
自分ひとりでできることなんてほんの少し。
誰かの話に耳を傾け、その体験をお裾分けしてもらうことで、新しい明日のヒントが見つかるかも。
おいしいお茶を淹れて、甘いものを用意して。
そんな「喫茶いちだ」の今回のお客様は、文筆家の甲斐みのりさんです。
前回は、自分がこれが「好き」ってなかなか確信が持てないとき、
どうやって「好き」を集めたらいいですか?
という問いに対し、
「好きかも」ぐらいでOK!
というびっくり!のお話を伺って、なんだか安心してしまいました。
そして今回、聞いてみたかったのは、
いろんな「好き」を持っていらっしゃる甲斐さんが、
それらをどうやって「仕事」に結びつけ、
さらには、ずっとそれを「続けられる」秘密はなんなのか?
ということです。
大学3年生の頃から「好きノート」をつけ始めたという甲斐さん。
「池波正太郎さんの『散歩のとき何か食べたくなって』という随筆を読んで、
これで本になるんだって知ったんです。
イノダコーヒに行って、村上開新堂でお菓子を買ってホテルで食べた、
みたいなことが書いてあるんだけれど、それに私はすごくワクワクして……。
私もこういうことをやりたいなあと思って、フリーペーパーに書き始めました。
1日をどう過ごすか、どの喫茶店に行って、どんなお菓子屋さんでお土産を買って……ってこと」
どうやってフリーペーパーに書くチャンスを掴んだんですか?
と聞いてみると……。
「フリーペーパーを作っている人がいたので、手紙を送ってみました。
当時は、まだ個人情報に対する意識がそれほどシビアでなかったから、
フリーペーパーの後ろの方に、作った人の住所が掲載されていたんです。
『私もおんなじものが好きです!』って書いたら、
『じゃあ、今度会いませんか?』っていう話になって……。
会ってみたら、『じゃあ、ちょっとコーナーで記事を書いてみる?』っていうことになって。
それで、どこに喫茶店に行って、どのお菓子屋さんでお土産を買って……
みたいなことを書き始めたんです」と甲斐さん。
どうやら「好き」を見つけたら、
今度は同じ「好き」を持っている人と、つながる力までを手に入るよう。

大学を卒業後は、研究生という名前で席を残しながらも、
就職をするわけでもなく、何者にかるかなんて、まったくわからなかったのだと言います。
「ひと月先がまったく見えなくて、何かをやるしかない……ともがいていましたね。
ちょっとでも手がかりがあったら全部やってみよう! 行ってみよう!みたいな。
当時は、肩書きも何もなかったので、
何かやっている自分になろうと思って『Loule(ロル)』という名前をつけて、
雑貨を作ることから始めました。
まず最初に作ったのがマッチです」
え? マッチ? と驚きました。
それって書くことと全然関係なくない?
「喫茶店でもらったマッチを集めていたんですが、
その存在がすごく不思議で……。
コーヒーのおまけみたいにもらえるけれど、
欲しくても買えない。
私は買ってでも欲しいから、買えるマッチを作ろうって(笑)。
タウンページを開いて『喫茶店備品』みたいなお店に電話をしたら、
『言っている意味がわからない』って言われて……。
3件目ぐらいで、『なんかわからないけれど、とりあえず来てみなよ』って言っていただけたんです。
業者さんが作っているマッチをいろいろ見せてくれて、
『1回作ると2500個できるよ。ロットというものがあってね』と教えてもらいました。
それで2500個作ったんです」。
なんとなんと!
「好き」のパワーのすごいこと!
ちょっと想像してみました。
喫茶店でかわいい絵やロゴのマッチを見かけて「かわいいな」と思う。
思うだけだとそれで終わりだけれど、
「ちょっと集めてみようかな?」と思う。
5個、10個と増えていくと、ますますマッチが好きになる。
「だったら作ってみようかな?」と思いつく。
行動を起こして、行ったことがない業者さんに会って、
自分のマッチを作ってみたら、
ますますマッチが好きになる……。
「好き」って、放っておくと消えていくんだ。
「好きかも」からエンジンをかけて、行動を積み重ねていけば、
どんどん好きになれるんだ!
とわかってきました。

大学卒業後は「京都に住んでみたい!」と京都で暮らし始め、
今度は、カフェのDJイベントで知り合った
絵本を自費出版で出している女性と知り合いました。
彼女が営む「トリコロールブックス」を手伝いながら、
料亭でも働いていたそう。
「着物を着てお運びをするんですけど、
『わあ、面白そう、やってみたい!」と思って(笑)
着物も着たことがないし、座布団に裏と表があることも知らなくて。
それを教えてもらうのがすごく楽しかったんです。
自分が無知だったことを楽しめたんですよね〜」
優等生体質の私は、人前で「知らない」「わからない」ということが苦手です。
つい、知ってるふり、あの人よりエライふりをしてしまう……。
でも、甲斐さんはこう語ります。
「へ〜、そうなんた!すご〜い!って、素直に受け入れられたんです。
知らないことを知らないって言える。
それは今でもそうですね。
建築業界でも、『今おっしゃっていることが、全然わからないんですけど……』
って素直に言うと、大抵丁寧に教えてもらえます」
これも、甲斐さんが「好き」を育み、誰かとつながり、
仕事に変換していけた、大きな理由のひとつのような気がしてきました。

京都でなんとか家賃と、週に数回喫茶店に行くぐらいのお金は稼いでいたそうですが、
そんな甲斐さんに転機が訪れます。
オリーブ少女の部屋の写真を撮りたくて探しているという
写真家の都築響一さんが、
いろんな人のつながりを介して甲斐さんの家へやってきたそう。
「『これからどうしたいの?』と聞かれて
『雑誌や本を作ることに関わる仕事がしたいです』って言ったら、
『じゃあ、東京に来なよ。僕、東京に来てなんとかならなかった人、知らないよ』って。
それで人生が動いて、
1か月後に上京しました」。
なんて素直なことでしょう!!
その後、先輩ライターさんの文字起こしを手伝ったり、
前述の「トリコロールブックス」の仕事を手がけたり。
「トリコロールブックスの事務所の一室に住まわせてもらったから、
なんとか生きていけました」と笑います。
その後、雑誌の仕事がぼちぼちきはじめて、
やがて、「京都について書きませんか?」と声をかけられたのが、
本を執筆するきっかけです。
「その中に喫茶店もお土産もお菓子も宿もホテルも、
全部押し込めたいです!って提案して1冊作ったんです」。

そして、こんな話をしてくれました。
「本を出すようになって、20年が経ったんですけれど、
初めの頃に読者や周りの人によく言われたのは、
『私にだってできる』という言葉でした。
『お菓子を選ぶとか、かわいいものを集めるとか、旅に出るとか……。
そういうことだったら私にだってできるのに悔しい』って。
でもね、私はお菓子や包装紙やパンや、
そういう『好き』なものに対する執着が、自分でも怖くなるほどすごかった。
百円のパンを食べるために、絶対にあそこに行きたいとか。
同じぐらい執着を持っている人に、人生であまり出会ったことがないんです。
逆に、執着コンプレックスみたいなものがあって、
『こんなに執着を持っているなんて、なんだか恥ずかしい』と
執着していることを出さないようにしていたぐらい」
その執着が、今振り返れば1冊の本になり、講演の題材となり、
ご自身のコンテンツとして蓄積されてきた、というわけです。
私は、効率重視で無駄な力は使いたくない、と思ってしまうので、
どうしても「これをやったら、どれぐらい効果があるだろう?」
つまり、
「これを頑張ったら、どれぐらい儲かるだろう?」とか
「どれぐらい認められるだろう?」とつい、「結果」を想定してしまいます。
でも、執着とはその真逆にあるもの。
計算という枠の外にある、「どうしても引っ掛かっちゃう」ものなのです。
「何に役立てようと全く思わず、ただの執着なんです。
だから将来それが仕事として成立するかも、なんて思っていない。
ただ知りたくって、行きたくって、体験してみたくって……
欲望でしかないんですよね。計算が全然できていないんです」。
それこそを「才能」と呼ぶのだと、
甲斐さんの今回のお話を聞きながら思いました。
そして、ずっと「好き」なことを仕事にし続けられるのは、
「思い続ける」ことができるからなのだと……。

何に役立つかどうかわからなくてもやり続ける。
それが、甲斐さんの強さです。
「研究しているみたいな気持ちで続けているのかも。
それが仕事になるとか、お金になるっていうことを無視して
自分の好きなことを研究していないと、隙ができるのが怖かったのかもしれません。
行きたいお店をひたすらノートに書くとか、
買ってみたいお菓子を、全国の銘菓図鑑を図書館に行って、
北海道から順番に書き写してみるとか、
そんなことばかりしていました」。
そんな中で、数ヶ月に一度ずつ雑誌の編集部から
アンケートのような取材がくるように。
「東京でおすすめの喫茶店を教えてください、と言われて、
3件を書けばいいのに、自主的に東京中を巡って10件書いたり。
すごくコスパの悪いことをしていたんです。
それが楽しかった」。
さらに、自分が好きでお菓子をたくさん買ってストックしていたものを
小分けにして会う人にプレゼントしたり。
すると、「お菓子が好きなんですか? だったら本を作りますか?」と言われて
書籍になっていったそう。

さらにこう教えてくれました。
「私が好きなことって、たとえば喫茶店の味じゃなくて、
創業までのエピソードとか、どうして喫茶店を作ろうと思ったのかとか、
そんな物語だったりするんです。
最初の頃に編集者に『味のことを全然書いていないね』と注意されたこともあります。
でも、私の好きな喫茶店は、全部おいしいと思うし、
その味について書くのは、私じゃなくてもいいと割り切りました」
自分の「好き」は自分で決めていい。
周囲にある、社会的評価とか、誰かと同じとか、すでにある価値なんて
まったく気にせず、
ただ自分が「わけもなく惹かれるもの」と、
まっすぐに自分の心でつながること。
甲斐さんにそう教えてもらって「だったら私にとってそれはなに?」
と周囲を見渡してみたくなりました。
なにより、それはすぐには見つからなくても、
最初は「これかも……」ぐらいでよくて、
見つけたアレとコレをつないで、集め続けているうちに、
少しずつ自分の中で「好き」を育てていけばいいということに、
心が軽くなる思いでした。
みんなが、自分に正直になって、それぞれの「好き」を集めて、
持ち寄ってみたら、
世界は宝石箱のように、多彩な光で輝くのかもしれません。

「喫茶いちだ」の今回のお菓子
Patisserie AK Laboのフルーツケーキ
次のお客様は、だれを招きましょうか?
次回をお楽しみに〜!
撮影/黒川ひろみ