やらなくてもいいかもしれないけれど、だってやりたいんだもん!  村上みゆきさん vol5

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ワガママになるって難しい……。
そう考える私が、見事にワガママに、そして生き生きと生きる方にお話を伺いに行くシリーズ
「美しきワガママンたち」。
東京、西荻窪で紅茶教室「お茶の時間」を主宰されている、村上みゆきさんにお話を伺っています。
vol4では、紅茶教室をスタートさせたお話を聞きました。

今回でいよいよ最終回です。

やっと教室をオープンさせたのに、突然村上さんを病がおそいました。

「何の前触れもなく、手術をしないといけなくなりました。
先が見えない状態だったので、教室を一旦しめて実家に戻ったんです。
自覚症状がなかったから、お医者さんに病状を聞いても『ああ、そうなんだ』という感じ……。
ただ、最終的に部屋をひき払わなくちゃいけない、と判断したときには
どうして私が……と一度だけ泣きました。
でも、初めての入院生活だったんですが、ほんと私って食い意地が張っているんだなあって
自分でも驚きました(笑)。
食事制限などはまったくなかったので、『おいしいお茶を飲まなくちゃ!』と
自分でティーバックを作ったりして、入院準備をしていましたね」

 

2015年の9月に手術をして、幸い結果は良好。
「こんなことなら部屋をひき払わなきゃよかったと思いました」と笑います。
今も3か月ごとに通院をし、薬も飲んでいるそうですがいたって元気!
2016年の年明けと同時に再び部屋探しを始め、見つかったのが今の場所というわけです。

 

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「いろいろ終わったあとには、意外に元気で、またやるぞ!っていう気持ちになれました。
だから、きっといろんなことを見つめ直すタイミングだったのかなあと思います」

それでも、時には気分が落ち込むこともあったそう。

「世の中には、紅茶もお菓子も教室はいっぱいあるし、
別に私がやならくてもいいんじゃない?って思っちゃう……。
そんな時に、西荻窪にある生活道具や食材の店『364』で紅茶教室をやらせていただいたんです。
その時に、ずっと来てくれていた生徒さんがまた来てくれた……。
ああやっぱりこういうのが好きで、私は教室がやりたかったんだって思えたんですよね。
だから、やらなくてもいいかもしれないけれど、やりたいんだもん!って思ったんです」

このお話を聞いて、私はなんだか感動してしまいました。
私たちは、何かをやろうとするとき、それが「どんな価値がある?」と考えがちです。
私のやることは意味があるんだろうか?
誰かに求められているんだろうか?

でも、「やるか」「やらないか」を決めるとき、
その「価値」を知ろうとしても、なかなか見えてきません。
それどころか、まだ「ゼロ」の状態もものは、その価値があるかないかさえまだわからないのです。
そんな時、思い切ってスタートする力になるのが、
「だって、やりたいんだもん!」という気持ちまるごと。

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今回、この「美しきワガママンたち」の取材をお願いしたとき
「それ、私にぴったりかもしれませんね。
だって私、やりたいことしかやってきませんでしたから」
とお返事をいただいたのが印象的でした。

「やりたいことが仕事につながっているので、すごくありがたいって思いますね。
ときどき『趣味は?』って聞かれるんですが、何もないんですよ。
趣味で好きだったことが、そのまま仕事になっちゃったんで。
つい最近、やっと編み物と出会って、それが唯一の趣味かな」

 

それでも、好きなことできちんと食べていけるのはなかなか難しいものです。

「私はすごく運がよかったなあと思います。
教室を始めてまた1年目のときに、教室の取材をしていただいたんです。
それが宣伝効果になって、そこから生徒さんが少しずつ増えていって。
そのとき記事を書いてくださった方が、つないでくださって、自分の本も出せるようになりました」

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紅茶教室を始めて5年後にはお菓子教室もスタート。
紅茶教室を卒業した生徒さんが、また来てくれることが嬉しいそう。

 

「お菓子教室を始めて、幅が広がった気がします。
紅茶教室はテーマがあって、それに沿ってお菓子を決めているけれど
お菓子教室は、私が今作りたいものを作る、ということが可能だし。
今回作ったヴィクトリアケーキのように、イギリスだと一般的なお菓子なんだけれど、
日本だとなかなか売っていないとか、初めて食べる、というお菓子を
紹介すると喜んでもらえますね」

 

今はもう不安はないですか?と聞いてみました。

「実は今、またちょっとお茶屋さんで働いているんです。
だから、かけもちというか二足のわらじです」とにこやかに笑いながら教えてくれました。

 

「教室だけしかやっていないと、自分の世界がすごく狭まっている気がして。
やっぱり接客業も好きだし、もうなんといってもお茶が好きなので、
お茶を通じての接客をもう一度やってみたいと思ったんです。学ぶことがやっぱり好きなんですよね」

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今後はすぐではなくてもいいので、ティールームを開くのが夢なのだと言います。
村上さんが開くティールームでは、どんなお茶が出て、どんなケーキが食べられるのかな?
と想像を巡らせるだけでワクワクしてきます。

 

そして、小さな夢がさらに2つ。
一つは、いつか「おやつの本」を作ること。
誰の心の中にも、子ども時代のおやつの時間にまつわる幸福な記憶があります。
そんなおやつの時間に食べる、英国菓子や和菓子、季節のフルーツで作るお菓子、
昔懐かしいおやつなどのレシピをまとめてみたい……と
ページ構成までがどんどん浮かんできます。

もう一つは、教室のある西荻窪の街案内をすること。
「西荻の特徴は『市』と『地図』がたくさんあることなんです。
駅前の『こけし屋グルメ朝市』だったり、6月に開催される『茶散歩」では、
地図を片手に歩いている人がいっぱい。
街全体がつながっているんですよね」
私も隣町なので、村上さんの街案内、是非知りたい!

そして、最後にこう語ってくれました。

「私はこの先、お茶は絶対に嫌いにはならなくて、好きは好きなままだと思うので、
もし、教室が成り立たなくなっても、紅茶のお店とか、そういう世界で生きていけるって思っています」

お話を聞きながら、
好きなことを1つ持っているって、なんて強いんだろうと思わずにはいられませんでした。
誰もが不安に陥ってしまうのは、それがうまくいくかとか、失敗するかも、ということが
原因なのではなく、
自分の「好き」が揺らぐからなんだろうなあと……。
だったら、「上手なやり方」ばかりを追いかけるのではなく、
自分の根っこを深く掘り、「好き」という大きな幹を育てていくことが、
しっかりと豊かに生きていくコツなのかもしれません。

 

最後に村上さんはこう語ってくれました。

 

「友達と『レモンの会」というのをやっているんです。
レモンの季節にレモンを使ったお菓子を作って食べるんです(笑)。
その仲間と『年中行事』っていうのもいいよねって話していて、
今年は全部網羅しよう!って計画しています。
ガレット・デ・ロワから始まって、七草、花びら餅……。
和洋折衷で、いろんなおいしいお菓子を楽しみたいねって。
大きな欲はないんですけど、
そうしたちょこっとしたお楽しみを、自分で作って暮らしていけたらいいなと思っています」

 

ひとつのケーキ、1個のクッキー、そして1杯のお茶が
生み出す幸せは、私たちが思っている以上に、確かなものなのかもしれません。

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写真/清水美由紀

 

 

 


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