自分を人生の主役にするためのアウトプット

こんにちは。せいかつ編集室の大木春菜です。

今まで、アウトプットについていろいろな角度から記事を書いてきましたが、第6回目の記事では「アウトプットする意味」について考えてみようと思います。

なぜ、「アウトプットする意味」についてしつこく伝えているのかというと・・私は「アウトプットすることはいいことだ!」と信じているからです。

でも、「なぜアウトプットが必要なのですか?」と聞かれると、
答えるのに困っていました。はっきりとした持論がなかったから。「なんとなく」「直感」でそう思っているだけで、言語化ができていませんでした。

 

そんなとき、坂口恭平さんの「自分の薬をつくる」を読んで、
「これだー!!!」と思ったのです。

私がぼんやりと思っていた「アウトプットする意味」が、ハッキリ・くっきり、言語化されている。なぜアウトプットをした方がいいのか・・・それは、「アウトプットしないと心と体に悪いから」という考えでした。

 

坂口恭平さんは、躁鬱病であることを公言しながら、
「自殺者をゼロにする」という目標を掲げ、
希死念慮に苦しむ人々との対話「いのっちの電話」を続けている方。建築家であり作家、アーティスト、表現者です。

坂口さんは、「いのっちの電話」で自らの携帯番号を公開して、
辛い想いをしている人のお話を聞いているのですが、
そういう人たちは決まってこう言うそうです。

「好奇心がなくなった」
「関心がなくなった」
「興味がなくなった」

昔はなんにでも興味をもって取り組んでいたのに、
だんだん何もしたくなくなってしまい・・・
それが「死にたい」と感じる事につながってしまう。

そういう状況の特効薬として、坂口さんは「アウトプット」を提案しています。

その理由を、ざっくり要約するとこんな感じです。

私たちは生きているだけで勝手に「インプット」する生き物。
景色を見ること、食べること、知識を得ること。
それらは全部インプットです。
インプットは「食べ物」と一緒で、食べたら出さないといけない。排泄できなかったら便秘になり、病気になってしまうように。インプット過多になると、体が危険を感じてサインを送り、精神的な閉塞感につながってしまう。
だから、インプットしたらアウトプットをすることが、心身の健康のため。

今の情報化社会、生きているだけで、勝手に情報が次から次へと飛び込んできます。アウトプットせずに情報を溜め込むだけでは、パンクしてしまう。もっと、息をするようにアウトプットした方がいいのかもしれません。

 

たとえば、インスタグラムをぼーっと眺めているとします。いろんな情報が次々と舞い込んできますよね。

「わぁ〜美味しそうー私も食べてみたいなー」
「なるほどな〜勉強になる」
「子育て頑張ってて、偉いなぁ」
「わ〜〜!これ欲しいーーー!」
「この人、なんでこんなにスタイルいいのっ」

などなど。

少しの時間、情報の波を楽しむのはよいのですが、ダラダラと受信するだけでは気持ちがダル〜くなる感覚、ありませんか?私は、あります。

なぜだか、情報をただ眺めていると、「羨ましいな」「いいなぁ」「すごいなー」などの感想・感情のみが膨らんで、世間と自分が切り離されたような気持ちになってしまう。人の人生ストーリーをただただ眺めている切なさ。

それに対して、受信した情報を元に行動を起こすと、なんだか楽しくなってくる。人の人生の傍観者になるのではなく、自分の人生の主人公になれる気がするのです。ワクワクした気持ちが浮き上がってくる・・・。

徳島の阿波踊りの歌の出だしに、「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損々」という歌詞がありますが、これって言い得て妙だなぁと思います。

 

せっかく生きているなら、自分の心や手、脳みそを動かして何かを生み出す方がたのしいはずなのです!

私は昔から「書くこと」を通じて、「インプットしたら、アウトプット」を実践しています。本を読みながら書き出したり、一日が終わったら日記を書いたり、人から話を聞いたら自分なりにまとめる・・・というようなことを、無意識のうちにやっていました。それは、今振り返ると、心と体のバランスをとるための行動だったのかもしれません。

幼い頃は、内向的で、人としゃべることや自分を表現することが苦手でした。基本的に、「おとなしい」と言われる子どもだったのですが、紙に絵や言葉を書くことで発散していました。

私は、たまたま「書くこと」「まとめること」が好きだったのですが、中には「まとめるのが苦手」「書くのが苦痛」、そんな人もいると思います。そういう人は、「書くこと」にこだわらなくてもいいと思います。

誰かにおしゃべりすること、編み物すること、料理をすること、畑をつくること、踊ること。なにかを自分から“生み出す”こと、それ自体がアウトプット。

ときどき、SNSのハウツーとして

「読む人に、飽きさせない文章を書きましょう」
「相手にとって有益な情報をまとめましょう」

といったことが伝えられていますが、これは「伝えるプロ」のための手段です。

 

全員がメッセンジャーじゃなくていい。
「伝える」が目的じゃない、
自分のためだけのアウトプットがあってもよいのではないでしょうか。

人って、インプットはSNSなどで適当にやっているのに、
なぜかアウトプットの方はハードルを高くしてしまいがち。
だから、「習慣化」することがとっても大切。
毎日、インプットしたらアウトプットする!

坂口さんは、SNSなど不特定多数に向けてのアウトプットも行っていますが、その理由は「アウトプットを習慣にするため」なのだとか。

“読者=編集者”だと勝手に設定し、
毎日「締め切り」の圧力として活用しているのだそうです。
もちろん評価は気にしない。

「いいね!」が少ない・・・なんて、反応を気にしてると発信が続かないから。

自分でいっさい評価していないまま、ウンチだと思って出してるってだけなんですよね。
だれも、「今日すごいウンチだな~とか、今日はすごいウンチ出せそうもないので、出しません」とか言わないじゃないですか。適当でいいんですよ。
やればやるほど、気楽な人間になれますよ。   −「暮らしをクリエイトする」坂口恭平(まとまらない人) × 有賀薫(スープ作家)対談より

 

この言葉にも、とってもしっくりきました!

そういえば、私も自分のオンラインサロンをつくった理由のひとつに、「毎日の日記を習慣化したかったから」というのがあります。

 

日記を書いて、自分以外の人に見せる・・・ほかの誰のためでもなく、自分のために。

それを自分のなかの決まり事として設定しているのです。
他人の目って、ほどよい「圧」になりますから♪

というわけで・・・みなさんも、今日からアウトプットをはじめてみませんか。この記事を読んだ感想を書く、誰かにしゃべる、コメントする・・・そんなこともアウトプットです。

自分を自分の人生の主人公にするために。
インプットしたらアウトプットを!

ぜひ、習慣化してみてくださいね。


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