グイグイと日の出が早くなってきました。
足元の小さな芽吹きが目に入るから嬉しいものの、
暗闇の向こうの空が赤く染まってくる様子を目撃できなくなってくるのが残念……。
でも、「嬉しい方」を味わおうとてくてく歩いています。
みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
さて。
この週末、我が家では小さなパーティーを開きました。
15名ほどの方が集まって、
おいしいものを食べておしゃべり。
とは言っても、私は料理をせずに、
参加者の中で料理上手さんにお願いして、作ってもらったのでした。
どこかのおいしいレストランに行くのも好きだけれど、
自宅のキッチンで作ってもらって、
そのプロセスをすべて眺めながら、
出来上がりをいただくって、いちばん贅沢かもしれません。
そんな中で、一人の方がこんなことを言ってくれました。
「イチダさん、きっとご準備大変だったでしょう? ありがとうございます!」って。
「いやいや、私は何にも作っていないから、ラクチンですよ」と答えたのですが
「でも、人が家に来るとなると、部屋を整えたり、いろいろあるじゃないですか。
それって大変ですよね〜」とその方。
そ〜なんです!
私が先日からここでアップしているように、
障子を張り替えたり、キッチンの壁のシミを取ったり、パントリーの整理をしたりしてきたのは、
この日のことが頭にあったからでした。
人がキッチンに立つとなれば、
自分だけだったら、見て見ぬふりをすることが、突然気になってきます。
前日にも、出しっぱなしのものを片付けたり、
あわてて油汚れを掃除したり……。
そこをわかってくれて、嬉しいなあ〜と思ったのでした。
そして「想像力」って、優しさなんだ〜と改めて思いました。
その人が「今」に居る後ろには、どんな時間や手間がつながっているのか……。
今目の前にあることの裏にある「見えないこと」まで想像力を広げるって、
広くて深い視点が必要だなあと思います。
以前コテンレジオで深井龍之介さんが、
人を理解するときには、自分でなくて、その人の文脈で理解しないといけない、
と語っていらして、目を開かれた思いをしたことを覚えています。
自分の視点で「判断」するのではなく、「その人の目」になって理解する。
それは、たとえば犯罪者を「そんなことするなんて!」と非難するのは簡単だけれど、
「どうして、あの人は、そんな犯罪を犯さなくてはいけなかったのか」
と「その人の目」になって考えてみる……ということでもあります。
私は、「人の目がど〜しても気になってしまう」
ということがずっとコンプレックスでした。
人がどう思うか、なんて気にしないで、
自分が好きなこと、やりたいことを、どんどん言ったりやったりすればいいのに。
でも、ちょっと誰かに何かを言われたら、
気にしいで、すぐにびびって、あれこれ考えてしまう……。
でも、そんな自分の欠点は、裏返せば長所になるかも?
と思えるようになった時、ずいぶん気が楽になったことを覚えています。
あの人はどう思うかな?
この人は、どう見るかな?
自分を離れて、誰かのことを気にするということは、
周りにいる人の心に、自分を重ねて考えることができる、ということ。
だから、ちょっとイヤな思いをしている人や、
ちょっと心配そうな人にすぐ気が付くことができる……。
「人の目を気にする」ことは、
誰かが何を感じ、どう思っているかに、想像力を広げることでもある……。
だったら、日の出の瞬間に立ち会えないことを嘆くより、
足元の花に気づくことを喜ぶように、
欠点をくるりと長所にひっくり返して、利用しちゃえ!
と思うようになりました。
どこかの誰かの過ごしてきた時間に思いを馳せる
大きな想像力を育みたいなと思った週末でした。
みなさま、今日もいい1日を