく好きなんですが、私は嫌いんです(笑)。
子供の頃からほとんど行ったことがなかったし、虫も嫌いだし、
外でご飯作らなくても、おうちでおいしいもの作った方がいい、って思っちゃうので。
でも、私がどんなに『嫌だ』と言っても、パパは行くんですよ。

でも譲歩してくれるところもあって、本当はあまり便利な道具は使いたくないんでしょうけど、
私が炭火で料理をするのは嫌がるから、ガスコンロを買ってくれたり……。
出かける前に、毎回不機嫌になって一悶着起こすよりも、
行って楽しむことを選んだ方がラクかなと考えました。

それで、私はキャンプで何を楽しめるだろう?  と考えて、
キャンプ料理の本を読んで、家でここまで下準備しておけば、
向こうでそんなに調理しなくてすむ、とか、そういう工夫をするようになりました。
昔は子供をおんぶしながら、なんで行かなくちゃいけないの!?って思っていましたけど」。

なんていい人なんでしょう?
私なら「行〜かない!」とプッと膨れて終わりかも。
喧嘩したりはしないのですか?と聞いてみると……。

「2〜3か月に1度はしますね。喧嘩といっても言い合うのではなく、お互い無言になる感じ……。
一番最近は、ホワイトデーをパパが忘れていたんです。
その日の朝に『今日はホワイトデーだよ〜』って教えてあげたのに(笑)。
でも手ぶらで帰ってきたんですよね。
『朝、言ったのに。何か買ってきてくれてもよかったのに』って言ったら、
「自分も仕事が大変だったんだから、そんなこと言われても困る」ってムッとされて。
そうするとお互い無言になるんですよね。
その日、ご飯を食べ終わった後に私から『ごめんね』とラインを送りました。
『私はお花屋さんでお花を買ってきて欲しいな』と買いたら、次の日買ってきてくれましたね」

 

専業主婦であっても、夫にもっといろんなことを要求する人はたくさんいるはずです。

「子育てで大変なのだから、茶碗ぐらい洗って欲しい」だったり、
「お風呂に入れてくれただけで助かる」だったり、
「夫婦の記念日は覚えていて当然」だったり。

百合子さんがそれを求めなかったのは、きっと「求めても自分の心が穏やかにならない」と知っていたから。
夫に何かを求めるのは、自分の不満を解決してハッピーになるためです。
でも、夫が「求めても応えてくれない」とわかると、
お願いする前より、ずっと悲しくなってしまいます。

そこをぶつかって解決する人もいるけれど、百合子さんが選んだのは、「自分を変える」ことでした。
目的は「自分のいうことを聞いてもらう」ではなく、
その先にある「ハッピーになること」です。
自分を変えてハッピーになれるとしたら、相手を変えなくてもいい。
百合子さんには、一歩先の幸せを見つめる伸びかやな視野があったのだなあと感じました。

「今が幸せですね」と百合子さんは言います。

「お母さんの方がむいているんだと思います。
看護師にも憧れたけれど、仕事をしてみて社会にもまれるのは苦手なんだなってわかったので。
いつかまた仕事をするとしたら、図書館でお話会のボランティアをするとか、そういう方が興味がありますね」

最後に私は、どうしても百合子さんに聞いてみたいことがありました。

それは、自分が成長している、ってどうやって感じるのか?ということです。

働いていると、次々に新しい経験と出会い、それをクリアするために頑張ります。
そのプロセスの中で、自分を成長させることができる……。
ずっと家にいるお母さんの場合、そんな自分の伸び代を伸ばす感覚は味わうことはできるものなのでしょうか?

すると、「成長していると思います」ときっぱりと言い切った百合子さんの言葉に、少し驚きました。

「社会に出ている人たちとは比べものにはならないぐらい些細なことかもしれないけれど、
幼稚園のお母さん同士の関わりの中で、学んだことは大きいと思いますね。
いちばん変わったのは『大変だけどやってみよう』という気持ちを持てるようになったことかな。
たとえば、今年担当したのは、幼稚園の文集作りでした。
構成やデザインを考えてイラストを描いたり。
でも、アルバム担当の方がもっと大変なんです。
行事ごとに写真をまとめなくちゃいけないし、
みんなに『写真を貸してください』って連絡しないといけないし。
面倒くさくて、みんなやりたがらないことも、『じゃあ、私がやってみるよ』と、苦なく言えるようになりましたね。すると周りにいるみんながすごく喜んでくれるんです。
『助かるよ〜!』って。
やらないのが悪いのではなくて、やらない人はやらないでいいし、やれる人がやればいい。
そういう形が楽しいなと実感しました。
仕事をバリバリやっているわけではないけれど、こんな小さなところで自分は成長しているなと感じます」。

 

お母さんという仕事は、お金に換算できません。幼稚園での役割もそう。
それはもしかしたら、仕事よりも難しいことなのかも。
「お金をもらっているのだから、これぐらいやって当たり前」というセオリーはそこに通用しないから。

みんなが「うちの子が通っている幼稚園だから」と手伝い、仕事を分担し、自分ができることをやる……。
そこにはお金がからまないからこそ、
人と人の信頼関係や、そこに喜びを見出す心のコントロールが必要なのだと思います。
百合子さんは、そんな人間関係の中で、自分を磨いていらっしゃるのだなあと理解しました。

さらにもうひとつ、聞きたかったのが、「夫の稼ぎを使う」ということについて。
自分の自由になるお金がない、ということは、不自由さはないのでしょうか?

すると「パパが『働いていないくせに』とは絶対に言わない人だから、
そういう後ろめたさみたいなものはまったくないですね」と百合子さんは軽やかに答えてくれました。

「欲しいものがあれば買っていい、と言われています。
最近ジャニーズのキングアンドプリンスにハマっているんですが、
ライブのDVDも買っていいよと言ってくれました。
舞台にも行かせてくれて、その日は子供たちを見ていてくれました(笑)。
以前、パパが友達とこんなふうに語っているのを聞いたんです。
私が子育てしながら働いても、月に10万程度ですよね。
それでクタクタになって帰ってこられて、家の空気が殺伐として、
『私も働いているんだから、家事をやってよ』なんて言われるんだったら、
私が働く10万円分を、僕がもっと頑張って稼いだ方がいいって。へ〜って思いました。
だったら堂々とパパのお金を使ってもいいのかなって」。

お金に対する意識は、夫婦の在り方から生まれているのだと実感しました。
妻はお金を稼いではこないけれど、妻にしかできないこと=お金では得られないことをやってくれる……。
夫にその意識がきちんと根付いていることが、妻を「お金」から開放するのかもしれません。

 

今、花乃子ちゃんが小学校5年生になって、新たな子育てでの悩みが出てきたそうです。
「成長するにつれて、いろんな難しさが出てくるので、たくさん本を読んでいます」と百合子さん。
そして、悩んだらすべて枦木さんに聞いてもらうのだとか。

「『私、これで合っているのかな?』と思うことは、
子供たちが寝たあとのふたりの時間に聞いてもらいます。
『それでいいんじゃない?』と言ってくれると、安心しますね。
他のママ友も話は聞いてくれるけれど、『そうだよね〜』で終わってしまう。
楽にはなるけれど、解決作は見つかりません。
『それでいい』と確信できることは、パパに背中を押してもらえるのがいちばんかもしれませんね」。

これからやってみたいことはありますか? と聞くと「ジョギングかな」と百合子さん。
「今までは、子育てが大変だから、と言い訳をして運動していなかったんです。
でも、そろそろできるかなと思って。
最初からジョギングは無理だろうからウォーキングから始めてみようと思います。
家族のために健康でいたいと思うので」。

百合子さんが教えてくれたのは、
何が自分に向いているかを自分でジャッジする強さだった気がします。
幸せな結婚ってなんだろう? 幸せな夫婦生活ってどんなもの?
そう考えるときに一番大事なのは、自分が結婚に何を求めるかを決める、ということなのかもしれません。
百合子さんが望んだのは、「お母さん」になること。
さらに、それが、夫が求めるものとぴたりと一致することで、
百合子さんの毎日がどっしりと安定しているように思えます。
枦木家の「ずっとお母さんがそこにいる」という幸せは、決して揺らがないのだと確信しました。

 

 

撮影/近藤沙菜

この連載をまとめた書籍「ムカついても、やっぱり夫婦で生きていく
絶賛発売中です!

「どうにもならなさ」が、夫婦で生きるといういことを、
面白くしているんじゃなかろうか? と思うようになりました。
自分と違う人間を自分の中に取り込むことで、
人生は太く奥深くなり、予想外の方向へと転がり出す……。
それが、ひとりでは得られない、共に生きるとおいうことの
味わいなのだと7人の方のジタバタが教えてくれた気がします。

「おわりに」より

 

 


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