「それ」にかかる時間、必要な時間を否定しない。

梅雨ならではの、湿気が多いじめっとした日が続きますね。
それでも、植物にはこの湿度がちょうどいいようで、
緑がもりもりと育って元気なこと!

ウオーキング途中の草花も、ぐいぐいと伸びて、
眺めながら歩くだけで、なんだか元気をもらった気分になります。

みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

朝のウォーキングは約2キロ。
早足で歩いて、30分ほどかかります。
取材で出かけなくてはいけない日や、原稿の締め切りが迫っている日は、
この「30分」を確保するのがしんどくなります。

心の余裕がないと、
「え〜い、今日はもうパス!」とお休みしてしまいます。

どんなに急いでも
30分は30分かかります。
帰ってからストレッチと筋トレは15分ほどです。
その後の拭き掃除は10分ほど。
合計25分は必ずかかります。

この「外の音、内の香」のブログを書くのは40分ほどかかります。
これも、短縮することはできません。

時短で効率よく!
とは思うけれど、
掃除も洗濯も、ご飯づくりも、仕事も……。
何をするにも時間がかかります。

そこには、省くことができない「時間」があります。
若い頃は、できるだけ早く!
できるだけ無駄を省いて!
できるだけ、効率的に!
とばかり考えてきたけれど、
最近、「かかるものはかかるんだから……」と思うようになりました。

つまり、「これにこのぐらいの時間がかかるのは当たり前」
と、必要な時間を否定しない、ということです。

エッセイを1本書くには、必ず1日かかります。
以前は、「半日で仕上げて、1日2本書こう!」と考えていました。
でも、そうすると必ず質が下がります。

だったら、「1日かかる」ことを受け入れて、
焦ったり、イライラしたりせずに、
おおらかな気持ちで、じっくり、丁寧に、向き合った方がずっといい。
やっとそう気づいたというわけです。

毎日、筋トレをした後に、ストレッチポールにのります。
お腹を膨らませてす〜〜っと息を吸い込み、
へこませて、ふ〜〜〜と吐く。
それだけで、お腹の筋トレになるのだとか。

最後に寝転がりながら、肩甲骨を伸ばして少し静止。
その間に、「今日できる”楽しいこと”ってなにかなあ?」と考えます。

ずっと、仕事のことばかりを考えて、
「今日しなくちゃいけないことは、なんだっけ?」
と考え続けてきました。

すると、いつの間にか「ねばらなない」ことしか考えない1日になっていました。
せめて、朝のストレッチポールの上だけでも
「私って、何がしたいかな?」と考える……。

「今日は、あの料理を作ってみようかな?」
「仕事の帰りに、あそこのケーキ食べに行こうかな?」
「あの人が言ってたみたいに、引き出し1個片付けてみようかな?」
とあれこれ、思いが浮かんできます。

 

先日「永福食堂」さんに行ったときの前菜盛り合わせ。おいしかったなあ〜

1日の時間をどう使うか、
どんな気持ちで向き合うかを決めるのは自分自身。
今まで、そんなことさえ忘れていました。

1時間に「なんとか短くしたい」と向き合うのか
「この時間をたっぷり使おう」と引き受けるのか、
決めるのは自分自身なんだなあと改めて考えました。

先日、ネットで熊谷真実さんのインタビュー記事が流れてきました。
(編集を担当したのは、おへそチームの和田紀子さんでした)
そこにこんなことが書いてありました。

「心って悩むためではなく、決めるためにある。
悩むのは頭だけ。
心をきれいにすると決める。喜びで生きると決める。
『なりたい』ではだめで、『なる』と決めることで、
一生を一歩踏み出せます」

なるほどなあ〜と深く納得しました。
1日は、自分で決めてつくるもの。
そう考えると、「できるかどうか?」と悩んだり、躊躇するのではなく、
まず自分で「決める」!
そうすれば、決めたことはすべて叶うのかも……
と思えてきます。

とはいっても、すぐに忘れちゃって、
バタバタと時間に追われ始めるんですけどね……。苦笑。

大きく深呼吸をして、「必要な時間」を引き受ける1日を過ごしたいなあと思うこのごろです。

外が急に明るくなって、太陽が出てきました。

みなさま、今日もいい1日を。


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