エヌ・ワンハンドレッド 大井幸衣さん No2

 

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「100年たってもずっと好きなものを」
とカシミヤを中心としたブランド「エヌ・ワンハンドレッド」を
立ち上げた大井幸衣さんに
ビジネスとお金にまつわるお話を聞く今回の企画。

 

最初に大井さんはこんな風に語ってくれました。

「初めての就職で『オンワード樫山」にデザイナーとして入社したんだけど
入社前にデザイナーから営業、販売まで新入社員全員が御殿場に行って
研修を受けたんです。
もちろん電話の受け答えの仕方なんかもあったんだけど、
その中で、ものを作って売るまでの
原価、原価率、どうやって上代を決めるか、という方程式を教えてもらいました。

そんなこと、本当はデザイナーや販売の子には関係ない。
でも、私にはそこで習ったことが、結果的には将来にわたって
すごく役に立ちました。
生地をいくらで買って、縫製工賃など工場にいくら使うか。
そして「付属」っていうのがあって、ボタンとか裏地とかのコストを足す。
さらに「小付属(こふぞく)」っていうのを足す。
「小付属」というのは、洋服にしたときに、エリネームをつけたり、
ハンガーにかけてビニールをかけて……という経費。
その金額がブランドごとに決まっているんです。
それで、原価を出します。

大抵の会社では、原価に対して上代を設定するときに、
会社の原価率はどれぐらいと設定されています。
たとえば、3000円の原価のものと1万円で売ると原価率は30になります。
この30という数字=原価率に対する考え方が、会社によってずいぶん違います。
これがアパレル業界の基本ですね」

 

基本中の基本なのかもしれないけれど、
私は数字が大層苦手なので、
ものごとの値段を把握する、なんてことが
めったにありません。
たとえば、私は私が作っている雑誌の
印刷代や、紙代や、人件費の合計などの詳しい数字を知りません。
それは、私がフリーランスとして仕事に関わっていて、
会社側の人間ではない、ということもありますが、
それよりも
そもそも興味がない……。
私が作っているのは「中身」だから
どんな写真を撮り、どんなデザインにし、どんな文章を書くかが大事……。
とどこかで思っているからかも。

私だけでなく、いったいどれほどの人が、
今自分がかかわっている仕事や、使っているものや、
当たり前に払っている経費に
どれぐらいのコストがかかり、どれぐらいの儲けがのせられているかを
把握しているでしょうか?

デザイナーだった大井さんにとって
どんな素材を使い、どんなデザインで、どんな色の服を作るのかが本来の仕事……。

でも、ものづくりのことだけではなく、
そこに関わるすべてのことまで知ろうとするのが
すごいところ。

ただし、これは、まだまだ大井さんの出発点でした。
ここから、大井さんならではの「ビジネス」に対する
いろいろなアプローチが始まります。

オンワード樫山時代は、「カルバンクライン」を担当。
「というか、カルバンクラインをやりたくて、オンワード樫山に入ったんです。
なぜかというとニューヨークに行きたかったから!」
と笑う大井さん。
27歳で、オンワード樫山をやめて、
「マーガレットハウエル」とライセンス契約を結んでいた「和商」という会社へ転職。
理由はオンワード樫山の先輩だった
小松貞子さん(現在はご自身のブランド「R」を主宰)のご主人に
『マーガレットハウエルというブランドがデザイナーを探しているから、幸衣ちゃんやってみない?」
と声をかけられたからなのだとか。
「ハイってすぐに言いましたよ」と笑います。

 

「カルバンクライン氏は、いつもジョンスメドレーのニットを着ていました。
ジョンスメドレーといえばイギリス。
そのほか、使っている素材もほとんどがイタリー製。
本当にいいものは、どうやらヨーロッパにあるとようやく気がついた。
ヨーロッパそのものに興味を持ち始めたんです。
それと、ニューヨークの出張で、立ち寄った『マーガレットハウエル」のショップが
すごくよかったんですよね。
当時の私には高価でとても手が出なかったので、
『ジョンスメドレー』のシーアイランドコットンの
すごく肌触りのいい、ヘンリーネックのカットソーと靴下を買いました。
それもあって、マーガレットハウエルに興味を持っていたんです」。

 

今でこそ「マーガレットハウエル」は、多くの人に愛される人気ブランドですが
当時はほとんど知られておらず、
大井さんは、まずそのブランディングから取り掛かりました。

「MD=マーチャンダイザーがいなかったので、
デザイナーとして何かを作りたかったら
これぐらいの素材を使ったら、これぐらいの上代になる
ということまで考えなくてはいけなかったんです。
でも、それがおもしろかった!
これぐらいのコストをかけて、これぐらいで売れば、どれぐらい儲かる。
ものづくりをしながら、それをすごく考えましたね。

途中から、忙しくなって、社長に『どうしてもMDが欲しい!』と直訴して、
営業に応募してきた男の子がたまたま数字とパソコンに強かったので、
MDとして引き抜きました。
私は、彼のことを、こっそり『私のカリキュレーター(計算機)ちゃん』って呼んでいたんですけどね」
と大笑い。

 

ビジネス素人の私は、
「いい素材を使いながら、原価率を下げて、儲けるにはどうしたらいいんですか?』
と素朴な質問をしてみました。

すると
「そんなこと、できっこないですよ!」
と大井さん。
でも、こうも教えてくれたのです。

「『マーガレットハウエル』というブランド自身の価値をあげれば、
いいと思ったんです」と。

「当時マーガレットハウエルは認知度がまだ低くて、
いい素材を使ってはいるけれど高い。
そんな服を誰が買います?
だから、私は雑誌の力を借りて、
ブランディングをすることにしたんです」

 

次回は、大井さんが具体的にどうやって「ブランディング」をしたのか。
そのお話を伺います。

 

 

 


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