やめてラクすることと、手間を楽しむことはどう違う?

 

東京は、すとんと涼しくなりました。
三連休、みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

能登地方の水害の様子には、胸が痛みます……。

さて……。
先日、アマゾンプライムで、平野啓一郎さん原作の「ある男」という映画を見ました。
夫だと思っていた人が、実はまったくの別人だった……というおはなし。

小さな文房具店を営む妻を安藤サクラさんが。
そこに通ってくるお客さんで、やがて夫となる人を窪田正孝さんが、
夫のことを調べる弁護士を妻夫木聡さんが演じます。

朝ドラ「エール」を見てから、窪田さんに興味を持っていたワタクシ。
この「ある男」 では、「夫」が昔ボクシングジムに所属していた、という設定で
ボクシングシーンが出てきます。
「そうそう、そうだった!」と思い出したことがありました。
窪田さんといえば、その後に公開された「春に散る」でも壮絶なボクシングシーンがあり、
役作りのためにボクシングジムに通っていることを知りました。
あまりに熱心に通いすぎて、骨折したことがニュースにもなっていたなあ。

でも……。
窪田さんは主役ではないのです。
なのに……。
本気でジムに通い、ボクシングを身につけようとする……。
すごいなあ〜。

私は仕事のために、
何かを体験して、自分の体で理解する、ということを
やったことがあっただろうか……?

このごろ「ラクをする」ということと、「楽しむ」ということは
どう違うのだろう?
と考えるようになりました。

歳をとって体力がなくなり、どんどん「やめること」が増えてきました。
少しでも自分がラクになるように。
無理をしないように。
ご機嫌で過ごせるように。

でも……。
今いちばん大切なことはなんだろう?と考えたとき、
かつては、「仕事で認められること」だったけれど、
今は、「夫と『おいしいねえ〜』と自宅でご飯を食べること」だと思うようになりました。
だったら、その「おいしい時間」を作るために、
多少の手間を費やしたいなあと思うのです。

忙しくて、帰りが遅くなって、ご飯を作るのが面倒くさい……
と思うけれど、
お弁当を買って帰るとラクなことはわかっているんだけれど、
やっぱり、焼きたて、炒めたて、茹でたての、暖かいものを食べたい、
と、自分を励まして、簡単なものを作ります。
そうすると、「やっぱり作ってよかったなあ」と体まで元気になれる気がします。

昨日の我が家の晩御飯は、久しぶりの揚げ物=アジフライでした。
タルタルソースを作るのは面倒だから、ソースでいいか……
と思ったけれど、
「この、家で食べる時間が大事だったんだよなあ〜」
と思い出し、卵を茹でてらっきょうを刻んで、お手軽タルタルを作りました。
揚げたてフライにのせて食べると、「うんまい〜!」

掃除も面倒だけれど、
さっぱりと雑巾で拭き上げた後の部屋は清々しいし、
お風呂掃除をしてピカピカにすると、
お湯を張って「はあ〜」と浸かるときの心持ちが変わってきます。

よく、とってもマメな人が、キャンプに行くときに
あれこれ準備を整える様子を見るけれど、
あんなふうに、手間暇かけるからこそ、楽しめることがある……。

先日コンポートを作ることをやめて、
冷凍のベリーを買うようになった、と書きました。

今の私は、この「やめること」と「手をかけること」のバランスを計算中のような気がしています。

もしかして、いろんなことをやめて、
1日に「やらなければならない」ことの数を減らすからこそ、
余裕が生まれ
「手間」を「楽しい」と感じる心のゆとりが生まれるのかもしれません。

だとすれば、「やめること」と「手をかけて楽しむこと」は
ワンセットなのかも!

そして、「手間」の向こう側に、どんな時間が待っているかを
たくさん知っておくことも、
自分にエンジンをかけるコツなのかもしれません。
タルタルソースがおいしいということを、
自宅で作った餃子がおいしいということを知っていえれば、
手間が億劫ではなくなります。

目指すは、ラクして、手間を楽しむ毎日!
そのためには、何をして、何をしないか、
そんな足し算引き算の練習をしばらく続けてみたいと思います。

みなさま、今日もいい1日を。


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