ワガママになるって難しい……。
そう考える私が、見事にワガママに、そして生き生きと生きる方にお話を伺いに行くシリーズ
「美しきワガママンたち」。
東京、西荻窪で紅茶教室「お茶の時間」を主宰されている、村上みゆきさんにお話を伺っています。
vol3では、紅茶教室を開くまでの回り道についてお話しを伺いました。
さて!
いよいよ自分で紅茶教室を開こうと決め、物件探しを始めた村上さん。
住まいを兼ねて、教室もできる部屋を、となるとなかなか見つからなかったそうです。
「私が払える家賃内で、最初は吉祥寺で探し始めたんですが全然なくて……。
不動産屋さんに『じゃあ、三鷹でどうですか?』と言われて、
三鷹は行ったことがないから、ひとつ手前の西荻窪はどうかなと思ったんです。
でも、結局見つからず……。
不動産屋さんによって対応はまちまちで、
週二回ぐらい教室を開くだけだから、夜騒ぐわけでもない、と伝えても
『教室をやりたい』と伝えたとたんに『うちにはそんな物件はありません』と断られたり……」
そんなある日、とある不動産屋さんに入って、事情を話したら……。
「私の教室の話しを聞いて、『わあ、それは素敵なことですね』って言ってくださったんです。
もう涙が出そうになりました。すぐに内見に連れて行ってもらい『ここならできそう!』と
やっと決めることができたんです」
それが、2007年。今から13年前のこと。
それまでは、実家で暮らしていたという村上さん。
今まで少しずつ集めていた食器に加えて、教室のためにポットを揃えたり、
冷蔵庫など一人暮らしのための生活道具をそろえたりと
準備をすすめました。
村上さんにとって、教室を探すことは独立して、自分の住まいを探すことでもありました。
つまり、新たな仕事を始めることは、人生の大きな一歩だったというわけです。
不動産屋さんをめぐるたびに、断られてがっかり肩を落とす
村上さんの姿を想像するとなんだか愛おしくて泣けてきます。
私もかつてリコンをして、ひとりで物件を探す時、
「不動産屋さん」という場所が、まだ見ぬ「社会」というものへ入っていく
ゲートのように思えたものでした。
なかなか開かない門の前で、自分のちっぽけさを思い知る……。
そんなことを思い出しました。
教室の進め方や、カリキュラムはどうやって決めたのですか?と聞いてみました。
「毎月テーマは変えたいなと思って、自分自身が教室に通って学んでいたことをベースに
考えてみたら、ちょうど12テーマあったんです。
まずは4月に『基本の淹れ方』から始まります。
5月は、いろいろな茶葉を知ってもらいたいので、『セイロンティー、エリア別の飲み比べ」。
6月は、セイロン以外の代表産地の紅茶を
7月〜8月は、アイスティー。
9月になると柑橘類がおいしくなるので「柑橘ティー」といった具合です。
最初の3か月は、茶葉の種類やおいしく淹れるための知識など、講義的な内容が多いですね。
私がデモンストレーションで一度淹れてみて、そのあとそれぞれで実習をしていただきます。
そこで自分で淹れたお茶と合わせて、私が用意したお菓子を食べていただきます。
出すお菓子は、毎回変えていて、実はもう紅茶教室を長くやっているんですけど、
同じお菓子を出したことはないんですよ」
なんとなんと!
毎回まったく違うお菓子を用意するなんて!
改めて村上さんの引き出しの深さを思い知らされました。
カフェや紅茶屋さんで働き、やっと自身で紅茶教室を開く……。
そんな村上さんの道のりについて聞いていると、
どんなことでも始めるのに「遅い」ということはないんだなと、
なんだか勇気が湧いてくる気がします。
最初の集客はブログで。
「それでも、全然生徒さんが集まらない時もありました」と村上さん。
当時は、教室を運営しながら中国茶のお店でアルバイトもいたそうです。
それでも、少しずつ口コミで評判が広がっていきました。
「やっぱり終わって笑顔で帰っていかれる姿を見ると、ちょっと楽しんでもらえたかなと
嬉しくなりますね。『ここに座っている時間が楽しい』って思ってもらえるように
と毎回準備をしています」。
私も今回村上さんの用意してくれたテーブルに座り、
その楽しい思いを体験しました。
丁寧に時間をかけて作られた、焼きたてのお菓子と紅茶を前にすると、
どこか「ここ」ではない、お伽の世界の扉を開けたよう。
幼い頃、不思議の国のアリスのお茶会に憧れたことを思い出します。
春ならレモンといった具合に、旬の素材を少し取り入れたお菓子と
それにぴったりの紅茶……。
たかが「おやつ」ですが、その力は想像以上にスゴイのだと実感しました。
今、世の中は大変なことになっているけれど、
村上さんはこう語ります。
「今まで教えてもらったお菓子のレシピで、家でおやつづくりをしていますと
生徒さんからメールをいただいたり、
アルバイト先のお店には『茶葉を買っておかないと心配』と
買い物に来てくださる方がいたり。
お茶やお菓子は嗜好品だから、非常時には優先順位は後回しになってしまうかなと
思いつつも、やっぱり心の栄養は必要だなとしみじみ思っています」。
こうして少しずつ教室が軌道に乗り始めたときに、
村上さんの病気が発覚します。
この続きは次回に。
撮影/清水美由紀