テレビの音と両親のおしゃべりの声に、シアワセを思う。

取材で大阪に来て、実家に泊まっています。
昨日は、私がOLの頃通っていた会社から徒歩10分ぐらいの場所で撮影。
すっかり街は様相が変わってしまったけれど、
古いビルはまだ残っていたり、
懐かしい通りの名前に
「ああ、ここを手形を受け取りに行ったなあ」
「旅行会社に、営業担当の出張のための切符を受け取りに行ったなあ」
と懐かしくなりました。

ボディコンの服を着て、髪の毛はソバージュに。
派手なメイクをして、会社が終わるとディスコへ。
なのに「なんだか違うんだよなあ」と思っていたワタシ。
でも、当時は当時で楽しかったなあ〜。
もっと、毎日を楽しめばよかったなあと
今になって思います。

仕事を終え、実家に帰って母の作ってくれた夕飯を食べて両親とおしゃべり。
私は普段は、10時にはお風呂に入るのに、
ふたりとも宵っぱりで、11時近くまでテレビを見ながら
あれこれしゃべります。

私は眠い目を擦りながらつきあって、
やっと11時すぎにお風呂に入ってあがってみると……。
父と母がリビングで、あれこれしゃべる声が聞こえてきました。
これから髪の毛を乾かそうと洗面所にいた私は
向こうの部屋から聞こえるふたりの声に
ああ、毎日こうやってこの時間まで話しているのだなあと
なんだかしんみりしてしまいました。

両親のなんでもない日常を、
ちょっと外側から見せてもらった感じ……。
こうやって、父と母が語り合う声を聞くことができて、
幸せだなあと思ったのでした。

きっとふたりにとっては、毎日の中の当たり前の時間なのだけれど、
その当たり前こそが尊い……。
こうして、毎晩12時近くまで、
ぺちゃくちゃおしゃべりしながら、
父と母は何十年もこの家で暮らしてきたのだなあ。
その繰り返しを「シアワセ」と呼ぶのだなあと思ったのでした。

「シアワセ」というものは、「どこか」ではなく「ココ」にあるのだと、
あのOL時代の私に教えてあげたいです。

実家では、仕事がまったくはかどりません。
原稿を1本書こうと思っていたのだけれど、
夕飯の後は母の片付けを手伝うし、
片付けが終わったら、父の話し相手になり、
そうこうしていたら、
「ベッドのシーツを変えるのを手伝って」と言われたり
「マキタの掃除機のバッテリーがすぐ切れるのよ」と言われて
取り替えようをamazonでポチったり。
あっという間に時間が過ぎてしまいます。

「せっかく実家に帰ってきたのだから、
両親との時間を優先させよう」と思うから、
仕事ができなくても「ま、いいか」と思えるけれど、
これが、ず〜っと一緒に暮らしていたとしたら、
両親との時間と、自分の時間をきちんと区別して、
「私は私」に戻れる時間を確保することは、
結構難しいだろうなあ〜と思ってしまいました。

ご両親と同居していらっしゃる方は、きっとこのあたりが
大変なのだろうなあ。

このブログを書き終わったら、
両親がまだ寝ている間に、少し原稿に取り掛かろうと思います!

両親のことを書いた「父のコートと母の杖」も
あと少しで発売。
実は、「結構いろんなことを書いちゃったし、
『若い頃は父が嫌いだった』なんて、書いちゃったけれど、
そんなふたりがいてくれることに
今はすごく感謝してるって、最後には書いたから許してね」
という内容の手紙を書いて、先週末に投函したのでした。
だから今回、ドキドキして帰ってきたのだけれど、
どうやらまだ届いていない模様……。
連休中に投函したからかなあ〜。

今日ぐらいに、私が東京に戻るのと入れ違いに届くのかもしれません。

amazonでは、編集担当のウメダさんが、内容をダイジェストで
まとめてくれています。
よかったら見てみてくださいね〜。

さ、子供の頃からずっと変わらない、トーストと牛乳コーヒーの
朝ごはんを食べて、私は東京に戻ります。

みなさま、今日もいい1日を。


一田憲子ブログ「日々のこと」一覧へ