「ムカついても、やっぱり夫婦で生きていく 夫と機嫌よく暮らす知恵」(MdNコーポレーション)
という本を出してから、3か月ほどが経ちました。
読んでいただいたみなさま、本当にありがとうございます。
今年こそ、夫に優しくなろう!と決心した端から
プリプリ怒って、そんな自分に嫌気がさすワタクシ……。
いちばん身近な人に優しくすることが、こんなに難しいなんて、と愕然とします。
いちばんなんでも言えて、どんな自分も受け止めてくれるのが、
夫という存在、ってことなんだよなあとこっそり感謝する日々です。
「夫婦って、なあに?」というお話を伺うこのシリーズ。
今回は、山本祐布子さんです。
第一話では、結婚され夫である江口宏志さんとともに千葉に移住したお話を伺いました。
お子さんを産んで、祐布子さんの毎日にはどんな変化があったのでしょう?
「仕事は、やっぱり少しペースダウンしましたね。でもそれが自然だったというか……。
『子供が生まれたから仕事を減らします』と宣言したわけではなく、
なんとなく子育てに夢中になっていたら、なんとなく仕事も減って……。
美糸ちゃんを産んでから、どこかに預けるという選択肢はまったく考えていなかったので、
幼稚園に通うようになるまで、ずっと一緒にいました。いい子だったので、すごく楽しかったんです」。
当時江口さんは、「ユトレヒト」の経営のほかにも、「無印良品」のコスメの広告を作ったり、
コピーを書いたりと、超多忙な日々を送っていらしたそう。
「朝ごはんを食べて、『行ってきまーす』と出て行ったら、深夜まで帰ってきませんでした。
完全なワンオペでしたけど、私は家のことを夫にやってほしいと思ったことはないんです。
『私たちは正反対である』という悟りが、いいスタンスを生んでくれていたみたい(笑)。
常に違うことをやっていてほしいから、掃除や洗濯を一緒にやってくれ、とは思わないんですよね。
そして、私は家事が嫌いじゃないし、常々いろんなこだわりをもって、
掃除も洗濯も料理も楽しみながらできている……。
時々ちょっと大変だけど、『私は平日掃除をするから、週末はあなたがやってよ』とは、
一度も思ったことがないんです」ときっぱり。
きっと祐布子さんは、家事や子育てを「大変」だとは感じても「イヤなこと」とはカテゴライズしていないのです。
私は2〜3度、祐布子さんにご飯やスイーツを作っていただいたことがあります。
プチトマトとプラムのサラダ。かぼちゃのスープにはレモンを効かせて。
炊き込みご飯にはレモングラスを入れて、とその美しかったこと、おいしかったこと!
庭のハーブを摘んで、匂いをかいで即興で組み合わせる……。
そんな料理は、まるでデッサンを描いているようでした。
いつもの料理や掃除や洗濯も、祐布子さんのような目で見れば、「やらなくてはいけない家事」ではなくなって、
夫に対して「どうして手伝ってくれないのよ」と目くじらを立てることもなくなるのかもしれません。
5年前に、江口さんと祐布子さんは2人の娘さんを連れてドイツに旅立ちました。
その頃には、もう帰国後蒸溜所を開くということは決まっていたそうです。
「江口さんは基本的には「本の人」ではあったんですが、そのほかにも常にいろいろなことを考えていて、
その中のひとつに蒸留があった、という感じですね。
彼はその頃ちょっと自分の状況を変えたいと考え始めていたようで……。
自分ひとりが「行ってきます」と出かけて帰ってくるような生活に疑問を持ち始めていたよう。
家族ができたことで、今までの仕事に少しずれが生じて、
『家族と一緒に何かできることはないのか』って迷っていました。
そんな時にカチリとはまったのが、蒸留という技術にだったんだと思います」。
ドイツでの日々は、それは楽しかったそう。
ドイツの出版社「リボルバー」の代表クリストフ・ケラー氏は引退後田舎で蒸留酒を作っていました。
美しいボトルに詰められて、活版印刷のラベルを貼り、エディションナンバーを打ち、
まるで1冊の本のように仕上げられていたそう。
「私ももともとジャムを作ったり、ラッピングを考えるのが好きだったので、
ボトルのデザインやラベルを考えることにすごく興味があったんですよね。
なによりクリストフさんの世界観が素晴らしかったんです。
ドイツに行くことで、江口さんが『こういうことがやりたい』ということを丸ごと見せてもらった気がしました。
彼は醸造所を作りたいのではなくて、お酒を通して、プロダクトとしてのデザインや、
自然とのつながりや、家族との時間など、
いろいろなことが豊かに連鎖していく生活を作りたい、と思っているんだ。
そう知って私も納得した気がします」。
夫婦が互いに理解を深めるには、言葉を尽くして語り合うよりも、
同じ経験をともにするという方がずっと近道なのかもしれません。
今「mitosaya蒸溜所」の中で、江口さんはスタッフとともに蒸留酒を作り、
祐布子さんはお茶やジャム、シロップ作りを手掛けています。
「少し前は柑橘類、今はプラムや桃。どっさりと材料が届くので、季節と追いかけっこで作っている感じ。
たとえばプラムが100キロ届いて、そのうち10キロをジャムにするんですよ」と教えてくれました。
さらに「mitosaya蒸溜所」では、広大な敷地内を自由に散策しながら、
そこにある植物を手に取り、匂いをかぎ、
全身で自然を体験する、という「オープンデイ」を不定期に開催しています。
前回は季節の野菜とハーブを使ったサンドイッチランチをお出ししたのだとか。
新型コロナウィルス感染症対策で、来場者を減らしたそうですが、
それでも200名分を祐布子さんがひとりで作ったのだと言いますからびっくり!
ジャムやシロップを作るときには、季節の果物と園内のハーブとの組み合わせは即興で。
「植物の美しさにはっとしたり、味が決まったときに『やっぱり!』とガッツポーズをしたり。
それは楽しいですね。でも、何日までに終わらせなくちゃ、というリミットがあるから大変!」と祐布子さん。
そんな様子を伺いながら、ちょっと心配になりました。
祐布子さんは自分の仕事をちょっと横においておいて、江口さんの手伝いをされているのでしょうか?
今の祐布子さんにとって「絵を描く」ということは、どういう意味を持つのでしょう?
「自分の仕事に向き合う時間がない……と葛藤しながらやってきた時期もあるのですが、
最近ジャムやシロップを作ることも『私の表現だ』と思えるようになったんです。
絵を描くということは、鉛筆で線を弾いて色を塗ることだけじではない、と常々感じていました。
ここに暮らし始めて、果物の皮をむいてコトコトと煮ながら、
ボトルやラベルもすべて自分で手掛けるようになって……。
ここ1年ぐらいでやっと『これも自分の表現です』とちゃんと言えるようになったかなと思います」と祐布子さん。
夫の仕事を手伝ったり、子育てで時間を取られたり。
自分の仕事に自分自身を100%使うことができない……という悩みは、多くの女性が持つもの。
私には子供がいないので、子育てのために、強制的に仕事をシャットダウンしなくてはいけない、という経験がありません。
打ち合わせをしていても「お迎えの時間だから」と駆け足で去っていく同業者に手を振りながら
「大変だなあ」と思うこともしょっちゅう。
でも、反面とてもうらやましく思うのです。
昼間は編集者の顔で働いていても、夕方からはお迎えに行ってご飯を作って……と「お母さんの顔」になる。
仕事1本しかない私には、そうやって、2つの世界を行ったり来たりすることで、
1本ではすぐポキンと折れてしまう人生が、より太く強くなるように思えました。
まっすぐに自分の道を歩いていくのは簡単ですが、
自分の計画や予定になかった脇道に逸れることで、人生は彩りを増すのではないかと思います。
次回は、祐布子さんの「これから」についてお話を伺います。
撮影/近藤沙菜
この連載をまとめた書籍「ムカついても、やっぱり夫婦で生きていく」
絶賛発売中です!
「どうにもならなさ」が、夫婦で生きるといういことを、
面白くしているんじゃなかろうか? と思うようになりました。
自分と違う人間を自分の中に取り込むことで、
人生は太く奥深くなり、予想外の方向へと転がり出す……。
それが、ひとりでは得られない、共に生きるとおいうことの
味わいなのだと7人の方のジタバタが教えてくれた気がします。
「おわりに」より