仕事はやり直しがきくけれど、子育てはきかない。「SA-RAH」帽子千秋さん その3

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愛媛県大洲市で、リネンやコットンなど天然素材を使った洋服を作るショップ「SA-RAH」を
営む帽子千秋さんにビジネスについてのお話を伺っています。

 

娘さんのために作り始めた洋服が「SA-RAH」の始まりでした。
やがて成長とともに大人の服も手がけるように。

そんな中でも帽子さんの中で、一番大事なのは子育てでした。

「仕事はいくらでもやり直しがきくけれど、子育てはやり直しがきかないと思っていました。
だから、ホームページ作りも、洋服作りも、子供たちが起きている時には、一切手をつけませんでした。
夕方4時まで銀行で働いて、保育園にお迎えに行って、ご飯を食べたら、
子供たちをいかに気持ちよくお布団に入れるかが勝負!(笑)
『うちの子、なかなか寝なくて……』という声もよく聞きますが、
お母さんが幸せそうに寝ていたら、子供たちは寄ってくるものなんです。
『あ〜、お布団気持ちいい〜!』って私が嬉しそうにしたら、
「わ〜い!」とたちまちやってきて、8時か9時にはスヤスヤ。
その後そっと起きて、パソコンに向かったり、洋服作りをしていました」

 

昼間は銀行の仕事を続けながら、子育てともしっかり向き合い、さらに夜に自分の好きなことをやる。
そのパワフルさには驚かされます。
でも、帽子さんのお話を聞いていると、そこに「無理」や「我慢」は全くないのです。
どの仕事も家事も子育ても楽しみ!
そこには、「何か」をやるために「何か」を犠牲にする、という思考回路はありませんでした。

 

ところで、洋服を販売する時に、値付けをするのは難しくなかったですか?と聞いてみました。

「次の生地が買える程度にと思っていました。
その頃から、じゃぶじゃぶ洗っても丈夫なリネンを使い始めていたので、
ワンピースで1万9500円とか、2万円とか……。
私と同じような主婦の方のお財布を考えると、決して安い金額ではありません。
でも、儲けるための値付けではなくて、「信頼」の価格だと思ったんです。
絶対にこの値段で、あなたの生活に馴染む1着にしますから。
夏も冬も着られるし、いろんなものと組み合わせて着回せる。
長い間愛着を持って着られますからって」

金額=信頼と考える。
この考え方には、なるほど〜!と膝を打ちました。
買ってくれる人に喜んでもらい、その服がその人の暮らしの中で役立ち、本当にその人をハッピーにする。
そのために、思いを尽くし、手を動かし、1枚の服を作り上げるプロセスが価格なのだと……。

そして、帽子さんはさらなるジャンプを決意しました。

何度か展示会を重ね、徐々にお客様が増えてきたとき、
「あれ?」とふと立ち止まって考えたのだと言います。

「私がお客様のために用意できる信頼がもう一つあった。
それは、”あそこに行ったら作った人がいる”という安心感。
つまり、私がお店をやることなのかも……と思うようになったんです」

 

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まずは、子供達にお店について話してみました。
「あんね〜、今日お母さんの服を見に、いろんな人が来てくれて、めちゃくちゃ嬉しかったんよ。
それでね、お母さん、お店屋さんしようと思うんやけど……」

すると、息子さんが
「ああ、いいと思う。お母さん向いとると思うよ」と言ってくれたのだとか。

「子供達が「え〜?」って反対したら、絶対にお店はやらなかったと思うんです」と帽子さん。

そこでまずは銀行を辞めました。
まだ、店舗も、販売する商品も、何も決まっていないというのに……。

「不安や心配よりも、ワクワクが勝っちゃったんです。
やるならやるで、とっとと始めて、ダメだったら早めに諦めたいと思って。
私ね、いつも失敗前提なんです。
それがたまたま今まで続いてきただけ。
銀行の支店長には、『とりあえず5年間やって、うだつが上がらなかったら銀行に戻ります』
って言いました。勝手ですよね〜(笑)」

 

今の「SA-RAH」の建物は、10年間ほど空き家になっていたという元焼肉屋さんです。

「肱川が目の前にあって、大洲といえばココ、というぐらい素敵な場所なんです。
夕日が川に落ち、朝日が川からあがってきます。
私は、この風景を見ながらコーヒーを飲めたらいいなあと思っていました。

そうしたら、この物件とめぐり合ったんです。
でも、不動産屋さんには、『絶対にやめた方がいい」と止められました。
『帽子さん、こんなところまで誰も来んよ。もうちょっと人通りがあって便利なところがあるから』って。

でも、この風景はお金では買えません。
みんなは反対するけれど、私自身が居心地がいいところに身を置けば、きっとうまくいくような気がする……。
それを実験しようと思ったんです」

 

なんと家賃は5万円。駐車場は車が何台も停め放題です。
すぐに改装に取り掛かり、天井を取っ払ったら、立派な梁が出てきました。
床は板張りに。フランスアンティークの窓をつけてもらいました。
こうして、焼肉屋さんは、見事に生まれ変わったのです。

「貯金もなかったから、国庫からと、両親から数百万円を借りました。
毎月の返済と家賃などを払うためには、1日に洋服が何枚以上売れなくてはいけない……。
なんてことは一切考えませんでした」と笑います。

 

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今、店内で一番いい場所に、帽子さんの仕事机があります。
本来なら、このベストポジションにディスプレイをするべきところ……。
でも、窓から肱川を眺めるこの場所でコーヒーを飲みたい。
帽子さんは、ここでもやっぱりビジネスより、自分のワクワクを優先させたのでした。

「お金はもちろん必要なんだけど、
私はめちゃくちゃ元気です。
だったら、いざとなったらお店が終わったら、コンビニでアルバイトをすれば、
絶対に借金は返せるはずと思って。

たぶん、ラクになろう、ラクになろうとしたんですね。
崖っぷちに立って後ろがない、っていうよりも
自分が苦しくならないように、まだまだ大丈夫だよって。

一番大事なことを、自分の心が緊張するところへ、持っていかない。
それでも、私が生きていけるかどうか、実験を続けて今年で9年目になります。
9年続けば、『あのね、気持ちがいいところに入ればいいよ。私が9年いけてるんだから
みんなこっちへおいで、おいで! 大丈夫だよ〜』って言えるでしょう?」

 

一番大事なことは、自分が気持ちのいい場所にいること……。
私たちは、何かを成し遂げようとすると、自分を無理やり窮地に追い込んで、成長しなくちゃと
考えがちです。
でも、帽子さんの進み方は全く違いました。
いつでも、ニコニコ笑っていられるように。
いつでも、ワクワクが消耗されないように。

 

帽子さんと一緒に肱川の夕暮れを眺めていたら、
私も実験の仲間に入れて欲しくなりました。

 

 

 

 


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