目標は、喜びのかけらの集合体。溝口奈々さん vol.3

「はじめの一歩の踏み出し方。」 溝口奈々さん vol.3

 

「はじめの一歩の踏み出し方。」というテーマで連載をお送りしています。

これまで2回にわたってお話を伺っているのは、
埼玉県・さいたま市でカフェ「UP COFFEE」を営む溝口奈々さん。

Vol.2は、常にアクションを積み上げ自分の手でキャリアを描いてきた溝口さんが、
出産を経てついに現在のカフェの方向性にたどり着いたところまでを
お聞きしてきました。

 

さて、前職での勤務と並行しながら
自分がオーナーとなるカフェの物件探しをスタートした溝口さん。

ここで一つぜひ聞いてみたいことがありました。

自分の気持ちに正直に、しなやかな方向転換を続ける溝口さんですが…
今まで進んで来た道に潔くけじめをつけて、新たな道を歩き出すことは、
時として「逃げ」や「負け」とも捉えられてしまう可能性だってある。
それにも関わらず、溝口さんの選択はいつも前向きに感じられます。
新たな道を模索するとき、何か心がけていることはあるのでしょうか?

「そもそも、“これをやりたくないから別の道”ではなく、
“新たにやりたいことがあるからそちらへ進む”という選択をしている、というのが一つ。
それから、嫌な感情や経験しかない状態では、
物事を辞めないようにしています。
自分の成功体験を作り、いいところも感じた上で判断するんです」。

なんだか明確な判断基準!
もう少し詳しくお聞きしてみると―

「例えば、広報部署にいたときに、
“どうしてこういった商品に行きついたのか?”
“どうしてこういう仕事の進め方が必要なのか?”
それまでの私の価値観ではすんなり理解しにくいこともありました。
でも、私個人の先入観や第一印象で拒絶したり判断したりはせず、
“きちんと一度学ぼう”と。
自分が身を置くこの会社は世に知られた大きなブランドであるからこそ、
私の思い至らない意味や背景があるのかもしれない。
そこを自分からとことん知りにいくことで、新たに分かることや
私ならではの目線を活かせる部分が見つかるかも、と考えました。
そんな風にして、どんな環境においても投げやりになるのではなく、
真摯に向き合いながらできることを探して“成功体験”を作るんです」。

日頃、つい「できない」理由を探しがちなわたしたち。
でも、溝口さんのお話を聞くうちに、
「できない」「わからない」「したくない」という思いを“糧”にすることで
物事の本質に迫ったり、
自分だからこそ「できること」を見つけられたりすることが
できるのかもしれない、と気づかされました。

さらに溝口さんは続けます。

「そうやって、どんな環境にいても自分なりの“成功体験”を大切に育んで、
その場所でも“できること”や“感じられる喜び”を見つける。
その喜びをもってしても、
“新たにやりたい道”で感じられるであろう喜びが勝るなら
次の道に胸を張って進めると思うんです」。

 


こうして“母であるがこそ実現できるカフェ”という未来像に
それまで以上の喜びが待っていることを確信した溝口さんは、
ほどなくしてかつては事務所だった古びた16坪の物件に出会います。

「広報で培った経験を生かして、
ママとして自分が欲しかったカフェのスタイルを実現するために
お子様連れのファミリーがいるエリアという前提でリサーチしていました。
そこでこの物件に出会って・・・ピンときちゃったんです!
・・・夫には“目が腐ってるんじゃないのか!?”って言われましたけどね」。

こればかりは思わずご主人に共感!
地元に暮らす私も、かつての建物をよく知っていますが・・・
どこか薄暗くて物置のようにしか見えませんでした。

「でも私にはワァ~~!!っと目の前にイメージが現実として見えたんです
“ここなら私のやりたいことを全部を形にした理想のカフェができる!”って」。

窓の外に目をやりながらその風景を見つめる溝口さんの表情は、
その決断に間違いがなかったことを改めて確認するかのよう。

ところが、物件を契約したのは昨年の2月だといいます。
それはまさに、コロナ禍に突入した時期―。
「予感」でしかない物件を借りて開店準備を進めることに
不安はなかったのでしょうか?

「とにかく、この物件は逃せない、って思ったのが大きかったかな。
私、興味ややりたいことに対して、
“これだ!”ってスイッチが入るような瞬間があって―
それをスルーするわけにいかなかった。
夏ごろには世界がもっと落ち着くだろう、って
楽観視していたというのもあったけれど・・・
4月には退職することになっていたので、やるしかない、って思っていました」。

世界が戸惑う逆境の中でも、つねに腹を括って
自分の中感じるタイミングを信じながら前進する溝口さん。

踏み出すときに、「怖い」と思ったことはないのでしょうか?

「あまりない、ですね。“その先に喜びがある”って確信しているから」。

未来に対して、それだけの確信を持てるなんて!
その自信の根拠は一体どこにあるのでしょう?

 


淹れなおしたあたたかい紅茶のカップを両手で包みながら
溝口さんは、とっても嬉しそうにその秘密を教えてくれました。

「私の“目標”は、自分が嬉しくなる瞬間を寄せ集めて作られたものなんです」。

それまで「目標」という言葉には
希望と共に同居する、背中がシャンとするような緊張感を抱いていましたが―
溝口さんから語られた目標の育み方には、
なんとあたたかで柔らかな喜びが満ち溢れていることか!

溝口さんの言う「嬉しさを寄せ集める」とはどういうことか、
もっともっと聞いてみたくなりました。

「本当に小さなことでいいんですよ。
美穂さんのお子さんが絵やお手紙をもってきてくれるような、人とのつながり。
ご近所の方がここを居場所にしてくれる、地域とのつながり。
授乳中でお出かけも大変なママが、
ここの授乳室を使いながら身軽にお出かけできること。
そんな風に、自分が嬉しい、楽しい、笑顔になる瞬間が
いかにたくさん生まれるか?
そこにフォーカスして目標を描きます。
その上で、それを達成したときの姿を頭に描きながら行動していくんです。
そうすると、“失敗したらどうしよう”“人からどう見られるかな?”ってことも
全く気にならなくなります。
だって、その目標の先にあるのは自分の満足。
そこを目指す道のりも“満足に近づいている”という幸せそのものに感じられるんです」。

ビビり虫と共に生きる私は、
「やりたいことがわからないから」
「やりたいことが変わることがあるかもしれないから」
「目標を達成しようとすると逃げ場がなくなるから」と
“決める”ことを先延ばしにしたり
自分の中での期待値調整をしたりしていた気がします。

ところが、溝口さんの考え方に自分を重ねてみると―
「自分自身が感じてきた幸せ」をヒントに「未来の喜びを寄せ集め」て進む道のりには、
無理も苦しさもないことに、とても驚きました。

 


そんな風にして目標を描き続ける溝口さんが
一歩を踏み出し続ける勇気の大きな源となる
一つのエピソードをお話してくれました。

「幼いころから頻繁に行き来していて、
今や息子のことまで孫のようにかわいがってくれる伯父と伯母がいます。
昔、高校時代の留学で“頑張り続けなくちゃ”というプレッシャーに
私が押しつぶされそうになった時に伯母が言ってくれたんです。
“いつ帰ってきてもいいんだよ。
帰ってきたところで、あなたが夢を達成できなかったとは、誰も思わない。
自分が決めたようにやればいいんだよ”って。
そう聞いて、逆に “これで頑張れる”って思いました。
もし帰っても、誰もそんな風に思う人はいないんだから、って。
あの言葉は今も思い出すし、伯母は本当に特別な存在です」。

まるで有名な童話「北風と太陽」の太陽のような伯母さまのあたたかさ!
無償の優しさと愛情に心を優しく包まれながら
自分の足でもう一度立ち上がるまだ幼さの残る10代の溝口さんの姿を想像して、
私も思わず「大丈夫だよ!」とエールを送りたくなりました。

私たちは、何かを「成し遂げよう」「がんばろう」と思うほどに、
吹きすさぶ北風に立ち向かうかのように険しい顔をして
自分に厳しく、周囲の目にも敏感になりがちです。

でも―
たった一人でもきっとどこかにいてくれる優しい目で見守ってくれる存在と、
自らの足で歩む自分への誇り。
それさえ忘れなければ、
私たちが身にまとう「不安」や「恐れ」といった分厚いコートを脱ぎ棄てて、
大きな勇気がみなぎってくるのかもしれません。

溝口さんと叔母さまの話を聞くにつけ、
そんなあたたかな予感に胸が満たされました。

さて、次回はいよいよ溝口さんのインタビューの最終回。
「今後の目標」についてお聞きしていきます。


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