ちゃんと怒れる人になりたい!と思ったけれど……。

今日は雨上がりの中、水たまりを避けながらウォーキングへ。
どこかのお宅の生垣の隙間から、真っ白な沈丁花が顔を出していました。
少し前に、つぼみが開き始めたと思ったら、あっという間に満開です。

みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
花粉症で大変な思いをしている方も多いのでは?
私は、それほどひどくはないのですが、
疲れてくる夕方あたりから、くしゃみや鼻水が出る…という傾向があります。

漢方薬「小青竜湯」を飲むと、少しましになる気がします。
花粉症の薬は強いから、ぼ〜っとしたり、倦怠感が出るようですが、
漢方薬にはその副作用がないのがいいところ。

 

さて………。
最近、自分の「感情」ということをよく考えます。
私は気にしいで、人によく思われたい、という思いが強いので、
ずっと自分の「感情」を、なるべく出さないように、
喜怒哀楽の波を人に見せないように生きてきました。

でも……。
そろそろ解放してあげてもいいんじゃないか。
自分のお腹で感じたままに、行動したっていいんじゃないか。
と思うようになってきました。

なのに、ずっと封印してきたからこそ、
それをどう出せばいいのかわからなくなっていました。

特に難しいのが「怒る」という感情……。
たとえば、人に対してムカついても、
めったなことでは、外に出しません。
そこで「どうしてそうなるんですか!!」と怒りをちゃんと外に出せたら、
その怒りにピリオドが打てる気がするのに、
ぐっと呑み込んでしまうから、
怒りがぐるぐると渦巻いて、
「あの人にあんなことされたし」といつまでたっても恨んで、
仲良くできなくなってしまう……。

ちゃんと「怒れる人」になるには、どうしたらいいんだろう?
と考えていました。

そもそも、どうして怒れないのか?
たとえば、誰かが不当な扱いを受けていたら、それに対してはちゃんと怒ることができるのです。
取材する人に「ちゃんとご挨拶の連絡をしておいてね」と言ったのに、
まったく連絡していなかったら、「ちゃんとしなくちゃダメじゃん!」と怒る。
イベントに出店してくれた方々に、スタッフが失礼な態度を取ったら、
「それはちょっと」と怒ることができます。
つまり、人のためならちゃんと怒ることができる……。

ところが、それが自分のこととなるととたんに怒ることができなくなります。
その理由は、自分でわかっているのです。

私は「こんなことで怒る私ってどうよ……」と思っているから。

私がむかつく時の理由は、大抵が相手からのリスペクトが感じられないときだったり、
自分が大事にされていない、と感じる時です。

たとえば……。
「一田さんのために企画を考えたので一緒にやりませんか?」
と声をかけられたとします。
「それには、どんなことができますか?」と聞かれて
あれこれ提案したのに、
「あの企画、上に通らなかったんです。ごめんなさい」
と言われる。
それだけならいいのです。でも、その後平気な顔で
「これから、どんなコンテンツがいいと思います?」と聞かれたら、ムカっとする。
この人「私のために企画を」と言いながら、
私のことなんて、ど〜でもよくて、自分がいい企画をあげることしか
考えていないな……。
と感じたとたん、自分が大事にされていないんだと理解して、怒りたくなるのです。

でも、それってなんだか自分のプライドのための怒りのような気がして、
「こんなことで怒る私って、なんだかちっちゃいよな」
と思ってしまう。
でも、心の中では怒りがふつふつしている……。
そのジレンマにイライラしてしまう、というわけです。

紫色の木蓮も咲き始めました。

そんな時、先日もちょっと紹介した勝間和代さんのサポートメールで、
「感情」についてこんな言葉が綴られていてはっとしました。

「感情とは、自分の外側にある出来ごとに対する反応ではなく、
私たちの脳が、身体の状態である内部データを説明するために、
作り出した予測にすぎない」

「脳は、経験というデータベースから、勝手に感情のタグを貼り付けているだけ」

なるほど〜。
つまり、私たちは、起こったことに対して、喜んだり、悲しんだり、怒ったり
しているように見えるけれど、
実は、その「起こったこと」を過去の自分の経験に照らし合わせて
「これは喜び」「これは悲しみ」「これは怒り」
とラベリングしているというわけ。

されに勝間さんはこう書かれています。

「感情に正確な名前、つまりラベルをつけると、
脳の前頭前野が働きはじめ、扁桃体の膿そうが止まる」。

そっか。
自分の経験に照らし合わせて、感情のラベルを貼り付けているんだとしたら、
そのラベルって、自分で張り替えることができるんだ……。

このことは、私にとって大きな驚きでした。
つまり、「こんなことに腹立つ!」
という思いも、「それ、全然平気だよ」と理解すれば、
腹が立たなくなるってこと。

私より、自分の企画力を重視したあの人に対しても
「そっか、若いからまだまだ仕事で認められていかなくちゃいけないんだよな。
そのあせり、私も若い頃あったなあ。
だったら、私の経験が、ちょっとヒントになればそれでいいか」
とラベルを貼り直すことができる、というわけです。

最後に勝間さんはこう書いていらっしゃいました。

「感情は人生を彩るためには大切ですが、
意思決定のコックピットに座らせてはいけません。
コックピットには、常に理性と整えられた身体に操作してもらいましょう」。

週末、夫とイタリアンレストランへランチへ。アボガドとエビのピザ、おいしかったなあ〜

素直に喜んだり、怒ったり、自分の感情を大切にしたい、
と思ったけれど、
もしかしたら、私の喜怒哀楽は、今までのいろんな経験の繰り返しによって、
刷り込まれたものに過ぎないのかもしれない……。

まずは、そんな過去を手放して、自分から一歩離れることで、
自分の感情のクセを見直してみることからなのかもしれないなあ〜。

自分の感情と上手につきあうって、難しい……。
でも、それを俯瞰で見て、どういうことなのか、分解して理解していくプロセスは
面白いなあと思ったのでした。

みなさんは、どんな時に怒りますか?

今日もいい1日を。


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