夫の夢に、妻はついていけるのか? 山本祐布子さん vol.1

 

「ムカついても、やっぱり夫婦で生きていく 夫と機嫌よく暮らす知恵」(MdNコーポレーション)
という本を出してから、3か月ほどが経ちました。
読んでいただいたみなさま、本当にありがとうございます。

私はいまだに、夫にムカつくことも多く
今朝も喧嘩をしたばかり。
バスルームの窓を開けて、風を通し、カラリと乾かしたいワタクシ。
「寒いんだから、閉めた方がいい。季節に合わせて臨機応変に対応しないと」という夫。
夫が閉めれば、私が開ける、というバトルをずっと繰り返しております。(苦笑)

ふたりの意見がひとつになることはなく、
次々と「ムカつく」種が出てくるけれど、
せめて、なるべく早くいろんなことを忘れて、
「なかったこと」にして、笑顔で向き合えるようになりたいものだ、と最近考えています。

いろいろな方に、夫婦のお話を聞くこのシリーズ。
今回からは、イラストレーターの山本祐布子さんです。

 

 

祐布子さんと初めて会ったのは、「暮らしのおへそ」の取材でした。
私は、植物や果物、そして暮らし周りの道具などを描いた祐布子さんの絵が大好きです。
どこか日本画のようで、しんと静か。凛として強いんだけれど、優雅で柔らかい……。

「暮らしのおへそ」別冊の「おへその旅」という本では、
「ブルートレインに乗って、洞爺湖にパンを買いに行く」という企画で、
一緒に夜汽車に乗って旅に出たこともあります。
祐布子さんが、独自の視点で本をセレクトした、
あの伝説の本屋「ユトレヒト」を営んでいた江口宏志さんと結婚する、
と聞いたのは、洞爺湖から帰ってすぐでした。

 

さらに月日は経ち、おふたりが千葉県へ移住し、
ボタニカルブランデーを作るための蒸留所を始めるらしいと耳にしました。
環境も仕事も変わり、さぞかしおへそ=習慣も変わっているだろうと、
再度「暮らしのおへそ」で取材をお願いしたのが4年前のことです。

房総半島のほぼ中央に位置する千葉県夷隅郡大多喜町にある、閉園した薬草園を借り受け
「mitosaya薬草園蒸留所」をオープンさせた江口さんと祐布子さん。
もともとあった薬草園の施設を改修し、敷地内で栽培している植物と、
縁あってつながった日本全国の優れた果物を原料に蒸留酒やジャム、シロップ、お茶などを作っています。

私が訪ねた時には、まだ準備を始めたばかりの頃で、古い施設の改修が少しずつ始まっていました。
ご家族が寝起きをしていたのは、まるで学校の宿直室のような和室。
当時長女の美糸ちゃんは6歳。次女の紗也ちゃんは4歳。
小さな子供を抱え、住環境も整っていない場所で、
毎日がキャンプ生活のような日々を送ることは大変だったに違いありません。

自然に囲まれた生活は素敵だったけれど、祐布子さん、大丈夫かな?とちらりと思ったのでした。

 

本屋を営んでいると思っていた夫が、
ある日突然「日本初のボタニカルブランデーの蒸溜所をつくるぞ!」
と言い出したら、私だったらいったいどうするだろう?

うまくいくかどうかはわからない夫の夢にかけ、一緒に歩み出すってどんな気分なんだろう?
そんなことを考えながら、今回のインタビューをお願いしました。

久しぶりにたずねた「mitosaya薬草園蒸留所」は美しく整い、立派な醸造設備が完成していました。
元研修棟の2階が、素敵なお住まいに。今の生活について伺う前に、
まずは結婚当初のお話を聞いてみることにしました。

「どうして江口さんと結婚しようと決めたのですか?」と質問してみると……。
「本当にあれよあれよという間に進んでいって、あんまり記憶にないんです。覚えているのは、
『結婚式をやろう! どうせなら、楽しいことを企画しよう!』
という江口さんにどんどん巻き込まれていったことだけ。
今思えば、あれがプロローグだったなあって思います」と笑いながら教えてくれました。

中目黒の公園を借りて、ケータリングを頼み、手作りで素敵なガーデンウエディングをされたおふたり。
「周囲は草ボーボーだったんですが、そこにイケアで買ったテーブルを並べました。
私はドレスを家から着て行って、最後の仕上げだけ公園内のトイレでしたんです」と祐布子さん。
何かを始める時の発案者はいつも江口さんなのだそうです。
「それはちょっと……」と思うことはないのでしょうか?

「ありますよ〜。だいたい私はいつもそこから入るんです。
私は江口さんと対局の視点を持っていて、常にネガティブから入るんです。

『それ、本当にできるの?』って。
たぶん私も『面白いのはわかるよ』って思っているんだと思います、
でも、同時に『それ、面白いけど、現実的にはどうなの?』という頭もあって……。
なのに、なぜか気がついたら巻き込まれて一緒に走り始めているんですよね〜。
ひとつひとつ目の前の問題をクリアしていけば、なんとか理想の形になっていくんです」。

 

そもそも結婚されるとき、祐布子さんは江口さんのどこに惹かれたのでしょうか?

「う〜ん、なんだったんだろう? いつも思うのは、『私たちって、本当に違うよね』ってことです。
180度違うと思っているから。
江口さんと私って、もちろん助け合ってはいるんですけど、
支え合うとか寄りかかるとか、そういう感じの関係ではないんです。
だから『自分は自分で生きていかなくちゃいけない』って常に思っていました」と教えてくれました。

どうやら祐布子さんが男性に求めることの中には
「引っ張っていってくれる」「頼りになる」という項目は入っていなかったよう。

「私は最初からフリーランスとして仕事を始めたので、
何かに属し、誰かに世話をしてもらうっていう意識がまったくなかったんです。
江口さんと出会った時には、仕事を始めて10年が経っていたし、
結婚してお嫁さんになるとか、誰かの奥さんになる、っていう気持ちが薄かったのだと思います」。

なんて強い独立心の持ち主なんだろう! と驚きました。
私も同じフリーランスだけれど、心のどこかにいつも
「誰かに養ってもらったら、もっとラクなのに」とか
「守ってもらって安心したい」という思いがあったように思います。

「こうだったらいいなあ」と口に出すことと、
本当に望んでいることは、意外に違っていたりします。

そして、自分の本心に気づかないと、
夫に望むことがいったい何なのかさえわからなくなります。

得てして陥りやすいのが、私のような「守ってほしい願望」。
でも、冷静に分析してみると、本当に守ってもらいたい、
と思っているかどうかは、はなはだ疑わしいのかもしれません。

偽物の「守ってほしい」という願望は、「自分が自分であること」を妨げます。
ラクする方に流されて、自分の伸び代を自分で制限してしまう……。
多くの女性は、きっと意外に強いのです。
「守ってもらいたいって、ほんと?」と自分の胸の奥に問いかけることは、
夫婦の在り方を見直すきっかけになりそうです。

次回は、出産後の仕事と暮らしについて伺います。

 

 

撮影/近藤沙菜

 

 

この連載をまとめた書籍「ムカついても、やっぱり夫婦で生きていく
絶賛発売中です!

「どうにもならなさ」が、夫婦で生きるといういことを、
面白くしているんじゃなかろうか? と思うようになりました。
自分と違う人間を自分の中に取り込むことで、
人生は太く奥深くなり、予想外の方向へと転がり出す……。
それが、ひとりでは得られない、共に生きるとおいうことの
味わいなのだと7人の方のジタバタが教えてくれた気がします。

「おわりに」より

 

 

 


特集・連載一覧へ