パン屋「ダンディゾン」「ギャラリーフェブ 」オーナー引田ターセンさんNo4

img_0369

吉祥寺で、パン屋「ダンディゾン」と「ギャラリーフェブ」
を営む引田ターセンさん。
かつては、IT企業で働くモーレツビジネスマンでした。
そんなターセンさんに、
夢を実現するための、ビジネスの基礎について伺っています。

前回は、ビジネスにおけるコミュニケーションについて
お話を伺いました。

最終回は「人を使う」ということについて。
ターセンさんの場合、
多くの部下をかかえ、その人たちの能力を
いかに伸ばし、役立てるか……が、
仕事を潤滑に進めていく上で欠かせないミッションでした。
でも、「人の使い方」は、
部下との関係性だけではありません。
何かを成し遂げるには、
周りにいる人の力を借りることが必須。
ひとりで頑張るより、
人の力を上手に使う方が、
はるかに大きな成果をあげることができます。

ターセンさん:
人の力を上手に使うためにはね、
相手のいうことをひたすら聞くことが大事。
僕は、今、カーリンのいうことをひたすら聞きますよ(笑)

IBM時代から今も、
スタッフ全員にインタビューをしています。
まずは、紙に「自分のよかったこと」「いやだったこと」「これやからやりたいこと」を書いてもらいます。
半年前に書いた紙を見ながら、インタビューをして、
次のプランを書く。
そうやって聞いていると、
前言っていたことと、違うことを言い出すスタッフが出てきます。
「何があったの?」と聞くて
「実は、転職したいんです・・」なんて本音が出てきたりします。

これ、なかなか面倒臭いですよ〜。
でもね、一度言って吐き出したら、
不満の7割は消えるんです。
面倒臭いけど、「書く」。
面倒臭いけど、「聞く」。
これが大事だね。

そして、ターセンさんが、
何より大事にしているのが「グッドセパレート」。
やめていくスタッフがいれば、
その人が幸せになるための中身をとことん考えるのだと言います。

ターセンさん:
どんな理由で辞めるにしても、
その人が幸せになるための方法を、一緒になってとことん考えます。
時には、その場で電話をとって、
就職先を紹介したり……。
僕は、「日本オラクル」のときも、
すごい人数の首を切りましたけど、
誰にも恨まれていない自信がありますよ。

本当にその人のことを思ったらきついことも言えます。
その人にとって、うちの会社にいても能力が生かせないなら
「他の会社に移った方がきっといいよ」
と心からいう。

だから、辞めて久しぶりに会った人に
「あのとき、引田さんの言われたとおり、やめてよかった」
と握手を求められたりするんです。

実は昨年、「ダンディゾン」がオープン当初から
パン作りを任していたシェフが辞めることになりました。

ターセンさん:
辞める日に向けて、スキル計画表を作って、と言いました。
5人いる残りのスタッフのスキルを分野別に書き出すんです。
名前を書いて、成型など、パン作りのスキルが、
どの分野が「1」でどれが「5」なのか、
分類して表に書き出してもらいました。
その上で、「1」だった人を「4」にする、
など、いつまでに、何を教えるかの計画表を作ってもらったんです。
スタッフたちは喜びましたよ。
だって、シェフが個々の目標に向かって全力で教えてくれるんですから。

彼がやめた後、シェフとスーシェフは作らないと決めました。
チーム・ダンディゾンといって、皆がひとつになって、

5人で役割分担することにしたんです。
そのためにも、
チームの中で自分がどんな役割を果たすのか
ひとりひとりのメンバーが考えなくちゃいけない。
これって、とても大事なこと。
それを考えないと、人って
できないことを一生懸命やっちゃうんです。
そうすると疲れるし、鬱になる……。

やれることはやって、
やれないことは、あの人に頼む。
その分担が大事。

私は、フリーライターなので、
どうしても「ひとりで頑張る」クセがついています。
誰かに頼むなんて面倒だし、
自分でやっちゃったほうが早い……と。
でも、それは大きな勘違い。
自分の力なんて、ほんのちっぽけなもの。
そう自覚することから、ものごとは始まるのかもしれません。
周りにいるあの人の得意なことと、この人の得意なこと
を足し算したら、
もっともっと素晴らしい世界が広がるかもしれないのですから……。

「日本オラクル」を上場させ、ターセンさんは50歳で
会社を辞めました。
そうして、カーリンさんと一緒に「ダンディゾン」と
「ギャラリーフェブ」をオープンさせたという訳です。

ターセンさん:
会社員時代も、そして今も
常に今、いちばん最初にしなくちゃいけないことは何かな?
と考えます。
僕にとっての今の人生の優先順位のいちばんはカーリンです。
彼女はすごいよ〜(笑)
判断力といい、センスといい……。
絶対食感があるし、
周りの人が幸せか、いつも気配りするし、
ギャラリーを始めたら商才だってある。
僕はもう勝てないね(笑)

そう言って笑うターセンさんに、
50歳という若さで会社をやめたとき、
心残りはなかったのか、と聞いてみました。

ターセンさん;
まったくないね。
やりきったし、楽しかった。
大きな失敗をしたこともあるし、
うまくいかなかったこともある。
何度も辞めさせられそうになったし。
でも、つらかったことは一度もないね。

そして最後にこう教えてくれました。
ビジネスにおいて、営業力とは正直であることだと。
手練手菅は必要なし。
真剣に相手のことを考えることが第一。
相手が、それが自分にとって本当に必要だ、と
思えば、必ず買ってくれるもの……。

ターセンさん:
自分を磨いて、相手の立場に立って、
真剣に提案すれば、必ず売れます。
それは、パンでもコンピューターでも何でも同じ。

そして、大事なのはなにがあっても逃げないこと。
何かトラブルが起きたら、必ず真摯に向き合う。
そうすると、信頼を勝ち取ることができます。

さらに同業他社の悪口は言わない。

この3つさえ守れば、うまくいく。
ね、簡単でしょう?
でも、簡単だけど難しいんだよ。

 

「ターセンさんのビジネスのお話を聞かせていただきたいんです」。
と今回お願いをしました。
「好きなことをやり続けるためには、それがきちんと価値を生み出し、
お金を生まなくてはいけない……。
そのためには、何をすればいいのか。どんな方法があるのか。
それを教えていただきたいんです」と。

そして、ターセンさんは
ビジネスの「ビ」の字も知らない私に
本当に丁寧にご自身の体験とともに
大事なことを教えてくださいました。

 

 

営業力とは正直であること。
真剣に相手のことを考えれば、必ず売れる。

 

 

最後にたどりついた結論に
私はなんだか感動してしまいました。

ビジネスと聞くと
誰かを出し抜いて、
いかにひとり勝ちするか……
みたいなイメージだったから。

ビジネスの本質は
「競争」ではなく「共存」なのかも。
そんなことを考えました。
誰かと一緒にハッピーになること……。

 

そのヒントは、ビジネスに限らず
すべてのことに通じているようにも思えます。

「これがやりたい」
と思う時、そこには、必ず他者が関わってきます。
たとえば、私なら
「こんな本が作りたい」
と思えば、
編集者、カメラマン、その他たくさんのスタッフがいて
さらには、その本を買ってくださる読者がいる……。
その人たち、みんながハッピーになる方法って何だろう?
そう考えるってこと。

 

たとえば、お母さんが
仕事と家事を両立させたい、と思えば
子供がいて、夫がいて、
保育園の先生がいて、ママ友がいる……。
そのみんながハッピーになる方法ってなんだろう?
と考えるってこと。

 

たとえば、手作りの小物を売りたいと思えば、
売ってくださるお店があったり、
HPを作ってくれる人がいたり、
それを買ってくれるお客様がいる。
そのみんながハッピーになるには……。
と考える……。

そうやって考えて「ビジョン」を立てる。

何かを実現するスキルは、
もちろん、細かなノウハウはあるけれど、
自分の中に眠っているモヤモヤとした
形にならない想いを
いったい私はなにがやりたいんだ?
と問うて、考えて、
その形を自分で掘り出すことから始まる……。

 

ターセンさんのお話を聞いて、

やっぱり「ビジネス」って面白い!と
ワクワクしたのでした。


特集・連載一覧へ