人生の舵を切る力は、自然に生まれるもの。 山本智さん、綾子さん vol.5

 

 

一足早く新たな道を見つけた方に
新しい暮らし方、働き方についてお話を伺うこのコンテンツ。

私のインタビューなどの文字起こしを手伝ってもらっていて、
このサイトでも、以前「きときとノート」を書いてくれていた、あやちゃんこと山本綾子さんと
夫の智(さとる)さんをご紹介しています。

第4話では、築150年の古民家を中も見ないで購入した!というお話を伺いました。
いよいよ今回で最終回です。

智さんが会社を辞め、ふたりはこれからどうやって食べていく予定なのでしょうか?

「仕事はたくさんあるんです。
前の仕事で警備や防火管理をやっていたので、資格はいろいろ持っていて。
それを活用できるし、調べてみたら、そういう会社もたくさんありました」と智さん。

50代で再就職って、難しいこともあると思うんですが……。
マイナス思考の私は、ついそう聞きたくなってしまいます。

「仕事はね、いろいろありますよ。
どんな仕事でもよければ、食べていけるって思っています」と智さん。

 

あやちゃんは不安はないの? と聞いてみました。

「なんとかなるよね、って、なぜかそこは一致するんです。
今まで一番大きな支出が家賃で、
たぶん、半分以上は家賃のために働いていたんです。
私は、持ち家願望とか全然なかったんですが、
今こうして自分の家を手に入れてみたら、
家がある安心感ってすごいなって感じています。
本当にさっちゃんの仕事が見つからなくて困ったら、
私もパートに出ればいいので、なんとかなるだろうと思って」

 

 

あやちゃんは、移住後も文字起こしを続けながら、基本的には家にいる予定なのだとか。

智さんはこう語ります。

「このままのあやちゃんで、今のペースでいて欲しいですね。
天然っていうか、純粋じゃないですか?
仕事で無理をして欲しくないし、自分も家庭には仕事を持ち込みたくないから」。

ここで、私はとても聞きたかったことを質問してみました。

だったら「仕事」と「暮らし」は別だってことですか?
仕事にはやりがいはいらない?

「別って考えています。
以前会社で趣味はなんですか?って聞かれたとき、『奥さんです』って答えました(笑)
今も、趣味は奥さんと畑ですね」と智さん。

うわ〜! なんてこった!
ふたりはありのままのふたりで生きていければいい……。
その幸せの形の確かさに、私は自分が今まで求めてきたものはいったいなんだったんだろう?
と自分を振り返らざるを得ませんでした。
私ったら、いったい何が欲しかったのだろう?
今、何を求めているのだろう?
どうして私はずっと不安なんだろう?

 

 

「でも、喧嘩はするんですよ。
それはおかしい、って思うことに関しては、私も折れないので。
でも、この『家』っていう目標ができてからは、
いちいち小さなことで喧嘩している場合じゃないって感じるんです。
ときどきもやっとすることはあるけれど、
もっと大きな目標があるでしょ、っていう感じで、
結びつきは強くなったような気がします」とあやちゃん。

この取材の数日後、お二人ははとうとうこの家に引っ越しをしました。
まだ室内にテントを張ったままのキャンプ生活だけれど、
暮らしながらコツコツ家づくりを進めていくそう。

あやちゃんからは時々「やっとキッチンがついて、我が家に文明開化が起こりました〜」
など報告がきます。

今後は、お風呂を作り直し、部屋を整え、庭には畑を作って……。
裏庭には果樹を植えたいそう。

「きっと大丈夫だと思っています。どんな仕事でもやっていける自信はあるし」と智さん。
「私は、ただただ家でのんびり暮らせたらいいなって。本当にそれだけなんです」とあやちゃん。

 

 

無欲ですね〜、と言うと、あやちゃんからこんな答えが返ってきました。

「私たちは、自分たちがどう生きたいかってことに関しては、かえって貪欲だと思うんです。
だから、諦めないでここまで来れたかなって思います。
そっちじゃない、こっちにいきたいんだっていうのが強いから、
そういう部分では欲深いって思いますよ(笑)
よりよい方向へ行きたいとは思っているけれど、
それが外からどう見られたいとか、
そういうことじゃないと思うんです。
自分たちが豊かになるんだったら、収入が減ってもよしとできるというか……。
たぶん、一般的な右肩上がりの成長ラインじゃないんですよね、私たちが望んでいることは」

 

そう語るあやちゃんは、私が今まで知っているあやちゃんではないようでした。
強くて、しっかりしていて、凛と立つ……。
あやちゃん、すごい!

でも、それは、水が上から下へと流れるように、ごく自然なことだったよう。

「今回の取材のお話をいただいた時、さっちゃんが
『普通のことしか話せないけど大丈夫かな?』って言ったんです。
私はそれを聞いて『あ、それだよ、それでいいんだよ!』って言いました。
私たちは、移住を特別なこととは思っていなかったんです。
このタイミングでたまたま転職とか引っ越しを考えることになって、
その延長上に『あ、移住があった』って感じなんです。
だから、一大決心なんかじゃなくて……。
私たちも、今まで移住された方とか、地方で何かを始められた方を見てきて
『わあ〜、すごいな〜、決断したんだなあ』って感じていたんですが、
いざ自分ごとになってみたら、こんな自然に決まっていくものなんだな、って思っています」

 

 

何かが変わるとき……。
それは、劇的な出来事が起こるとか、
天命が降るとか、
ドラマティックな展開があるわけでなく、
「いつも」の中にある、「こっちの方がちょっといい」という思いが
少しずつ少しずつ積み重なって、やがて人生の舵をぐいと切る力になるのかもしれません。

「私はただただ家でのんびり暮らせればいいなって」。
あやちゃんのその一言が忘れられません。

私は長い間、仕事を頑張って、何者かになろうとしてジタバタしてきました。
でも、今、吉祥寺の古いこの家で、縁側のひだまりを見つめながらお茶を飲んでいれば
ああ、幸せだなあと思う……。
そんなお年頃になったなあと感じています。
そんな時間が、私よりずっと若いあやちゃんの長野での時間につながっているような気がしてきます。

長野は桜が咲いたでしょうか?
これから、またあやちゃんちに遊びに行くのが楽しみです。

撮影/近藤沙菜

 


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